第11話




 嫌な事ほどすぐに訪れる。

 すまし顔と言うよりは不機嫌な無表情のクラウディアは、朝から強制的に磨かれていた。


 赤に近いピンク色のワンピースを着て、頭にはワンピースと同色の大きな花飾りが2つ付いた髪飾りを着けている。

 今は鏡台ドレッサーの前で、子供らしい薄化粧をされていた。


「お嬢様は化粧しない方が可愛いのに」

 ユリアがどこか残念そうに言うのに、クラウディアは口の端を持ち上げる。

「だからよ。変な人に見初められたら困るでしょう?」

 王太子とか第二王子とか、とはさすがに口にしなかった。



 会場に着いて馬車を降りると、既に殆どの貴族は到着していた。

 それはそうだろう。爵位の高いものほど時間ギリギリに来場するのだ。


 不敬にならない程度に濃いめの緑のアフタヌーンドレスを着たヒルデガルドは、同色の礼服を着たイェスタフにエスコートされている。イェスタフは差し色に青を使っていて、仲の良い夫婦だと一目で判る。

 因みに緑がイェスタフの瞳の色で、青がヒルデガルドの瞳の色だ。


 マティアスは自分の瞳の色と同じ緑色でまとめており、ルードルフはクラウディアとお揃いの赤に近いピンクを差し色にしたベージュの礼服を着ている。



 子供が主体のパーティーなので、開始時間も昼を少し過ぎたくらいである。

 下位貴族の子供達などはかなり早くから来ていたのだろう。

 待ち疲れているか、壁際に並べられている料理に視線が釘付けか。喧嘩をしそうになり、親に叱られている子供も居る。


 王太子の6才の誕生日パーティーの時は、まだクラウディアもルードルフも6才になっていなかったので、屋敷で留守番をしていた。これほど無秩序に大人と子供が会場内に溢れているとは知らなかった。

 前回は6才で王太子の婚約者に決まり、入場は常に王太子にエスコートされてだった。つまり王族入場の報があってからの入場だったので、ここまで混沌とはしていなかったのだ。



「いくら6才から社交に参加しても良いとはいえ、全貴族参加の時は少し考えた方が良いのにね」

 クラウディアは横に居るマティアスへ、こっそりと囁く。

 身長差があるのであまり小声では無いが、周りの喧騒も有り他の人には聞こえていないようである。


「下位貴族など、何時間も待たされるからね。大人でも辛いのに子供に我慢しろって可哀想だよね」

 今も疲れてしゃがみ込もうとした子供が、母親に無理矢理立たされて叱られている。

「子供だけ好きに出入り出来る部屋を爵位毎に分けて用意して、子育てした事の有る使用人と簡単につまめる軽食を……」


 ブツブツと何やら考えていたクラウディアだったが、否定するように小さく首を振った。

 もう王太子妃でも何でも無いのだ。

 王宮内の改定案など、考える必要など微塵も無い。



 小さく頭を振っていたクラウディアだったが、頭の上の大きな花には負担だったようで、髪からスルリと滑り落ちていった。

「あっ!」

 ズレた事に気が付いた時にはもう遅く、クラウディアのサラサラ過ぎる髪では引っ掛かる事も無く、そのまま落ちていく。


「あ!」

 床まで落ちていくと思われた髪飾りは、小さな声と共に差し出された手に受け止められた。

 咄嗟に掴んでしまったのか、花飾りなのに鷲掴みにしてしまっている。

「あぁ!」

 掴んだ本人も不本意だったのか、驚いた声を上げている。


「ご、ごめんね! わざとじゃないんだ。あぁ、でもこれだったら床に落ちたのを拾った方が良かったね」

 へにゃりと情けなく笑った顔はとても素直そうで、育ちの良さを感じさせる。


「いえ。床に落ちていたら、もう使えませんでした。ありがとうございます」

 公爵家として、一度床に落ちた物を再度使う事は有り得ない。たとえ子供でも。

 受け取った花をマティアスに渡し、クラウディアは自己紹介をする。


「クラウディア・アッペルマンと申します」

 子供らしく簡易なカーテシーをすると、相手の少年が満面の笑顔で挨拶を返してきた。

「ニコラウス・ヘルストランドと申します」

 名前を聞いたクラウディアの目が見開かれる。


 前回、冤罪により処刑された一族ヘルストランド侯爵家の令息だった。




 黒髪に赤い瞳をした少年は、高位貴族らしく色白で、あと数年もすれば近寄り難い美しさになるだろう、と予想できる美貌を持っていた。

 暗闇の中に立っていたら、自分を誘惑しに来た悪魔だと思うかもしれない。

 悪魔は人を堕落させる為に、とても魅力的な造形をしているらしい。


『私は地獄から蘇った悪魔ですから』


 突然、クラウディアの脳裏に響いた声。

 闇に浮かぶ赤い瞳。

 初めて会ったはずの少年の、成長した姿がすぐに想像出来たのはなぜなのか。

 クラウディアは無意識のうちに、目の前の少年を凝視していた。



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