第31話
「最初のボスは……ケンタ!」
「クリスマスが今年もやってくるね」
「余裕あったら帰り買ってくか?」
「いいね。アズサは凍るけど」
「死ぬわけじゃないからお構いなくー」
ゆるい雰囲気でスタートした、対ケンタロス戦。
ケンタロスとミノタウロスはどちらも直線的な攻撃しかしてこない。その攻撃も前回で飽きるほど見たので、アズサたちは余裕を持って対処している。
「ネネに突進来るよー」
「避けたらアタシが一撃入れる!」
「おっけー」
アズサの読み通り突進が来て、それを軽く避けたネネがケンタロスの尻をホームランし、その巨体が5メートルほど宙に浮いて地面に落ち、撃破。
「よーし1匹目! マヤ、どんくらいで倒せてた?」
「約3分」
「まあまあだな。んじゃ次行くぞー」
そうしてテンポよく2種類のボスを倒し、5匹目。
最後はツバサの急降下キックが脳天直撃し撃破、中級ポーションもこれで5個目。
「うーん、いけ……る」
とはいうもののアズサの表情に笑顔はない。が、それはそれとして。
「よかった。それじゃあさっきの人たちに声を掛けたら第4階層だね」
「スフィンクスだろ。どんなんだろうな」
「空飛びそう」
「その時はボクに任せてもらうよ」
ボスエリアの外でのんびりしている先ほどの男性パーティーに声をかける。
「すみません、稼ぎが終わったので次どうぞ」
「もういいの? 結構早かったね」
「以前も稼ぎをしたことがあるので」
「そうだったんだ。。何か狙ってるものでもあるの? それともお小遣い稼ぎ?」
と、ここでマヤがアズサの袖を引っ張り耳打ち。
「……うん。すみません、それじゃわたしたち行きます」
「え、あ、ちょっと?」
ここで話を強引に切って、アズサたちは第4階層へ。
第4階層は前室とボス部屋、クリアのご褒美部屋のみ。
現在前室には誰もおらず、ボス部屋も空の様子。
「んでマヤ、なんかあったのか?」
「…………」
口を開かないマヤを、ネネは優しく抱擁。
ネネの腕には、マヤが小さく震える様子が伝わってきた。
「やっぱりな。どいつだ?」
「……ううん」
「お前がそれでいいなら、アタシらは何も言わないよ」
マヤは先ほどの3人組のうち1人に見覚えがあったのだ。
マヤはあえて隠しているが、お人形のように可愛らしい容姿を持ち、過去に何度もモデルやアイドルにスカウトされている。
だがそれが原因で男性恐怖症になっており、クラスメイトの男子たちにも恐怖心を持っている。
その要因となった人物は該当の1人だけではないが、しかしマヤが見間違えるはずがない。
と、アズサの顔色が変わり、しかし口調は変えずにこう部長命令を発令。
「今日はもう帰ろっか。うん、そうしよう。はい部長命令。んじゃお先ー」
「えっ、アズサ? って帰っちゃった」
「なんだあいつ。ってもアズサがいなきゃ意味ねーし、アタシらも従うか」
「そうだね。マヤ先に行って」
「……うん」
唐突なアズサの行動に渋々従い、ツバサの勧めで先にマヤが帰還。
次にツバサとネネだが、2人は一旦お互いの顔を見合わせる。
「で、どう思う?」
「アズサは間違いなく何かに気づいた。ボクたちの誰も気づいていない何かに。
でもいつも唐突すぎるんだよ! 振り回されるボクの身にもなってほしいよ、まったく!」
「あっはっはっ! マジでまったくだ!
あー……時間的に昼だしこの後ケンタに寄るだろ。そこで話聞いてみようぜ」
「うん。そうだね」
そしてツバサとネネも帰還。
2人がエントランスルームに戻ると、帰ったはずの森本先生がいた。
そしてアズサにくっついていたマヤが、ネネに鞍替え。
「あれ、もりもっちなんで?」
「近くで買い物してたんだよ。そうしたら水月から連絡が来て、丁度いいからこうやって合流した。
そっちはどうだった? 合流して何秒ってところでお前らも来たから何も聞いてないんだよ。ただ、王塚になにかあったってのは察してる」
「わたしたちお昼にケンタに寄ろうって話になってるから、そこでいい?」
「……仕方ない。言っておくが奢らないからな」
「はーい。それじゃわたし車の中で着替えるから、すぐ行こー」
「ちょっ……ツバサ、箱。アタシの金棒持ってて」
「分かった」
アズサはあえて違和感の大きな言動をして、森本先生も含めたみんなに有無を言わせない。
車内ではツバサとネネ、そしてマヤのお付きのシロとクロの手を借りて、どうにかアズサの着替えを成功させた。
森本先生が選んだのは環状通にあるお店。ちなみに札幌の環状通は正確には環状ではない。
5人は、特にアズサの配置が大変なので、一番奥の席へ。
「店で食べるなんて子供の時ぶりだな……。それで、何があった?」
森本先生が話を振り、マヤがぽつりと口を開く。
「見たことのある男がいた」
視線の落ちるマヤの頭を軽くポンポンと撫でる森本先生。
森本先生もマヤの男性恐怖症は知っているので、その一言だけで十分なのだ。
何より男の姿は録プロに捉えられているので、これ以上深く聞く必要がない。
「災難だったな。それで危険を感じて引き上げたわけか」
「そこから先はアズサの判断だよ」
ツバサに振られ、アズサもようやく口を開いた。
「それ聞いた時、あっちが気付いて追いかけてきたらって想定したんだ。そしたらあの場所って最悪なんだよ。
わたしたち以外に誰もいなくて目撃者はスフィンクスだけの袋小路。しかもあの人たちが無理やり入ってきたらスフィンクス2匹になっちゃうし、それでなくてもマヤの動揺がわたしたちにも伝染してたから、ダンジョンボスとの戦闘なんて危険すぎて部長として絶対に許可できない。
あと実は中級ポーションまだ微妙に足りなくて、そういう意味でもダンジョンボス戦には不安がある。
だからわたしたちの安全のためにも、なるべく早く人目に触れるべきだと思って、強引な手段で帰還した。
ついでに月曜日が休日だし、そっちでもいいかなって思ってね」
あくまでも全員のためであり、マヤだけのためではないと強調するアズサ。
「話は分かった。ところでその月曜日、お前らの予定は大丈夫なのか?」
「アタシは問題ない。解体屋は冬は除雪屋にジョブチェンジするんだけど、この時期はどっちも暇なんだよ」
「葬儀屋はいつでも忙しい。けど時間作れる。大丈夫」
「掃除屋は年末のほうが忙しいし、ついでにわたしには関係ない。問題は?」
「ボクだね。けど1日くらいなら大丈夫だよ」
竜崎運送に限らず運送業にとって12月は稼ぎ時であり、ツバサも毎日赤くはないツナギに着替え、トナカイでもソリでもなく自分の翼で四方八方飛び回る忙しい日々を送ることになる。
「で、問題は私だが、期末試験が近いおかげで正直言って忙しい」
「アズサのことなら、アタシが車出してもらうから心配ない。
さっきも言ったけどこの時期解体屋は暇でな、箱が手に入るまではアタシの武器を運ぶために車を出してもらえることになってる」
「なるほど、それに水月を同乗させると」
「わたしに意思はないのです」
ぼそりとそうつぶやいたアズサに、みんな笑ってしまう。
「まあまあ。それじゃあ次の予定も決まったわけだし、冷める前に食べちゃおう」
「だね」
わいわいと食事を再開するアズサたち。
だがそんな騒がしい中で――。
「…………うち、強くならなきゃ」
誰に聞かれることなく、決意を固めるマヤがいた。
ちなみにその日の夜。
『竜崎、王塚が言ってた男の画像こっちに回してくれ。念のため要注意人物として教職員間で共有する』
『試験前なのにお疲れ様です。画像送ります』
『こいつ前に私をナンパしてきたやつだ』
『もりもっちをナンパするなんて、マジの要注意人物だったのか』
『おいこら』
後日、このやり取りのおかげで例の男が悪質ナンパ師だと判明し、何人もの女子生徒が難を逃れることになるのだった。
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