第7話




 ノルドグレーン侯爵家でのお茶会の日。

 まずはがアッペルマン公爵家を出発した。

 そして道程の半分程過ぎた所で車輪が外れ、応急処置をして屋敷に帰って来た。

 当然、お茶会の開始時間には間に合わない。先方には連絡済である。

 壊れた馬車が帰って来たのを確認して、新しい馬車へ乗り換えたていでクラウディア達は出発した。


 美人で女性の理想体型でもあるヒルデガルドが、肌の露出の少ない黒と赤のアフタヌーンドレスを着ていると妙なつやめかしさがある。

 今度ドレスコードを『濃い色』としたお茶会をアッペルマン公爵家で開けないだろうか? クラウディアは、母を見ながらそのような事を呑気に考えていた。


 殊更慎重に走った馬車は、いつもの倍の時間を掛けてノルドグレーン侯爵家へと到着した。

 事故の後だから慎重になるのは当然だ。そこを責められる事は無いだろう。



「遅くなりました」

 会場に案内されると、既にお茶会は始まっていた。

 上座に正妃と王太子が座り、そのすぐ脇にノルドグレーン侯爵夫人と令嬢が居る。


 本来ならその直ぐそばにアッペルマン公爵家の席があるのだが、開始前に馬車が脱輪事故を起こしたと連絡が入った為、詰めて座られていた。

 王家の側の席をいつまでも空けておけないので、当然の措置である。


 現れた三人の服装に会場がざわついた。それに気付いていないはずは無いのに、ヒルデガルドは平気で挨拶をする。

「本日はお招きいただきありがとうございます。不慮の事故により、遅くなり申し訳ございません」

 型通りの挨拶をした後、三人は案内された席へ座った。

 空いているのは、末席である。



「何で水色じゃないのよ」

 誰にも聞こえない音量で言葉をこぼしたのは、ノルドグレーン侯爵夫人だ。

 その声も内容も聞こえないが、クラウディアはこっそり口の端を持ち上げる。

 相手の表情で、何を考えているのか丸わかりだった。


 ノルドグレーン侯爵夫人は、クラウディアを誘拐させるつもりだったのだろう。

 同じ色の服を着ていた令嬢が娘と間違われて誘拐された、とでも言うつもりだったのか。前回のクラウディアがよく着ていた色味と意匠のワンピースとほぼ同じ服を、ノルドグレーン侯爵令嬢は身に着けていた。


 クラウディアを「誘拐された令嬢」としてきずものにし、王太子の婚約者には絶対になれないようにする。そして前回と同じようにヘルストランド侯爵家に罪を擦り付ける作戦だろう。

 給仕係にしては体格の良い男性使用人と、やたらと目つきの鋭いメイドが数人いるが、皆一様に戸惑った表情をしていた。




 クラウディア達アッペルマン公爵家の面々の前に紅茶が置かれる。

 それに揃えて、全員の飲み物が温かい湯気をあげる紅茶へと取り替えられた。


 主催のノルドグレーン侯爵夫人が皆の注目を集めるように、手を叩く。

「全員揃ったので、もう一度王妃陛下よりお言葉をいただきます」

 皆が口を噤み、視線を集中させた。


 ボソボソと滑舌悪く話す正妃の声は、クラウディアの座る末席までは届かない。

 伯爵家でも下位に位置する家の出身である正妃は、付け焼き刃な教育しか受けていないのが透けて見える人物だ。

 その劣等感からか、よくクラウディアに「私が伯爵家出身だから馬鹿にしてるんでしょ」と言っていた。


 二人いる王の側妃のうち一人は、侯爵家出身であり元々はこちらが婚約者だったのを今の正妃が奪い取ったのはである。

 それにしても、とクラウディアは招待客を眺めた。


 子供達は普通に子供だが、そのうちの何人かの親の様子がおかしい。大抵が正妃主催のお茶会で水色のワンピースを着ていた子供の親だ。

 このお茶会は、ものだ。その為、記憶の有る者は落ち着かないのだろう。



「あの、お砂糖ください」

 クラウディアは側にいたメイドに声を掛けた。

「この紅茶は甘みがあり、お砂糖無しでも美味しいものですよ」

 メイドが慇懃に応えるが、砂糖を取りに行こうとしない。おそらく、そういう指示が出ているのだろう。


「お砂糖無しなら私はいらないわ」

 クラウディアが紅茶を自分の前から遠ざけた。それを見て、隣のルードルフも真似をする。

「うちの子供達は甘党なのよ。ごめんなさいね」

 謝りながらも、ヒルデガルドも同じように紅茶を拒否するように遠ざける。

 困ったメイド達は、主人へと視線を向けた。


「仕方ないわね。紅茶を取り替えて差し上げて」

 溜め息を吐きながら、ノルドグレーン侯爵夫人が指示を出す。

 返事をしたメイドが紅茶を下げようとすると、それをヒルデガルドが手で制した。


「あら、美味しい紅茶なら飲みたいわ。お砂糖とスプーンさえ持って来てくだされば良いのよ」

 ヒルデガルドが言う。笑顔の圧が凄い。

 メイドはオロオロと戸惑っている。自分の主人よりも高位の貴族の言葉である。どちらに従うのが正しいのか。

「早く持って来なさい!」

 ノルドグレーン侯爵夫人が何か言うより早く、ヒルデガルドの命令が飛んだ。



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