第17話
屋敷の奥にある応接室……では、あの王子達に見付かる危険が有るので、厨房へと子供達四人は隠れていた。
厨房と一言で言っても、使用人も3桁居る公爵家の厨房である。
その広さは半端ではない。
「すみません。使用人用のテーブルしかなくて」
年若い料理人がパーティーで提供されるはずだったデザートを持って来た。
今、四人は、料理人が簡単な休憩を取る為のテーブル席に座っている。
いつもと違うのは、綺麗にテーブルクロスが掛けてあるのと、椅子にはクッションが置いてある事、そして給仕係が一人付いている事だ。
料理を取りに来た給仕が四人に気が付き、急いでテーブルセッティングをし、それなりに快適な席を作ってくれたのだ。
その給仕は
「美味しい! これ、新しいタルトだね」
フルーツが沢山載っているタルトを頬張りながら、ルードルフが嬉しそうに言う。
王子達の登場で殺伐としていた空気が、ふわりと緩んだ。
「このレモンのタルトも美味しいわよ」
クラウディアが自分の食べているタルトを一口大に切るとスプーンに載せ、ルードルフの目の前に差し出した。
「ありがとう!」
お礼を言ってから、パクリとレモンタルトを頬張ったルードルフは、両手で頬を押さえる。
嬉しそうにしているルードルフをジッと見つめているニコラウスに気付き、クラウディアが声を掛ける。
「ヘルストランド卿もいかがですか?」
クラウディアとしては、レモンタルトをお持ちしましょうか? という意味での発言だった。
クルリとクラウディアの方へ顔を向けたニコラウスは、かぱりと口を開けた。
驚いて固まったのは、クラウディアだけでは無い。隣に座るマティアスも固まっている。
「あぁ、この距離だと届きませんよね」
そう言って席を立ったニコラウスは、クラウディアの直ぐ側まで行って、膝を突いた。
そこまでされてしまったら、今更新しいレモンタルトを席に配膳するのも違う気がする。
「新しいスプーンを」
クラウディアは給仕へと告げる。
「大丈夫ですよ。そのフォークに刺してください」
「え?」
にこやかに言うニコラウスの台詞に、クラウディアはその顔をまじまじと見つめてしまった。
フォークは、クラウディアが今現在使用中の物である。
それを使って他人に食べさせるなど、普通なら有り得ない事である。
実際に家族であるルードルフに使ったスプーンも、未使用の物だった。
「お待たせいたしました」
クラウディアが戸惑っている間に、給仕が新しいスプーンを持って来た。
「ありがとう」
ホッとしながらスプーンを受け取ったクラウディアは、レモンタルトを一口スプーンに載せ、ニコラウスへと差し出す。
「……残念」
小さく呟いてから、ニコラウスは差し出されたレモンタルトを口にした。
「ヘルストランド卿がおかしいわ」
席に戻って行くニコラウスの背を見ながら、クラウディアは隣のマティアスへと体を傾け、逆隣のルードルフには聞こえない程度の声で囁く。
「暗殺者ルキフェルとも、何か違うな」
「今日のドレスは赤く無いのですね。勿論、貴女の青空のような瞳と同じ色のドレスもとても似合っていらっしゃるのですが、この前の僕の瞳のような色のワンピースの方が素敵でした」
小さな丸いテーブルに座っているので、クラウディアの正面にはニコラウスが座る事になる。
その席に座った途端、ニコラウスはクラウディアの事をうっとりとした目で見つめた。
「なんか変」
素直な感想を口にしたのはルードルフだ。
ニコラウスの視線がクラウディアからルードルフへと移る。
「彼女の兄で良かったですね」
ニコラウスの口元が弧を
その言葉の裏にある意味に、ルードルフは気付かない。
「うん! 僕、ディアが大好きだからね。兄さんの事も大好きだけど」
実質大人四人に囲まれて過ごしているルードルフは、今、とても甘やかされている。
前回は短くして終わってしまった人生なので、尚更だ。
「僕もディアも、ルーが大好きだよ。その意味、解るよね? ヘルストランド卿」
マティアスが先程のニコラウスとよく似た笑顔を浮かべる。
その横のクラウディアも、王太子妃時代のような笑顔をニコラウスへ向ける。
熱の無い笑顔が恐ろしい。
「勿論、とてもよく理解しております」
ニコラウスがあまり抑揚の無い声で答える。
胸に手を当て頭を下げる姿は、とても7才の少年の所作には見えなかった。
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「彼女の兄で良かったですね」→兄じゃなかったら殺してるよ
「その意味、解るよね?」→そんな事したら、また家が没落するよ
「勿論、とてもよく理解しております」→前回の記憶が有るから解ってます
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