冬とスライム
第28話
12月。
朝、カーテンを開いたアズサの目に飛び込んできたのは、すっかり真っ白になった町の光景。
「え、いきなり結構降った?」
スマホで天気予報を確認すると、札幌市の積雪が3センチと表示されている。
アズサの家は札幌でも山側で雪が多いので、実際の積雪は5センチほど。
「色々と終った……」
そんなアズサのスマホには、ツバサから配送の連絡も入っているのだった。
時間になればアズサはダルマのような厚着になり、空からツバサに運ばれる。
今年から導入したハーネスはアズサでも事前に服の中に装着できるので、おかげで安定感が増してツバサもアズサを安心して運べるようになった。
「とはいえ学校内でもそのままなのは……」
森本先生に呆れられつつも、アズサは不動。
「部室にある電気ストーブ持ってきていいんだったら話は別ですけど」
「つかもりもっち、オレらも寒いんだけど」
「校舎ボロクソで隙間風ひどいんですけどー!」
少しだけ語気の強いツバサの提案に、ほかのクラスメイトも次々に文句を垂れる。
アズサたちのいる1年生の校舎は、外観はリフォームしてあるが半世紀を超える築年数を誇る。
積雪と寒暖差による建物へのダメージが大きい北海道で、半世紀以上という高齢の木造建築がバリバリの現役で使われている例は少ない。
さらに暖房はあるが教室の前方にストーブが1機だけなので圧倒的に力不足で、前の席は暑く後ろの席は寒い。
そのため冬になると毎年のように1年生は寒い思いをしているのだ。
「寒いのは私も分かってるけど、今すぐにどうにかできる話じゃないからな。それこそ30年くらいはこのままだろう」
「目指せ築100年かよ……」
ありえなくない話なのが生徒にも分かる程度には、この西山口高校1年生校舎はボロなのだ。
「火属性の亜人に廊下に立っててもらうほうが暖かくなりそう」
「あ? オレに喧嘩売ってんのか?」
「そういう意味じゃねーから」
寒さゆえに気が立ちがちなクラスメイトたち。
一方アズサは不動。
そんな寒さの中の授業中、ツバサは信じられないものを目にして動揺した。
(ア、アズサが真面目に勉強してるっ!?)
中学生まで、第三形態になったアズサは授業中もほぼ動かず、休み時間にツバサが復習も兼ねた問題を出して勉強が出来ているか確認していた。
だが今のアズサはもっさり重装備はそのままに、手を動かしてノートに黒板を書き写しているのだ。
(ついに、ようやくボクの苦労が報われたー! やったー!)
「おい後ろ、動きがうるさいぞ!」
「あ、すみません」
喜びのあまり授業中なのに小躍りしてしまい、教師に指摘されクラスメイトに笑われるツバサ。
そして休み時間。
「ツバサ何してたん?」
「あー、ハハハ。アズサが真面目に勉強してることに嬉しくなっちゃって、つい」
「元不良よりも不真面目な部長」
「あくまでもこの時期特有だよ。……いや、いつも不真面目な気が……」
ツバサの脳裏に浮かぶ、様々なシチュエーションでの「勉強やだー!」。
「部長になって責任感出てきたってことじゃねーの? 例の動画提出したとき「部長として次回からは赤点を無くすよう頑張ります」って宣言してたし」
「その場しのぎかと思ってた」
「あはは、マヤにも言われてる。それで実際のところ、心を入れ替えたってことでいいのかな?」
アズサは不動。
ここでネネが強硬策を取り、アズサの机からノートを奪取。
「これで書かれてんのが可愛いクマさんの絵だったり……しねぇ!!」
「ちゃんと勉強してる。字めちゃくちゃ汚いけど」
「普段は……普段から結構きたねー字だな」
「ねとぬの区別がつかない字してる」
ネネとマヤに散々言われるもアズサは不動。
「書くだけでも頭に入る量は違うから、進歩したのは間違いないよ」
「そりゃそうだ。……っとチャイムだ。次は? 数学か」
「音速を超える点P」
「科学と数学は違うからね」
そうして授業が始まり、時間は飛んで放課後の部室。
ツバサがアズサを運んで、電気ストーブの正面の一番いい場所に配置。
「うーん……ここらへんかな。それでこれからの予定の話だけど」
「部長交代?」
「あはは、そういうつもりはないよ。けど毎年この通りだから、事前にボクが代理をしてもいいって許可もらってるんだ」
「だからアズサもやる気ないっつーか、動く気がないのか」
「それもあるけど、手袋脱がせて触ってみて」
ツバサの言う通り、アズサの手袋を脱がせて手の甲に触ってみるネネとマヤ。
「うわっ! つめたっ!」
「氷みたい」
「スライムは発熱能力が低くて、一度冷えた体は自力では温まらない。
だから防寒対策をガチガチにしてなるべく熱が逃げないようにしつつ、いざという時のために不凍液を体に入れて凍らないようにしてるんだよ」
「不凍液って、ホー○ックで売ってる車のウォッシャー液だっけ?」
「そうそう。あれがないと本当に凍るからね」
「マジで大変なんだな、冬のスライム……」
アズサの不動の理由を理解したネネとマヤ。なお脱がした手袋はシロとクロが元に戻した。
「話を戻すけど、今後の予定を発表します」
「アズサに聞いてんのか?」
「一応ね。まずアズサはこの通りだから、今年中には行けて1回。
中級ポーションが生成可能になったらそのままモエレ沼ダンジョンをクリアして、今年度の攻略活動は終了」
「通し攻略は?」
「やるとしても来年だね」
妥当な予定にネネとマヤも納得。
と、そこに森本先生が来た。
「出たな妖怪コーヒー飲みに来る女!」
「そのまんまだな! まあコーヒー飲みに来たのは正解だが。
ところでそろそろ冬休みだけど、水月がこれじゃあ予定が分からないよな?」
「大丈夫、事前にアズサと話してあります。12月中にあと1回潜ってモエレ沼ダンジョン攻略完了したら、もう来年まで活動ナシで」
「そうか、分かった。さすがに水月だけ置いてけぼりにはできないよな」
と、そこに校長先生も来た。
「お、いるね。カメラの件、許可するよ。森本先生このあと生徒と一緒に買いに行ってください。予算はこれで、領収書を忘れないように」
茶封筒を渡された森本先生が中身を確認し、「分かりました」と一言。
この報告を聞き3人でハイタッチをして、最後にアズサにもタッチ。
ツバサはアズサの面倒を見なければならないので、買い物へはネネとマヤが行くことに。
「それで王塚、目的地はどこだ?」
「札幌駅のビッ○カメラ」
「……だったら一旦自宅に寄らせてくれ」
「豪邸と噂の」
「はっはっはっ! どこから出た噂か知らないけど、普通にマンションの一室だぞ」
一方校舎内から3人を見送ったツバサはハーネスを繋いで空へ。
「寒さに強いボクでも寒いんだから、アズサは大変だよね」
そうつぶやき、はあっと白いため息をつく。
「授業中も思ったけど、アズサ変わったね。やっぱり目標が出来たからかな。
……ここだけの話、ちょっとだけ羨ましいと思った。ボクは自分から
せっかく自由になれる翼があるのに、これじゃ宝の持ち腐れだね」
ため息交じりに笑うツバサ。
しかしアズサに反応がないので「アズサ聞いてる?」とリアクションを求める。
が、やはりピクリとも動かず。
「アズサー? ……って凍ってる! やっば!」
スライムはコアが本体なので多少凍っても命に別状はないが、凍れば衝撃に弱くなるし回復にも時間がかかる。
ともかく、大急ぎで水月家へと飛ぶツバサ。
家に着いたアズサはストーブの前に置かれ、元に戻るまで2時間ほどかかった。
翌日、緊急でストーブに一番近い席をアズサに固定する席替えが行われた。
アズサはそれでも喋らないまま、黒板に『ご迷惑おかけします』と書いて頭を下げ、クラスメイト達の同情と笑いを誘うのだった。
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