第8話
スプーンを使わせない紅茶。
それが意味する事は、毒の使用である。
貴族の使うスプーンは殆どが銀製だ。
実際に銀に反応する毒など限られているのだが、それを知る人間は少ないだろう。
毒に反応するという通説のある銀食器を使わせないという、その事実が問題なのである。
ヒルデガルドに命令されたメイドは、深く頭を下げた後、屋敷内へと急ぐ。
そしてすぐに砂糖壺とスプーンを持って戻って来た。
クラウディアは砂糖壺から砂糖を取り出し、ポトリポトリと紅茶へ落としていく。
そしてスプーンを紅茶につけようとしたところで、ガタンと椅子の倒れる音がした。
「出された物に文句を言うなんて、なんて躾がなってないのかしら!」
勢いよく立ち上がったノルドグレーン侯爵夫人は、クラウディアの方へと歩いて来ると、テーブルの上に置いてあるカップをソーサーごと払い落とした。
中身が飛び散り、当然だがクラウディアへと降り掛かる。
「きゃああぁぁぁぁぁ!」
大袈裟な程の悲鳴をクラウディアがあげた。
その騒動が原因で、その日のお茶会はお開きとなった。
正妃と王太子が他の参加者に挨拶もせず、そそくさと帰って行ったのを横目で見ながら、クラウディアは鼻で笑った。
本来王妃ならば、その場を収めるくらいの気概が欲しいところである。
その紅茶騒動で1番評判を落としたのは、無論ノルドグレーン侯爵家である。
そして、まだ公式に発表されていなかった王太子とノルドグレーン侯爵令嬢の婚約は、そのまま発表される事は無かった。
お茶会の日から約1ヶ月後。
ノルドグレーン侯爵夫人が殺人未遂で拘束されたのである。
クラウディアの服は、そのままとある鑑定機関へと提出された。
そこで調べられた紅茶の染みから痺れ薬が検出され、大騒ぎとなったのだ。
その量が大人に使用されるのにもギリギリの量であり、もしもクラウディアが口にしていたら致死量だったのも問題を大きくした。
痺れ薬で体を麻痺させ、てんかん発作だとでも言って医者に連れて行くフリをして誘拐するつもりだったのだろう。
実行犯は最近雇った使用人で、ヘルストランド侯爵家の紹介状を持っていた……となるはずだった。
前回がそうだったのだ。
捕まったノルドグレーン侯爵夫人は観念したのか、素直に第二王女と交わされた密約まで白状しているようだ。
前回は王城で結婚もせずに贅沢三昧だった第二王女は、今回は辛い人生を歩みそうである。
片道何ヶ月も掛かる遠方の国へ、天然の大きな水晶1つと交換する条件で、後宮入りする事が決定していた。それは大きくてもただの水晶であり、今年の王妃の誕生日パーティー用に第二王女が仕立てたドレスよりも安いだろう。
その大きな水晶は、裏庭にひっそりと飾られ、風雨にさらされて手入れもされず、数年後には、なぜ置かれているのか使用人達に不思議がられるようになる。
将来的には、子供達の良い遊び道具になる運命を背負ってしまった、可哀想な水晶である。
アッペルマン家の
クッキーやマドレーヌなど、軽くつまめるお菓子と飲み物が用意されている。
因みにルードルフは、まだ頑張って勉強している。
「銀のスプーンを使わせない為に、紅茶をこぼしてしまえって馬鹿なのかしら?」
クラウディアが優雅に紅茶のカップを口元へ持っていく。
「毒入り紅茶の話をしながら、よく紅茶を飲もうって気になるね」
呆れた表情をしながら、マティアスは果実水で喉を潤す。
「だって、実際には飲んでないもの」
紅茶を飲んでほぅっと息を吐き出してから、クラウディアは笑う。
「銀のスプーンの件は、母上と相談したの?」
苦笑したマティアスは、話を変えた。
人の裏の裏を見て、国同士のアレコレを
「相談はしてませんね。私もお母様も勝手に動いていたら、目的が同じなので上手く重なった感じです」
「目的?」
「ノルドグレーン侯爵家の破滅」
なるほど、とマティアスは頷く。
クラウディアもヒルデガルドも前回は早逝しているので、ノルドグレーン侯爵家の没落を知らない。
しかも今世でもノルドグレーン侯爵夫人は同じ罪を犯そうとしたのだ。
復讐したくもなるだろう。
「ノルドグレーン侯爵は爵位を返上して、子供達と一緒に実家へ帰るみたいね」
クラウディアがクッキーを1枚口に放り込む。大きすぎたらしく、こぼれ落ちないように慌てて口を両手で押さえる。
「そういえば彼は入り婿だったね」
マティアスは同じクッキーを半分に割ってから口に入れる。
二人でモグモグと無言で口を動かしていると、屋敷の中から元気な声が聞こえた。
「あぁ! また二人でずるい!」
勉強が終わったルードルフが庭を駆けて来る。
「大丈夫だよ。ちゃんとルーの席も用意してあるからね」
マティアスがルードルフの席の椅子を引く。
前回はお茶を用意しても、座る者の居なかった席。
もう心配は要らないのだと、クラウディアとマティアスは視線を合わせ、心から笑った。
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