第26話





 歴史は繰り返す。

 大抵は悪い事に対して使われる言葉だが、今回ももれなく悪い事である。


 あれから5年の時が過ぎ、今日はルードルフの入学式だ。

 マティアスは既に卒業しており、今日は保護者席に妻のカルロッタと共に参加している。

 盛大な結婚式には国王と正妃のみ招待した。

 側妃達や王子達、それになぜか王女達までが激しい抗議をしてきたが「防衛上の問題」として全て突っぱねた。


 これは嘘では無く、公爵家の結婚式を襲撃したら王族全員を滅ぼせる、等という状況は作ってはいけないのだ。

 勿論それは建前でしかなく、公爵家四家全ての当主と後継者夫婦が揃っていたのはご愛嬌である。


 その件は置いておいて、本日の入学式。

 舞台上には国王と第二王子がいる。

 この後には、王太子が在校生代表として挨拶をする予定だ。

「馬鹿なのかなぁ」

 思わず本音が口から零れ落ちたクラウディアは悪くないだろう。



「それに、ちょっと王太子の態度が気になるね」

 マティアスが体を寄せて、クラウディアの耳元で話し掛けてきた。

 昨年の王太子の入学式。

 当然関わりが無いのだから、アッペルマン公爵家の者は誰も参加していない。

 その翌日に、なぜか王太子から『なぜ参加しなかったのか』という旨の苦情がクラウディアに届いたのだ。


 正式文書では無く、王太子が個人的に出した手紙だったので『意味が解りません』とアッペルマン公爵家から返事をしただけで終わった。

 それから幾度となく王太子からの個人的な手紙が届けられたが、全て封を開けずに返送していた。

 婚約者でも、ましてや恋人でも無いので、妙な誤解を生む行動は避けるのが常識である。


「カミラ・リンデル伯爵令嬢とは既に出会っているはずです。すぐに婚約の発表が有ると思っていたのですが……」

 クラウディアの表情が曇った。

 カミラ・リンデル伯爵令嬢。

 前回、王太子の側妃だった令嬢で、クラウディアの3才下なので今は12才のはずである。



 舞台上では第二王子がクラウディアを見つめている。

 その横の国王は、5年前と同じように息子アピールをしている。

 今度は第二王子の側近選びとか言い出して、また男子生徒を式後に拘束するのだろうか。

 ルードルフは侯爵家の後継者なので、結果は5年前と同じ『後継者の権利による固辞』である。


 ちょっと調べれば判る事なのに、それをしない王家に呆れる。


 今年も参加出来なかったニコラウスがどこかで見ているのだろうか。

 5年前よりも大人っぽい意匠の、しかし同じ色味のドレスを着たクラウディアは、広い会場内を見回す。

 本気で気配を消しているニコラウスを、クラウディアが見付けられるはずもなく。

 欠伸を噛み殺したクラウディアは、そっと視線を下げた。




「クラウディア・アッペルマン公爵令嬢!」

 突然名前を呼ばれて、クラウディアは指にはまっている大粒の紅玉ルビーから視線を上げる。

 舞台上には王太子が居た。

「お前を王太子妃に迎えてやる! ありがたく思え!」

 余りにも一方的で高圧的な宣言に、会場内から物音が消えた。


、俺への思いを持ち続けたのだから嬉しいだろう?」

 王太子がクラウディアを指差す。

「王太子のお茶会って8年前では?」

 そういった反応で大抵の者達は首を傾げたが、その言葉の持つ意味を理解する者が一定数居た。


 当然、クラウディアとマティアスの顔色が変わった。

 クラウディアからは見えないが、イェスタフとヒルデガルドの表情も変わっているだろう。

 10年。

 クラウディアが王太子妃として過ごした年月である。



「さすがに22年とか馬鹿な事は言わなかったか」

 壮絶な笑顔を浮かべ、マティアスが王太子を睨み付ける。

 22年とは、クラウディアが王太子と婚約してから亡くなるまでの期間である。

 指を差されたクラウディア本人は、口元に手を当てて震えていた。


「大丈夫か?」

 恐怖で震えているのかと心配したマティアスが肩を抱き寄せると、クラウディアは口元から手を外した。

 顔を上げ、マティアスを見上げるクラウディア。

「何も知らなければ、復讐になりませんものね」

 その笑顔はいっそ無邪気にも見え、震えていたのは歓喜のせいだと知った。




「消極的復讐」

 クラウディアはそう笑った。

 積極的に何か復讐をするのではなく、前回手助けしていた事を一切せず、眺めて笑うだけだと。

 今までも多少の弊害は出ているだろうとクラウディアは言う。


「まず、他国の王族の名前を覚えようとしなかったわ」

 晩餐会で話し掛けられ、誰だか判らずにクラウディアの足を蹴って名前を教えて貰っていた。


「今は誰の足を蹴っているのかしら?」

 舞台上で揉めている王太子と学園の教師達を見ながら、クラウディアは口の端を片側だけ器用に持ち上げた。



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