第36話
冬休みに入り、水月家はしばらく家から一歩も出ない生活へ。
その間の雪かきや買い物などは、近所の知り合いが好意でやってくれている。
とはいえご近所さんへの見返りも当然あり、キッチン周りを中心としたハウスクリーニングを水月家が無償で請け負うという契約が結ばれている。
そんな水月家に段ボールが届いた。差出人は王塚マヤ。
「なんだろなー」
部屋で鼻歌交じりに段ボールを開封すると、入っていたのは青色のツナギと、黒いマスク。しかも2セット入っている。
「え……もしかして送り先ネネと間違えてる? ちょっと聞いてみよ」
『荷物届いたけど、ほんとにわたし宛?』
『そだよ。言ってた着るホットカーペット』
『あ!』
『中に説明書あるからちゃんと読んで使ってね』
『めっちゃありがとう!!』
そうと分かればさっそく。
サイズは隙間に空気を入れて保温効果を持たせるために大きめで、アズサの父親でも着られるほど。
しかも相当な高温になるため、説明書にも『シャツの上から着るように』と指示がある。
「あー、こういう構造なんだ」
中を覗けば一目瞭然。生地が2重になっており、その間に電熱線代わりの魔力回路を這わせて全身どこでも暖かくなる仕様になっている。
しかもマスクも同様の構造になっているため、顔も暖かい。
「ってこれ、どう見てもオーダーメイドなんだけど……」
『お金払うよ』
『だいじょぶ。家のコネ使ったからタダ』
「家のコネって……ダメだ、ちゃんと聞かないと」
さすがに不安になり、マヤに電話。
「で、家のコネって?」
「うちが担当する催事の関係でコネがある」
「王塚家の担当する催事って……正月?」
「ううん、雪ミク電車」
「あえっ!? 市電の!!?」
「うん。あ、これオフレコ」
雪ミク電車とは、札幌市電(路面電車)が冬期間に行う、緑髪で長いツインテールが特徴のとあるキャラクターの全面ラッピング電車のこと。
そのキャラクターの出身地が札幌ということで、毎年電車1両を丸ごとミックミクに染め上げている。
ちなみに地元民からも歓迎されており、沿線のおばちゃんたちが「今年もかわいいねー」と話題に挙げるほどである。
「オフレコなのは当然だけど、そこからどう繋がってこうなるのか分からない……」
「そこから先はヒミツ。で、2セット入ってたでしょ?」
「うん、2セット」
「1セットはアズサのご両親にも使えると思ってサービスしておいた」
「……本当に大丈夫なんだよね?」
「うん。作った側にもちゃんと利益出るから安心していい」
「分かった。マヤを信用するよ」
マヤはこんな場所で嘘をつくような性格ではないので、アズサは杞憂な気持ちを仕舞う。
「使い方は前のカーペットと同じ。ツナギ着る時は熱いのもあるけど擦れて痛いから、中にジャージ着たほうがいいかも」
「了解。そうしてみる」
「うん。……呼ばれたから、じゃ」
「ありがと。じゃあね」
マヤとの電話を終えて数分後。
アズサはマヤのアドバイス通り学校のジャージの上にツナギを着て、赤色魔法陣を発動させる。
「えーめっちゃ暖かい! ……あ、確かに動くなら中に着たほうがよさそう」
見た目はファッションの欠片もないが、冬でも満足に生活ができるというだけでそんな欠点はどうでもよくなる。
そしてアズサはもう1着を両親へ。
「わたしの背中に手を入れてみて」
「じゃあ失礼して。あー、暖かい!」
両親がそれぞれ手を入れ、その暖かさに一瞬で虜に。
「マスクもあるから顔も暖かいよ。これで冬も出歩けるかも」
「ちょっといいじゃない! これなら母さん、冬でも買い物行けそう」
「毎年引け目を感じるって言ってるもんね」
「ご近所さんがみんな優しいから、余計にね」
正直なところ、ご近所さんが優しいのは見返りのほうがはるかに大きいからなのだが、それでも毎日のように手間を取らせてしまうため、申し訳なさが拭えないのだ。
「じゃあさっそく試してみよう」
「あ、待って。わたしにいい考えがある」
両親を一旦止めて、アズサはとある人物に連絡を取る。
それから10分ほどでその人物が到着。
「マヤの言ってたのってそういうことなんだ」
「そそ。んでまずはわたし自身で試したいから、ツバサにはいざって時の救出をお願いしたいってわけ」
「分かったよ。それじゃあ……近所のラッキーまで往復してみる?」
「うん」
ラッキーは札幌市を中心に展開しているローカルスーパーマーケット。
ちなみに道東方面にあるシティというスーパーマーケットも、ブランド名が違うだけの同一チェーン店である。
アズサはさすがにツナギのままでは格好がつかないので、普段着ている帽子とロングコートにマフラーを装着し出発。
アズサの家から目的地まではおよそ15分。往復30分の散歩である。
「さぶっ……」
「今日は最高気温マイナス5度くらいだから、この時期にしては寒いほうだね。アズサ、大丈夫そう?」
「うん。部分的に寒いけど、凍るって程じゃない」
「それじゃあ冬眠申請、撤回する?」
「それとこれとは話が別」
「ただ勉強したくないだけじゃん。結局あとで後悔する羽目になるんだよ?」
「分かってるけど……」
毎度のお小言をいただき、頬が膨れるアズサ。
道中、空き地に出来た雪捨て場の雪山で遊ぶ子供たちを発見したアズサが、足を止めた。
「言ったことないけど、わたしもさ、ああいうことやってみたかったんだよ。雪山で遊んだり、雪合戦したりさ」
「マンガでよく見る、幼少期を病院で過ごした病弱な人のセリフだ」
「そうなんだ。でもマジでそんな感じだもん」
「……だろうね」
その後ツバサが「そこで遊ぶと危ないよ」と声をかけてから散歩を再開。
実際、雪捨て場の雪山は場所によって固さがまちまちで、突然全身埋まったり、埋まった拍子に隠れていたツララが刺さったりと非常に危険なので、絶対に遊んではいけない。
そうしてのんびり20分かけてラッキーに到着。
「き……奇跡だ……」
あまりの感動に小刻みに震えてしまうアズサ。
決して寒さで震えているわけではない……はず。
「マヤには感謝しなくちゃね」
「言われれば靴の裏も舐めるよ!」
「やめなさい。それじゃあえーっと……どうせだから買い物していく?」
「だね。けど財布にあんま入ってない……」
「仕方がないなぁ。500円分だけね」
「小学校の遠足じゃん!」
そうして2人はお菓子を買い、また20分かけて帰り、飛び跳ねるほどの大喜びで両親とマヤに大成功だと報告をするのだった。
その日の夜。
アズサがリビングで家族とテレビの年末特番をのんびり眺めていると、スマホが鳴りネネからの
今回は普段の個人間でのやり取りではなく、ダンジョン攻略部のルームへ。
『正月どうする?』
『どうって?』
『マヤは予定あけた』
『ボクも三が日は平和だよ』
『どうって?』
『北海道神宮だよ』
『なにが?』
『おいマジかよ……』
本当に分かっていないアズサに、次々と部員たちから呆れるコメントがつく。
「……ねー母さん、正月に北海道神宮ってなんかある?」
「なんかって、初詣しかないでしょ」
「はつも……ああっ!!」
「うるさ……」
「あんたねぇ……」
仕舞いには家族にまで呆れられるアズサ。しかしそれが仕方のない部分もある。
なにせアズサは年末年始の行事というものに一切の縁がなかったのだ。それが今回はマヤの用意したツナギがあるので、冬でも出歩ける。
つまり――。
『行く!!』
『はい決まり』
『じゃあ明日、前に言ってたリフトをもらいにネネのところに寄るね』
『来る前に連絡なー』
『分かった』
こうしてアズサは、生まれて初めて正月に予定が入るのだった。
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