第4話
「ディアがあの愚王と婚約しなければ、ルーは死ななかっただろう」
クラウディアは、マティアスの言葉に息を止めた。
このマティアスは、自分のせいでルードルフが誘拐されて殺された事を知っている。
そう思ったら、肉親の情よりも恐怖が上回ってしまったのだ。
顔色を悪くしたクラウディアに気付いたのだろう。
マティアスがふわりと表情を緩めた。
「ルーが亡くなったのは、ディアのせいでは無い。婚約者の座を狙った馬鹿な家のせいだろう?」
それにな、とマティアスが12才の見た目に似合わない黒い笑顔を浮かべる。
「父の代では確証が無くて見逃したが、儂の代になってから徹底的に叩き潰してやったわ!」
どうやって? と聞くのは、止めた方が良いのだろう、とクラウディアは口を
前回のクラウディアが生きていた頃には、まだアッペルマン公爵家は代替わりしていなかった。
クラウディアは、部屋から飛び降りてすぐにこの時代に戻っていたが、他の人達にはその後の人生があったのだ。
しかしルードルフには前回の記憶が有るようには見えない。
マティアスも、昨日までは普通の子供だった。
「あ~! 兄さんとディアだけでずるい」
ルードルフの明るい声が中庭に響いた。明るい金色の巻き毛を揺らしながら、屋敷から駆けて来る。
その子供らしい様子を、クラウディアとマティアスは眩しいものを見るように、目を細めて眺める。
「儂は、最期に『ディアの婚約さえ無ければ』と思っておった」
マティアスがクラウディアにだけ聞こえる声で言う。
「私は、王妃のお茶会で王太子に見初められなければ、と思っておりましたわ」
クラウディアがルードルフへ視線を向けたまま、静かに告げた。
やたらと青い服装の子供が多かった王妃のお茶会。
やはり気のせいではないようである。
記憶が有るのは本人か、親世代か。
どちらにしても面倒な事になりそうだとクラウディアは溜め息を吐き出した。
お茶会から約3ヶ月後の事である。
王太子の婚約者は、ノルドグレーン侯爵家の令嬢に決まったらしいと噂が流れた。
まだ公表されないのは、侯爵家側の希望らしい。
「らしい」ばかりで、どれも憶測の域を出ない、明言を避けるなんとも貴族らしい話である。
夕食の席で王太子の婚約の噂話に触れたのは、父イェスタフだった。
「誘拐されて殺されるかもしれないからな」
温厚なイェスタフにしては珍しく、険のある言い方で、妙にクラウディアの心に引っ掛かった。
丁度、前回のルードルフが亡くなった時期だったせいもある。
婚約者に決まった家は、前回誘拐事件の主犯として罪に問われた家とは違う。
確か同じ侯爵家でもヘルストランド侯爵家が犯人とされたはずである。
それを不思議に思ったクラウディアは、こっそりとマティアスの様子を盗み見た。
そこには、父親以上に険しい表情をしたマティアスがいた。
それが意味する事は……ヘルストランド侯爵家は冤罪で裁かれたという事だろう。
その黒幕がノルドグレーン侯爵家であり、前回の未来でマティアスに叩き潰された……らしい。
「今回は最初から婚約者になったのね」
ポツリと落ちたクラウディアの言葉は誰の耳にも届かなかったようで、そのまま夕食の時間は終わった。
「父上も母上も、おそらく記憶があるね」
クラウディアの部屋に訪ねて来たマティアスは、開口一番そのような台詞を口にした。
「マーチャもそう思う?」
ここ最近、クラウディアも母ヒルデガルドがルードルフを見つめる視線が変わった気がしていたのだ。
「もしかしたら、父上は僕より早いかもしれない」
マティアスの言葉に、クラウディアは目を見開いた。
「当時の僕はまだ子供だったから判らなかったけど、今思えば、あの時期はディアへ婚約の申込みが来ていた時期だった」
なるほど、とクラウディアも思い出す。
一時期、確かにイェスタフが妙に落ち着かない時期があった。
お茶会に参加していなかったイェスタフにしてみれば、また婚約を打診される心配があったのかもしれない。
そして前回のイェスタフは、「婚約を断れば良かった」と後悔したのだろう。
「どちらにしても、父上と母上が何も言わないのならば、儂……僕達もこのまま子供でいようね」
マティアスが子供らしく笑う。少し
「はい」
恥ずかしがり屋な女の子らしく、控えめな笑顔でクラウディアが応えた。
子供らしく。
クラウディアとマティアスは、それを強く意識して生活していた。
誰が味方で、誰が前回の記憶があり、何を目的としているのか判らないからだ。
クラウディアとしては王太子との婚約を回避できたので万々歳なのだが、それを良しとしない者がいるかもしれない。
とにかく王太子を避けるのを、優先事項にしていた。
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