第9話
正妃は焦っていた。
やっと生まれたたった一人の王子モンス・ヴァルナル・ホルムクヴィスト。
6才で王太子になった息子の婚約者を決める為、8才の誕生日を前にお茶会を開いた。
モンスの瞳の色と同じワンピースを着た令嬢の多さに、選り取り見取りだとモンス本人も正妃も喜んだのは記憶に新しい。
沢山の令嬢の中でも比較的華やかな美人で、積極的に話し掛けてきたのがグニラ・ノルドグレーン侯爵令嬢だった。
モンスが気に入ったし、家格も高いので即婚約者に決まった。
無事に侯爵家の令嬢が婚約者に内定して、後は誕生日パーティーでの発表を待つだけだったのに。
よりにもよって、その侯爵家の夫人が殺人未遂で捕まってしまったのだ。
当然婚約は白紙に戻った。
今ではノルドグレーン侯爵は爵位を返上し、実家の伯爵家へ戻ってしまっている。
グニラはもう侯爵令嬢ではない。
しかも事件はそれで終わらず、その殺人未遂事件に第二王女リネーアが関係していた事が判明した。
18才のリネーアは、驚く事にヘルストランド侯爵に懸想していた。
侯爵は28才で、同い年の妻と6才の息子がいる。
既婚者の彼に嫁ぐ為に冤罪を着せ、侯爵家を潰したくなければ妻と別れ、自分と結婚するように脅すつもりだったと言うのだから驚きである。
「私は彼と結婚する運命なのよ! だから神様がやり直すようにと時間を戻してくれたの!」
リネーアは取り調べ中も、遠くの国に嫁ぐのが決まった時も、無理矢理馬車に乗せられ出国するその瞬間まで、ずっとそう訴えていた。
「いつからおかしくなっていたのかしら」
自分の産んだ娘がおかしくなっていた事を嘆いた正妃を慰める者は居ない。
20才の第一王女は既に他国へ嫁いでいる。
王妃だと思って嫁いだのに、後継者を産んだ者が王妃になる法律の国だった、と文句の手紙が先日届いた。それまでは公妾扱いなのだという。王妃になれなければ出戻って来る可能性が高いのも、正妃の悩みの一つだ。
そして三女である第四王女は14才で、自分を着飾る事にしか興味が無い。
第三と第五から第七までの王女は、側妃二人が産んだのでほぼ交流も無い。
国王は平和主義と言えば聞こえは良いが、優柔不断で事なかれ主義である。
正妃も側妃も同じに扱う。要は関心が無い。
「誰か代わってくれないかしら」
優秀な人が王太子妃になったら、即仕事を押し付けようと正妃は常に思っていた。
そもそも正妃は伯爵家の令嬢であり、正妃になれる
学生時代、面白半分で王太子を誘惑したら、婚約者の公爵家令嬢が嬉々として婚約を解消して他国へ嫁いでしまったので、無理矢理王太子妃にされたようなものだった。
「本当にやり直せるのなら、私は学生時代からやり直すわ」
正妃は大きな溜め息を吐き出した。
側妃の一人である元侯爵家令嬢の侍女であり妹であるイーリスには、前回の記憶があった。
それとなく確認してみたが、正妃にも姉にも、そしてもう一人の側妃にも、記憶は無かった。
他に誰も記憶が無いのかと思っていたら、第二王女が事件を起こし、記憶が有るのだと判明した。
その後の皆の反応で、他の王女達にも記憶が無いと思われる。
前回、王太子妃クラウディアが窓から飛び降りた後、誰もまともに管理が出来ず、すぐに王家の財産は底をついた。
出戻りの第一王女や行き遅れの第二王女を筆頭に、他の王女達など結婚後も頻繁に里帰りして、王家の金を我が物顔で使っていたからだ。
王家に金が無くなっても、第二王女は頑として結婚を拒否していた。
同じように結婚しないで人生を終えた自分。
その二人にだけ前回の記憶があるのには意味が有るような気がするが、もうどうでも良いかと考えるのを止めた。
「今回は貴方が居るものね」
イーリスは眠る幼い甥っ子を見つめる。
前回は居なかった第二王子である。
奇しくも王太子妃だったクラウディアと同じ年に生まれている。
「それこそ運命じゃないかしら」
今回は王太子の婚約者にならなかったクラウディア。第二王子の婚約者になる為に、きっと神様がそうしたのだとイーリスは思った。
なぜなら、結婚していたクラウディアには前回の記憶が無いはずだから、自分から王太子の婚約者を外れようとするはずが無いのだ。
王にも王太子にも記憶が無かったので、男性に記憶があるかもしれないとは、考えもしなかった。
王太子の仕事も肩代わりしていた、優秀な王太子妃だったクラウディア。
四家ある公爵家の中で、唯一王子達と年齢の合う令嬢でもある。
「彼女と結婚すれば、モンスじゃなくて貴方が王よ」
イーリスは、眠る第二王子の頬をそっと撫でた。
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