第12話




「クラウディア?」

 あまりにも目の前の少年……ヘルストランド侯爵令息を見つめていたからか、マティアスに声を掛けられた。

 ヘルストランド侯爵令息もどうして良いのか判らずに、困った顔をしている。そしてそのような表情でもうるわしい。


「妹がすまないね。僕はマティアス・アッペルマン。?」

 意味深なマティアスの挨拶に、思わずクラウディアは隣の兄を見上げる。

 対して前に立つヘルストランド侯爵令息は、キョトンとした顔をしてから満面の笑みで「初めまして」と挨拶を返した。



 その時、王家の入場を告げる声が会場に響く。

「リセット王国、国王陛下御夫妻、並びにホルムクヴィスト御一家のご入場です」

 扉が開くのに合わせて、入場のファンファーレが鳴り響いた。


 まず国王夫妻が入場し、次に側妃二人が続く。そして王太子、第三王女と続いた。そこから王女は生まれた順に五人入場した。

 第一、第二王女は既に他国へ嫁いでいる。



「マティアスお兄様、先程のは?」

 両親の陰に隠れるようにし、クラウディアはマティアスに話し掛ける。

「先程?」

 マティアスは不思議そうに首を傾げる。

「ヘルストランド卿の事ですわ」

 クラウディアの視線が黒髪赤瞳の美少年を示す。


「え? ディアは彼を知らないの?」

 本気で驚いた表情をするマティアスに、クラウディアをからかうような様子は感じられない。

「初めてお会いする……と、思います」

 中途半端なクラウディアの返事に、マティアスは器用に片眉を上げる。先を続けるように促しているのだろう。

 こういう仕草を見ると、マティアスはクラウディアの何倍も長生きをしているのだと実感する。


「記憶には無いはずなのに、彼が成長した姿を私は容易に想像する事が出来ます。但し、もっと冷たい印象ですが」

 戸惑うクラウディアへ、マティアスが笑顔を向ける。しかしそれは、いつもの優しい兄の顔でも、たまに見せる老獪な公爵然とした顔とも違う、とても冷たい表情だった。



「儂もな、奴の名前は今知ったよ」

 マティアスの瞳は、明るい会場内なのに暗く淀んで見える。見た目通りの態度に取り繕う事も忘れているようだ。

「黒髪に赤い瞳の、悪魔の如く無慈悲で残忍な殺害方法と、比類無き美貌で一部では有名であった」

 マティアスの視線の先には、屈託なく笑う少年。


「暗殺者ルキフェル。それが奴の通り名だ」


 ルキフェルとはこれまたいかにもな名前だと、クラウディアはヘルストランド侯爵令息を見つめる。

 ルキフェル。天使が堕天して悪魔になった者だ。

 侯爵家嫡男だったものが暗殺者に堕ちたのならば、これ以上相応しい名前も無いように感じる。



 わあぁぁ!と周りから歓声があがった。

 一段上がった場所では、まだ国王夫妻と王家の面々がおり、真ん中には金髪の少年が立っている。

 ちっとも聞いていなかったが、王が開会の挨拶をして、第二王子が紹介されたようだ。


 兄の王太子にとても良く似ている少年は、とても体が弱かったようには見えない。

 健康そうなふっくらとした薔薇色の頬に、栄養の行き届いた髪はツヤツヤだ。

 もしも王太子の婚約が白紙にならなかったら、今日は第二王子の婚約者選びも兼ねていたかもしれない。


 王太子も第二王子の誕生日パーティーで、大々的に婚約者探しをするわけにもいかないだろうし、そういう意味では今日は平和なパーティーになりそうだ。

 たとえ正妃や第二妃が高位貴族の令嬢達をギラギラとした視線で見ていたとしても。




 王家への祝いの挨拶は、爵位の高い順に行われる。まずは筆頭公爵家だ。

 四家ある公爵家は筆頭家以外の三家は横並びで、挨拶などの順番は三家で順繰りに回っている。アッペルマン公爵家は、今日は4番目になる。


 挨拶の列に家族で並ぶと、後ろは当然筆頭侯爵家になる。

 そこに並んでいたのは、ヘルストランド侯爵家だった。

「筆頭侯爵家だったのね」

 クラウディアが王太子妃教育の一環で歴史や社交の勉強を始めた頃には、既に無くなっていたヘルストランド侯爵家。


 ニコラウス・ヘルストランド侯爵令息と共に並んでいるのは、黒髪に黒目の美丈夫と、白に近い銀髪に赤い瞳の神秘的な美人だ。なんという現実離れした美形一家か。

 リネーア第二王女が罪を犯してまで侯爵を手に入れようとした事に、少し納得してしまったクラウディアだった。




───────────────

王太子の母は「正妃」、王の妻全員がが「王妃」となり側妃も「王妃」に含まれます。

呼び方は「王妃陛下」は正妃の事で、あとは「第二王妃殿下」「第三王妃殿下」となります

勿論、独自設定ですよ!!

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