第22話

 ようやく補習と追試が終わったこの日。毎度の部室でまったりモードの4人。

 特にアズサは電気ストーブのそばから離れようとしない。

 一方マヤは持参しているノートパソコンで通販サイトを物色中。


「んー……踏ん切りがつかない……」


 その一言に反応して覗きに来たのはツバサ。

 見ていたのは【ろくプロ】という、本体サイズ6×6×3センチの小型カメラ。

 このカメラを帽子に装着して撮影するつもりだったのだが、いざ値段を見ると手が止まってしまったのだ。


「言ってたカメラ? んー……げっ、10万円!?」

「そっちは上級モデルのフルキット。マウントとか防水カバーとか」

「あー。でも本体だけでもいい値段してるね。5万円か……」


 次に来たのはネネで、マヤに抱き付くように後ろから画面をのぞき込む。

 その一瞬マヤがびくりとしたのだが、ネネはそれには無反応。


「マジで高いな。さすがにアタシらの小遣い合わせても厳しいぞ」

「ボクも出せても1万円だし……かくなる上はバイトする?」

「バイト……アタシは厳しいな。この時期って解体屋も忙しいんだよ。雪降る前に片づけたいって話がドサッと来る」

「それを言われるとボクも冬囲いの資材とかの運搬が増えて厳しいね」

「寒暖差の影響で高齢者がポックリ逝くから葬儀屋も忙しい」


 3人揃って大きくため息をつく。

 一方アズサは電気ストーブから離れない。


「でもってアレは戦力外と」

「あれでもまだ第一形態なんだけどね」

「何回変身残してるの?」

「第三までかな。最後はボクが運ばないと学校に来るのも大変なんだよ」

「そんなに体力落ちるんか」

「体力ってよりも……いや、あれの苦労は実際に見ないと分からない」


 ネネとマヤは高校からの友達なので、アズサの冬仕様を知らない。

 ツバサからすれば、むしろまだ第一形態なことのほうがイレギュラーなのだが。


「つーかマジどうするよ、カメラ」

「もりもっちに頭下げる……わけにもいかないだろうし、他の安いのにする?」

「マヤは信頼性重視したい。ただでさえ荒い使い方するし」

「となると覚悟決めるしかねーか……」


 と、ちょうど話題の人物がコーヒーを飲みにやって来た。


「ここはカフェじゃねーぞ」

「顧問が生徒の顔見に来るのは当然だ。……アズサ、焦げるぞ」

「名物、ストーブに近づきすぎてヒゲが焦げた猫」

「あるある。あれかわいいよな」


 そんな他愛もない話をしていると、ふいにアズサが振り向いた。


「ねーもりもっち、学校の空撮したいからカメラ代学校で出してくれない?」

「空撮? なんで?」

「動画撮影と編集の練習。あと動画サイトにチャンネル持つんなら学校のアピールにもなるし、今のうちに慣れておけば卒業生並べて空撮も出来る」

「卒業生を空撮……あードローン替わりってことか」

「そんな感じ。値段は5万円くらいだから、業者呼ぶよりは安いはずだよ」

「5万か……とりあえず申請はしてみるけど、期待はするなよ」

「はーい」


 気怠い口調とは裏腹の狡猾なやり口に、目を丸くするネネとマヤ。

 一方ツバサは「また恐ろしい発想を……」と苦笑い。

 そんな3人を見てアズサの狙いを察し、笑ってしまう森本先生。


「ところで水月、次はいつ行く予定だ?」

「雪が降る前には行きたいから、今週か来週」

「じゃあその時、中の画像撮っておけ」

「え、だからカメラないって」

「今回はスマホで十分。が赤点まみれだったせいで、中で悪いことしてるんじゃないかって教頭が難癖付けてきたから、それを黙らせるのが目的だ」


 ゆっくり目線を逸らし、「ストーブあったかい」と現実逃避する誰かさん。


「まったく、1年で全教科赤点だったのお前だけだぞ」

「でも歴史はギリだったから!」

「ギリアウトだ」

「うっ……」

「追試一発合格だったからいいものの、今後もこの調子が続くんだったら考え物だからな」

「はい……」


 何も言えないアズサに対し、「本当になんでここに入れたのか疑問だよ」と追撃をするツバサ。

 事実、アズサはギリギリまで別の高校を受験するつもりだった。

 その高校ならば現在のアズサの学力でも赤点を免れる程度の点数は取れる。

 だが実際にアズサが受けたのはこの西山口高校。

 進学校ではなく、スポーツもそれほど強くはなく、学生服がオシャレというわけでもなく、家から一番近いわけでもなく、学力は札幌市の中間やや下で、10段階で言えば4段目。

 そんな良くも悪くも特徴のない高校に鞍替えした理由を、アズサは一度も口にしたことがない。


 そんな話をしていると、部室にクラスメイトの松本がやってきた。


「お、マジでここなんだ。ってかもりもっちもいるし」


 その森本先生はコーヒーを飲んでいるので手を挙げるだけ。

 代わりに応対したのは同じ中学出身のネネ。


「どした松本。殴ってほしい相手でも出来たか?」

「ばーか。あんたじゃないっての」


 気安い『ばか』に笑い合うネネと松本。

 今では別々の友人関係を築いている2人だが、これでも中学時代はお互い冗談を言える程度には仲が良かった。


「ネネさ、中3の時のクラスメイトに江口っていたっしょ? 覚えてる?」

「あー……あれか、女バス(女子バスケ部)でめっちゃ背のデカい奴」

「そそ。あれ今は古川高に行ってんだけど、そこであんたの悪口言いふらしてるのがいたって。赤髪の犬って言ってたかな」

「……火田あいつか」

「やっぱ心当たりあるんだ。あんた恨み買うの上手いんだから、気ぃつけなよ?」

「分かったよ。忠告あんがと」

「うん。ってことでそれだけだからあたし帰るね。もりもっちもバイバーイ」


 言うだけ言ってすぐ帰る松本。


「さて大賀よ。今の話、担任であり顧問として、聞き捨てならないぞ?」

「この前潜った時に顔見知りがいた。それだけだ」


 こともなげな表情のネネに、森本先生の視線は次にアズサへ。


「部長? 事と次第によっては、カメラの話は聞かなかったことにするぞ?」

「うわっ、人質取るなんて汚いおとなー!」

「言ってろ。それで、どうなんだ?」

「向こうがいきなり喧嘩を売ってきた。で、ネネに気づくと尻尾巻いて逃げた。

 ホントそれだけ。スライム嘘つかない。ぼーりょくはんたーい」


 しかしなおも疑う森本先生は、マヤの肩に手を回し持っているコーヒー入りのカップをマヤの口元へ。


「最後通告だ。さもなくばこの熱々のコーヒーを王塚に飲ませて舌を火傷させる」

「おたすけをー」


 仕方なしに付き合うマヤに、思わずみんな笑ってしまう。


「ボクからも証言するけど、本当にそれだけだったよ。

 あ、でも追加情報。相手の嘘をネネがバラして、呆れた相手パーティーが解散して、最後に『次会ったらタダじゃおかないぞー』的な負け惜しみを言ってた」

「……よし、ならば無罪」


 マヤから手を放す森本先生。だったが、マヤの惜しむ視線に気づきコーヒーカップを渡した。


「しかしだな、そういう時のトラブル防止のためにも帯同できる顧問が必要なんだ。

 私が人間だからという理由で顧問を辞退したかった理由が分かっただろ」

「ああ、分かったよ。つっても今回はあっちからだからな?」

「何度も言わなくても分かってる。

 それに大賀の不良時代の話も私は知ってるし、今はそうじゃないっていうのも分かってる」

「……だったらいいや」


 信用されなかったことに少々不満げだったネネだが、森本先生のこの言葉には、少しだけ嬉し恥ずかしなのだった。




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