第5話




 子供にも、当然社交が存在する。

 貴族が通う学園に入学する前に、人脈作りの為に子供達のお茶会が開催されるのだ。

 勿論、保護者として母親が付き添うのだが、お茶会会場では保護者と子供達は別のテーブルとなる。


 今回の主催はノルドグレーン侯爵家、王太子の婚約者になったと噂の家だった。

 招待されたのはルードルフとクラウディアで、マティアスは年齢が離れ過ぎているので招かれていない。


「しつこすぎるわ。何度断っても招待状を送ってくるし、挙句の果てに「そちらの都合に合わせます」っておかしいでしょう!?」

 ヒルデガルドは、ノルドグレーン侯爵家からの招待状を破り捨てた。

 行く気が無いので必要無いと判断したようである。



 それから1週間後。またノルドグレーン侯爵家から招待状が届いた。

 断りの返事をするにも内容を知らないと書けないので、ヒルデガルドは嫌々ながらも封を開けた。

 そして内容へと目を通した後に、手紙をテーブルへと投げつけた。

 封蝋がテーブルに当たり、硬い音を立てる。


「今回のお茶会には王太子殿下がいらっしゃいます……って、そんなの個人的に会いなさいよ! なぜアッペルマン公爵家を巻き込むのよ!」

 その余りの剣幕に、執事や侍女頭が飛んで来る。


「仕立屋を呼びなさい。」

 鬼気迫る表情で、ヒルデガルドは使用人へと指示を出す。

「色味は黒と赤にしましょう。ワタクシのドレスとディアのワンピース、ルーの服も全て黒と赤よ!」


 昼間に行われるお茶会では、明るい淡い色を選ぶのが暗黙の了解になっている。それをあえて破るという事、特に黒を使うのは、『本当は来たくありませんでした』と暗に訴えているという意味だ。


 他の家が侯爵家のお茶会でやれば大問題だが、そこは公爵家。こちらの方が爵位は上であるし、何度も断りを入れているのだから責められる事は無いだろう。



「お母様、怖いねぇ」

 扉の陰からこっそりと覗いていたルードルフが、横にいるクラウディアへと話し掛ける。勿論、見つからないように小声である。

「黒に赤か~。私に似合うかなぁ?」

 クラウディアが呑気に返事を返す。

「ディアは可愛いからなんでも似合うよ」

 天使の笑みで褒めてくるルードルフへ、「可愛いのは貴方よ」と言いそうになったクラウディアは、頑張って心の中へ押し留めた。


 赤いフリルシャツに黒いベストとショートパンツ。ソックスガーターベルトで赤い靴下を留め、靴は黒。そこにルードルフのふわふわの金髪に天使の面差しが加わるのである。

「なかなか良いかもしれない」

 クラウディアは一人でウンウンと頷いていた。


 もしも自分ならば、とクラウディアは考えを巡らせる。

 色味は赤より黒が多くなるだろう。簡素な意匠では喪服のようになってしまうので、フリルやレースを多用し赤い花飾りを付ける。


 前回のクラウディアは、初めてのお茶会で王太子に見初められたので、その後は昼は水色、夜は青色の服を着るように強制されていた。

 他の色を選ぶ楽しみを知らないのである。


 今まで着た事の無い色味に、少しだけワクワクしてきていた。




 どれだけ無理をさせたのか。

 採寸から仕上げまで、わずか5日で三人分の服が仕上がってきた。

 ルードルフは、クラウディアの想像通りの服で、予想よりフリルが多い程度である。

 クラウディアのワンピースは、基本が赤のフリフリワンピースなのだが、その上に黒いレースが被せられ、裾にはこれでもかと黒いレースが飾られている。

 腰部に赤い大きな花があり、同じような花が頭にも飾られた。


「可愛いけど、毒々しいね」

 試着したクラウディアを見たマティアスの感想である。

「堕天使と悪魔」

 試着したルードルフと並んだ自分を鏡で見たクラウディアは、思わず呟いていた。



 因みにヒルデガルドは、黒が主体で裏地が赤のアフタヌーンドレスである。コサージュやサッシュは赤が主で黒が差し色になっている。

 濃い金髪の巻き毛に青い瞳のヒルデガルドが着ると、とても華やかに見える。

「これはこれで有り」

 試着したヒルデガルドを見て満足そうに頷いたのは、イェスタフである。



「昼間に濃い色を着ないようになったのは、今の正妃になってからだそうだよ。他国ではそんな変な規則は無いよ」

 マティアスがこっそりとクラウディアの耳元で囁いた。


 ノルドグレーン侯爵家でのお茶会には、王太子と保護者の正妃が来る。


 正妃は、我が儘で自分勝手で自分が1番で、自分の容姿にしか興味がなく、とにかく金を使う事しか考えていない人だった。

 いや、自分によく似ている王太子の事も大好きだったな、と思い出す。


 正妃には常に嫌味を言われ、仕事を押し付けられた記憶しかない。

 王太子には、更に酷い事をされていた。


「会いたくないわぁ」

 クラウディアは遠い目をした。




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昼間は明るい淡い色というのは、勿論独自設定ですので!

クラウディアの服は、赤黒のゴスロリをイメージしてください(笑)

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