第16話




 マティアスがニコラウス・ヘルストランド侯爵令息を家に招いてから半年後。

 クラウディアは誕生日を迎えていた。

 6才を過ぎた子供の誕生日は、客を招いてパーティーを催して過ごすのが高位貴族の常識である。

 7才になったクラウディアも例外では無い。


 招待客は、クラウディアと歳の近い子供のいない親戚が主である。

 当然、王子二人は呼ばれていない。

 唯一呼ばれた同年代の子供は、ニコラウスだけだった。


「今回はいらっ……来てくださるみたいね」

 クラウディアが言い直しながらマティアスと会話する。

 今日は親戚とはいえ外部の人間が数多くいる。

 あまりにも正しい言葉遣いは子供らしくないので、二人だけの雑談でも使わないよう決めたのだ。

 壁に耳あり、というくらいなのだ。油断は命取りである。



「無理しないで大丈夫だと招待状には書いたけど、どうだろう? あまりにも顔色が悪かったら客室で休ませよう」

 マティアスがキョロキョロと周りを見回す。

 王家の誕生日パーティーと違い、主催が後から出て来て挨拶……という形はとっておらず、逆に招待客を迎える為にアッペルマン公爵家の面々は既に会場内に居た。


 子供の誕生日パーティーなのもあり、招待客の少ない小規模で家庭的な雰囲気のパーティーにしてあった。




 入り口の方がざわつき、新たな客の来訪を知る。

 他の客が来た時よりも浮き足立った雰囲気を感じ、クラウディアとマティアスは顔を見合わせる。

「さすが美形一家、大人気ね」

「大人になったニコラウスの色気は父親以上だぞ」

「影がある男って、魅力的って言うものね」


 二人でコソコソと話していると、ルードルフが近付いて来る。

「お客様、お迎えに行く?」

 満面の笑みでそう提案してきたルードルフを見て、ニコラウスと気が合いそうだ、とクラウディアは小さく笑った。



「今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 優しく微笑む顔は少し男臭さがあり、既婚者なのに結婚したい男として社交界で大人気のヘルストランド侯爵である。

 その横で微笑むのは、儚げな美人妻。

 同じ女性のクラウディアでも、思わず見惚れてしまう。


「おめでとうございます」

 美形な二人に挟まれても遜色無い麗しい笑顔で、ニコラウスが祝いの言葉を口にする。

「ありがとうございます」

 お礼を言いながら、クラウディアは心の中で違和感を感じていた。

 先日会った時の天真爛漫さが鳴りを潜め、どこか影を感じてしまったからだ。


「またお会い出来て、嬉しく思います」

 そう言ったニコラウスの言葉に矛盾は無い。実際、第二王子の誕生日パーティーで会っているのだから。


「体調は大丈夫なのかい?」

 マティアスが問うと、ニコラウスが胸に手を当て頭を下げ、また姿勢を正す。

「お久しぶりです、アッペルマン公爵……令息」

 妙に間を空けた変な呼び方は、わざとだろう。

 何を意図しているのか。



 あぁ、そうか。

 クラウディアは目の前のニコラウスを見て、違和感の理由に気が付いた。

 目が笑っていないのだ。

 前回パーティーで会った時の、心から笑っている笑顔では無く、瞳に光の無いくらい笑顔。


 私はこの瞳を知っている。




「お誕生日おめでとう!」

「クラウディア! クラウディアはどこにいる?」

 招待客が全員集まり、アッペルマン公爵の乾杯の挨拶と、クラウディアのお礼の挨拶も済み、それぞれが好き勝手に歓談を楽しんでいる時にそれは起こった。


 突然、閉めてあった扉が大きく開かれ、招かれざる客が現れたのだ。


 可哀想な使用人達は、騎士に守られた闖入者ちんにゅうしゃ達の後ろでオロオロしている。

 通常は招待状を持っていない事を理由に、キッパリと断る事が出来る。

 しかし、公爵家でもそれが出来ない相手が極小数存在した。

 それが今、扉の所で偉そうにふんぞり返っている者達だ。


「チッ」

 クラウディアの斜め上から舌打ちの音が聞こえる。マティアスだ。

「今日って、王太子殿下と第二王子殿下招いてたっけ?」

 ルードルフが扉の方を見ながら、首を傾げている。


「呼んでないわよ」

 冷たく言い放ったのはクラウディアでは無い。いつの間にか側に来ていたヒルデガルドだ。

「マティアス。ニコラウス卿も一緒に屋敷の奥へ」

 子供達を隠すようにして、イェスタスがマティアスへ指示を出す。


「はい」

 短く返事をしたマティアスは、ルードルフに身振りでニコラウスを連れて来るように伝えた。

 無言で頷いたルードルフは、ニコラウスの腕を取り、二人の元へと戻って来る。

 そのまま四人は、奥の扉からこっそりと屋敷の中へと進む。


 扉が閉まる寸前に、イェスタフの「子供達は街へ買い物に出掛けました」と言う声が聞こえた。

 さすがに無理が有るのでは? と思い苦笑したが、クラウディアは素直に両親に感謝した。



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