第10話




 それは、かなりの激震が走る事となる発表だった。


「第二王子ヨエル・リネー・ホルムクヴィスト殿下の6才の誕生日パーティー?」

 アッペルマン公爵家へ届いた招待状に、誰もが首を傾げ、怪訝な表情になった。

 今まで、今回も前回も、第二王子などと言う存在は居なかった。


「幼い頃は体が弱かった為、今まで秘匿されていたらしい」

 当主であるイェスタフが招待状の内容を家族へ伝える。

 クラウディアとマティアスは情報共有を行っているが、両親と子供達の間にはそれが無い。おそらく、父も母もお互いに前回の記憶がある事を伝えていないだろう。

 それでも、もしも記憶が無くても戸惑うだろう程、今回のはおかしな話だった。


「3才を過ぎたら、普通お披露目しますよね」

 クラウディアにジッと見つめられたマティアスが、内心で苦笑しながらイェスタフに疑問を投げかける。6才のクラウディアが質問するには、違和感が生まれる内容だから押し付けられたのだ。


「それどころか、男児なら生まれた瞬間に周知されるわよ」

 特に王族だし、とヒルデガルドがマティアスの疑問に答える。

 本当に体が弱かったのならば、広く告知して薬や最先端医療術等をつのった方が良かっただろう。

 この国は激しい覇権争いも、弱者に対する差別も、今は基本的には無い。それが王族相手ならば尚更だ。


「第一王子の体が弱いのならば、後継者争いとかの問題で体が弱い事を隠すのは解るが……」

 第二王子の存在自体を隠す意味が解らなかった。

 しばらく四人で考えていたが、誰も納得出来る理由を思い付かなかった。




「ディアと同い年の王子様かぁ。お嫁さんにください! とか言われちゃったりしてね」

 翌日の朝食の席で、ルードルフが第二王子の話を聞いて、何の気無しに口にした言葉が、この件の真理のように聞こえた。

 2才しか違わない王子達。


 王太子が好き勝手結婚相手を選べたのは、王子が一人しか居なかったからだ。

 婚約者選定時、第二王子の存在が周知されていたら……?

 同じくらいの年頃の女児の中で、1番高位なのはクラウディアだ。

 第一王子の王太子としての立場を盤石なものにする為に、王命で婚約者にされていてもおかしくは無い。


 逆に言えば、第二王子の婚約者がクラウディアになれば、アッペルマン公爵家を後ろ盾にする事で、王太子が変更になる場合があり得るのだ。

「第二王妃の実家は侯爵家で、正妃の家は伯爵家だったな……」

 王宮内での力関係は、第二王妃に軍配が上がるという事だ。


 しかも、別に正妃に国王の寵愛があるわけでも無い。正妃に選ばれたのはただ先に王子を産んだからであり、もしも第二王妃が先に王子を産んでいれば、彼女が正妃になっていただろう。

 王太子が生まれるまでは、今の正妃は第一王妃と呼ばれていたのだから。



 今の国王には、妻は三人。つまり第三王妃までいる。

 王女は七人。ほぼ毎年誰かが妊娠していた。

 そして王妃達は、妊娠中は公務に参加出来ない。その為に、その時に妊娠していない者が正妃がするべき仕事を担っていた。

 それは王太子妃だった時から変わらない。


 第七王女が生まれた後は、国王の渡り日程を議会が決めたくらいだ。また王女が生まれたら困るからだ。

 ある程度王女が嫁いだ後、更に年若い側妃を迎える予定だった時に予定外に懐妊し、出来てしまったのが今の王太子だ。

 生まれるまで誰も男児を期待しておらず、あまり懐妊が喜ばれなかったのは公然の秘密だ。



 当然の事だが、公務に関わる妃がころころと変わる為、当時諸外国からはあまり良い顔をされなかった。

 その時の教訓が活かされ、次の王太子妃は最初から第一王妃が正妃と決められていたのだが、それがクラウディアを苦しめる結果となったわけだ。


 しかもクラウディアが予想以上に優秀だった為に、王太子の仕事や、果ては王妃達の仕事全てを押し付けていた。それに自分の王太子妃としての仕事も有るのだから、休む間も無くなり、クラウディアはやつれる一方だった。

 それでもクラウディアは文句も言わず、仕事をこなしていたのだ。


 もしその当時の記憶を持つ者が第二王子の側にいたら、公爵家令嬢という立場だけでなく、その能力も内に引き入れたいと思うだろう。




「誕生日パーティーって、子供は行かなくても良いかしら?」

 自室に戻ったクラウディアは、溜め息と共にポロリと本音をこぼす。

 6才の王子の誕生日パーティーに、6才のクラウディアが行かなくて良いわけが無い。

 解っているが、それでも言いたかったのだ。


「新しいワンピースを作って貰えるのですよね? それを楽しみにすれば良いじゃないですか」

 ユリアが呑気に笑顔を見せる。

「この間の赤と黒のワンピースも似合ってましたけど、明るい黄色とかも良いですよね!」


 クラウディアは、脳裏に王太子を思い浮かべる。その姿は金髪に青い目だ。

「黄色は止めておくわ。第二王子殿下が王太子殿下と同じで金髪だったら嫌だもの」

 ほんの微塵も誤解される可能性を残したくないクラウディアだった。



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