第22話
「あっはっは! 害虫かぁ。言い得て妙だね」
学園に向かう馬車の中で、子供達の話を聞いたイェスタフが笑う。
「ニコラウス卿が、王太子はディアを不幸にしかしないから害虫だ、と言ってました」
どこか誇らしげにルードルフが説明する。
「それが本当の事でも、外では言っては駄目よ。不敬になってしまいますからね」
ヒルデガルドがルードルフを
害虫なのは認めるらしい。
「はぁい」
素直に返事をしたルードルフは、本当に外では言わないだろう。ただし、身内には遠慮無く言うだろうが。
「ルーはニコラウス卿が大好きだよね」
マティアスが苦笑いで言うのは、兄としての嫉妬だろうか。
実際にはニコラウスの方がルードルフより1つ下なのだが、ルードルフの態度は兄を慕う弟のようなのだ。
「ニコラウス卿は何でも知ってるからね! それにとても強いのですよ!」
ルードルフが目をキラキラとさせる。
「それにディアの事が大好きで、とても大切にしてくれます」
確かにニコラウスの過保護ぶりは家族以上で、ルードルフは喜んでいるがマティアスは少々げんなりしている。
当のクラウディアは、なぜニコラウスが自分に執着するのか判らずに状況を静観している。
未だに、前回ニコラウスに会った時の記憶ははっきりしていない。
見覚えがある、多分会っている、程度で、マティアスほど暗殺者ルキフェルを思い出せていない。
「学園入学後に正式に申し込むから宜しくお願いしますって、婚約の予約もされてしまってるからね」
イェスタフが笑う。
「私としては、明日に、いえ今日でも申し込みして欲しいわ」
右手を上げてプラプラと振るヒルデガルドは、利き手が疲れている、と主張している。
マティアスのように「学園入学後に決める」とは公言していないクラウディアの元には、それなりの量の釣り書が届いている。
本人の意思に任せている、と返事をしているからか、お茶会の招待状も多く届いていた。
「招待に応じない時点で脈無しなのだと諦めてくれれば良いのに……。必要ならばこちらから招待しますわ」
クラウディア側からの招待状は本人が書くのだが、断りの手紙は母親のヒルデガルドが書くのが貴族の通例である。
うんざりするのも当然だった。
入学式は滞りなく行われた。
国王からの祝いの言葉が息子自慢になり、途中で舞台上へ二人の王子が呼ばれ、三人の視線が家族席に居るアッペルマン公爵家を見ていた以外は。
「見合いの席かと思った」とは、居なかったはずのニコラウスが後日言った台詞だ。
「一生に一度の入学式を何だと思っているのかしら」
マティアスを待つ馬車の中で憤慨しているのは、ヒルデガルドである。
学園生でも無い子供を舞台上に呼び、延々と褒め讃える馬鹿親を見たら、当然の反応ではある。
「それにしても、随分と遅いですね」
クラウディアが窓から外を見る。
式が終わったら、新入生はそれぞれの教室で挨拶をして終了のはずである。
教科書は入学前に屋敷に届いているし、クラス分けも入学前に手紙が届いて判明している。
前回のクラウディアは、王家から許可が出なかったのでマティアスの入学式に参加していない。
当然、王太子も参加しなかった。
自分の入学式の時は準王族としての参加だったので、王家の馬車で護衛と共に移動し、入学式後は王妃教育の為に即王宮へと連れ出された。
だから入学式からかなり時間が経っていても、そういうものなのかと黙っていたのだが……。さすがに遅すぎると思い、クラウディアは声をあげた。
イェスタフがクラウディアの言葉に、窓から外を見る。
「他の生徒もまだ出て来ていないな」
マティアスだけが遅いのならば、仲の良い令息と同じクラスになり話が盛り上がってしまっている、等無いとは言いきれないが全生徒となると話が違う。
もっともあのマティアスが、家族が待っているのに雑談しているとも考えにくいが。
嫌な沈黙が馬車の中に落ちた時、扉をノックする音がした。
マティアスだったら、声掛けされた後に馭者が扉を開けるだろう。
とりあえず誰なのか確認をしようと窓を開けると、辛うじて手が出るかどうかの隙間から、手紙が投げ入れられた。
ハラリと舞った紙は、文字が見える状態でクラウディアの膝上に落ちる。
『王太子の側近を決めるという名目で、男子生徒は再び講堂へ集められている』
「は?」
無意識に低い声が出ていたクラウディアは、慌てて口元を押さえた。
しかし心配は無用だったようである。
クラウディアが馬車内へ視線を巡らせると、悪鬼のような形相の母親と、むしろ無表情になってしまっている父親がいた。
ルードルフの顔にも、嫌悪が浮かんでいた。
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