第13話




 1番最初に挨拶をした筆頭侯爵家は、闊達な感じの当主と優しい雰囲気の妻、20代半ばの次期公爵の三人だった。次期公爵の妻は、もうすぐ出産予定との事で欠席である。

 その後続いた公爵家二家は、当主夫妻と次期夫妻が挨拶をしていた。


 そしてアッペルマン公爵家の順番となる。

 他の公爵家よりも圧倒的に若い当主なのは、10年以上前に当時の当主が他国へ外交へ行った際、事故に巻き込まれ亡くなったせいだった。

 四公爵の関係が上手くいってなかったら、マティアスが生まれる前にアッペルマン公爵家は無かっただろう。


 王家の人間がズラリと並ぶ前へ行き、イェスタフが挨拶の言葉を言う。

 その間他の家族は頭を下げているのだが、クラウディアは、マティアスとルードルフの間で一歩下がって頭を下げていた。

 体半分ほどマティアスに隠れている。


「面を上げよ」

 男性の声が響く。国王ではなく、宰相の声だ。

 クラウディアは顔を上げても、視線を上げる事は無かった。瞬きもせず、床を睨み付けている。

 マティアスの服の腰辺りをギュッと握っているのは、恥ずかしがり屋な子供を演出しながら、王家から隠れる為だ。


「確かアッペルマンにはヨエルと同い年の子がいたわよね」

 第二王妃の声が聞こえ、クラウディアは益々マティアスに隠れる。


「はい。ですがとても恥ずかしがり屋で人見知りが激しく、まだ正式に社交に参加させられなくて」

 イェスタフがクラウディアの頭を撫でる振りで、顔を下に向けさせる。

 絶対に顔を上げるな、という事だろう。

 そもそもマティアスに隠れているので、王家からはクラウディアのワンピースくらいしか見えていない。


「子供のお茶会も、最低後2年位は控えるつもりですの。前回のお茶会で怖い思いをしたので、人見知りが更に酷くなってしまって」

 ヒルデガルドがイェスタフの言葉に続く。

 第二王女がノルドグレーン侯爵夫人と共謀して起こした事件の1番の被害者は、クラウディアだ。

 王家として無理矢理王子達のお茶会に呼ぶ事はしませんよね? と、ヒルデガルドは言外に言っていた。



 最後は殺伐とした空気になったが、アッペルマン公爵家の挨拶は終わった。

 辞する時、次に挨拶する予定のヘルストランド侯爵家の方へクラウディアが視線を向けたのは、特に意味が有ったわけではない。

 その時、心配そうにクラウディアを見つめる赤い瞳と目が合った。


 大丈夫だよ、と小さく手を振ったクラウディアへ、ニコラウスが同じように小さく手を振り返した。

 驚いたのはヘルストランド侯爵家の大人達だ。いつの間にか、幼い息子が公爵家の令嬢と仲良くなっていたのである。


 そして単なる偶然だと本人達は知っているが、他からはそうは見えない困った事があった。

 クラウディアの着ているワンピースは、赤に近いピンク色なのである。

 赤い色を着る事が出来ない為の苦肉の策、に見えなくもない。



 アッペルマン公爵家の令嬢と、ヘルストランド侯爵家の嫡男が婚約している。

 もうすぐ婚約発表のパーティーが催されるらしい。


 そのような噂が社交界で囁かれたのは、第二王子お披露目パーティーのすぐ後だった。




 子供が主役の昼のパーティーは、アフタヌーンティーの時間にはお開きになる。

 アッペルマン家の面々は、用意されている飲み物や軽食に一切手を付けずに帰路に着いた。


「お腹空いた~」

 馬車の中で、用意されていた果実水を飲みながらルードルフが言う。

 子供が多いからか、今回の料理は全て給仕が皿に盛った物を渡す形式だった。

 好きな物を指差して選ぶ事は出来ても、皿は選べない。


 埃などが掛からないように考慮しているという建前で、皿は台の下へと隠してあった。

 給仕が誰かの息が掛かっていて、こっそりと皿に水薬を付けてから料理を載せても、客側からは見えないのだ。


 今回標的にされそうだったのは、マティアスである。

 12才だと、もう密室で女性と二人きりになるのは責任問題になる年齢だ。

 まだ婚約者のいない公爵家の嫡男である。

 前回など、将来の王妃の実兄でもあったのだから、その苦労は計り知れない。


「兄様は、何で婚約者を決めないの?」

 チョコチップの入ったクッキーを齧りながらルードルフが質問をする。

「学園で運命の人に会えるような気がしてるからね」

 マティアスの答えに、両親の眉がピクリと反応した。


 学園とはラーシャルード学園の事で、貴族が16才から行く学校の事である。

 余談だが、学園名の『ラーシャルード』の意味も、由来も誰も知らなければ、記録にも残っていない。


 普通の親ならばここで「何を馬鹿な事を」と呆れるか、「それまで待てない」と怒るかだろう。

 しかし、イェスタフもヒルデガルドも何も言わず、ただマティアスを見つめていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る