レッドライン
第21話
11月に入り、学生たちはテスト期間に突入した。
アズサたちの通う札幌西山口高校は11月2週目が丸ごとテスト週間。
そのため午前授業で下校となるのだが――。
「部長が赤点はさすがに示しがつかないよ!」
「ワイバーンのプライドとして学年1桁は取りたいんだよね」
「とりあえずアズサよりは点取りたいから勉強に集中させてもらうぜ」
「学年20位以内で欲しいメイク道具買ってもらう」
各々思惑は異なるが、テストに集中するため部活はお休みである。
そうして時間は過ぎ、11月3週目の月曜日。
登校するため玄関から一歩出たアズサの視界に飛び込んできたのは、雲はないのに霞んだ空。
(来ちゃったかー……)
ため息すらせず口を真一文字に強く閉じるアズサ。
北海道では毎年必ず、初雪の数週間前になると
雪虫は背中に真っ白い雪のようなもの(正体はロウ)を背負う幻想的な姿が特徴の、アブラムシの一種。
だがその発生量は幻想的どころか凶悪かつ狂気的で、口で息をすれば何匹も食べることになるし、自転車やバイクに乗れば全身が雪虫の墓場に早変わりする。
虫嫌いには発狂必至なこの光景。だが道民の大半は冒頭のアズサのように「今年もこの季節か……」と光のない眼で諦めの言葉を呟くだけである。
一方、ある意味でこの”道民の大半”に該当しない人物もいる。
「お母さーん。ボクの覆面とゴーグルどこー?」
「玄関になかった?」
「なーい!」
「お父さん持って行っちゃったのかな?」
「あーもう最悪なんだけどッ!」
怒りに火をつけているのはツバサ。
何故そんな装備が必要なのかと言うと、飛行して登校しようとすると雪虫の濃度が一番濃いエリアを突っ切る必要があるから。
よってこの時期の有翼種族は完全防備か、諦めて地上を歩くかの二択なのだ。
「やばっ、急がないと遅刻だ。あーもうっ! 今日は歩いて行ってくる!」
「車に気をつけてねー」
「はーい!」
不幸中の幸いなのは、ツバサの家から高校までは公共交通機関を使わなくても済む距離なこと。
とはいえ家から学校までは歩きで45分。普段空を飛んで登校しているツバサにとっては、苦痛以外の何物でもない時間である。
そんなツバサがアズサに追いついたのは教室の入口。
「だと思った」
横顔をちらりと見ただけでそんな言葉が漏れるアズサ。
「……なにさ」
「なーんでもー」
ふくれっ面なのはツバサのほう。
なにせ幼馴染なので、このようなことは過去に何度もあったのだ。
そんなアズサ流こんな時のツバサの扱い方は、放っておくこと。
なのでネネとマヤが声を掛ける前に、アイコンタクトで2人を廊下に呼び出す。
「なんだ?」
「今日はツバサに触らないこと。機嫌悪いからね」
「……負のオーラ漏れてる?」
「あー言われてみりゃ。何かあったのか?」
ということでアズサが2人に説明。
「なるほどなー。小学校の時スプライトのクラスメイトがいたんだけど、そいつも雪虫飛んだらめっちゃ機嫌悪くなってたわ」
スプライトはフェアリー、ピクシー、シルフと時に同一視されたり、時に総称とされることのある妖精種族。
亜人となった妖精種族は有翼種族の中でも軽快に飛べるのが特徴だが、反面天気の影響を受けやすく、風が強まればすぐに飛べなくなるという欠点を持ち合わせる。
無風であっても安全のため飛行高度は地上から5メートル前後と低く、飛行を主軸にした仕事に従事する者は少ない。
そしてこの地上から5メートル前後というのが雪虫が大量発生する高度と噛み合ってしまい、この時期の妖精種族は、それはそれは大変なことになってしまうのだ。
「シロとクロも嫌がる」
「やっぱりそうなんだ」
そういうと当人たちが出てきてものすごく強く頷き、アズサたちは思わず笑ってしまった。
「っていうことで、雪虫が収まるまではなるべく触らない。これがツバサの扱い方」
「分かったよ。まーアタシらでもうんざりするもんな、この時期は」
「うん。毎年嫌になる」
と、そこに朝礼をしに森本先生が来た。
「ほら教室入れ」
「もりもっち。ツバサ機嫌悪いから」
「雪虫だろ。この時期有翼種族はみんなそうだからな」
理由を言う前なのにこの反応に、さすがは教師と感心する3人だった。
その日のお昼休み。
立て続けにクラス1位を取って機嫌が回復したツバサと、立て続けに赤点を取って絶望しているアズサの元に、上級生の亜人女子2人が急いだ様子でやって来た。
1人は背中に白い翼を持つ天使系亜人の筆頭、エンジェル。
もう1人はコウモリのような翼を持つ悪魔系亜人の筆頭、インプ。
「ポーション作れるスライムって君かな?」
「そうですけど……」
「悪いんだけどポーション分けてくれん? 上で怪我した奴がいんのよ」
「回復魔法じゃダメなんですか?」
「そいつ体質的に回復魔法ダメなんだよ。せっかくあたしが天使の施しをしてやろうってのによ~」
「まあまあ。っていうことだから、1回分でいいから分けてもらえる?」
「分かりました」
インプの女子がコップを差し出したので、ポーションを注ぐ。
「……はい。1回分だから治り切らないかもしれませんけど」
「いいのいいの。ありがとね」
「じゃあな! 部活頑張れよ後輩!」
嵐のように去る訪問者に、小さく「緊張した」と呟くアズサ。
一方これを静観していたネネは「アタシら実は結構名前売れてるんじゃね?」と浮足立っている。
そんなアズサたちの元にまたもや訪問者。今度はクラスの女子で、人間。
「ねーねー疑問なんだけどさ、ダンジョンの中ってwifi通じてるの?」
「えーっと、マヤヘルプ!」
「ダンジョン内は電波なし。そもそもダンジョンの中は異空間」
「あーだったらライブ配信は無理だね」
「またわたしの知らない単語が出てきた」
「はいはいボクが通訳するとだね、要するにインターネットの動画配信サイトで生放送するってこと」
「あー……ぉあ?」
首をかしげるアズサに思わず吹き出すツバサたち。そしてマヤがスマホで実際にそれを見せてみる。
マヤが選んだのは登録者数50万人を超える女性配信者で、よくメイク講座をしているため、マヤもチャンネルに登録している。
「今は雑談配信だけど、メイクのコツ教えたり、ゲームやったり読み聞かせしたり、色々やる」
「ふーん。……え、生放送なの? これ」
「うん。だからコメント欄に『学校で友達と見てる』って入れると……流れた」
アズサもマヤの入れたコメントが画面上に流れていくのを確認。
また丁度良く配信者にそのコメントが読まれ『いえーい友達みてるぅー?』と返してくれた。
「これをダンジョンの中から出来れば面白いって話かー。めっちゃ納得」
「そ。けどwifiないんじゃ無理だよね」
「……生放送は無理だけど、わたしたちの活動を動画で撮っておくってのはありかも。前もソラくんに見せる動画撮ったじゃん。あんな感じで」
「そうだね。ソラもあれ見て喜んでたし、アリだと思うよ」
「機材はまかせろーバリバリー」
「なんか分からないけど、うん。マヤに任せた」
そして放課後。
追試の合間にこのことを森本先生に話し、許可を得ようとするアズサ。
「攻略内容を動画に、ねぇ……」
「ダメ?」
「今時らしくて関心はするが、クリアすべき課題が山積だ。
動画編集は誰がやる? チャンネル管理は? 悪意あるコメントの処理は?
そういった部分がクリア出来てようやく、教頭や校長に話が通せるものなんだ。
一時の思い付きで言ってるんだったら、今のうちに諦めろ」
「厳しいお言葉……」
現実を突きつけられ萎む一同。
と、タイミングよく廊下から校長が顔を覗かせ、アズサを手招き。
ので、アズサを待っているツバサたちも加わり同様の話をしてみる。
「攻略内容を動画に、ねぇ……。
まず、動画サイトに投稿しない資料としての撮影ならば許可を出しましょう。
だけど投稿するとなると話は別。アイディアは買うけどね。
うーん……どちらにせよ、まずは動画を1本作ってもらおうかな。その出来次第で会議に上げるかどうかを考えます」
「分かりました」
道のりが厳しそうで大きなため息の出るアズサたち。
「ところで校長先生の用件は?」
「ああ、お昼休みに3年生がポーションを貰いに来たでしょ? そのお礼」
「……を、校長先生が?」
「うん。恥ずかしながら私が怪我人でして。えへへ」
恥ずかしそうに誤魔化し笑いの校長先生。
と同時に何故上級生が一直線に自分のところに来たのかの謎が解けるアズサと、名前が売れたわけじゃないと分かり落胆するネネ。
「怪我は大丈夫だったんですか? っていうか回復魔法ダメなんですか?」
「え、あ、う、うん。そ、そうなんだよー」
しかしアズサの踏み込んだ質問に、しどろもどろで目線がものすごい勢いで泳いだため、校長先生の嘘はすぐにバレた。
「……白状します。私にぶつかった生徒が跳ね返った弾みに怪我をしました」
「校長先生にぶつかった弾みに……?」
「跳ね返ったってもしかして、胸でって、こと……?」
ネネとマヤの質問に場の空気が凍り、丁度聞いていた他の生徒たちも含めた全員の、まさかという視線が校長先生に集中。
この連続攻撃に耐えられなくなった校長先生は、羞恥心で顔を真っ赤にして逃走したのだった。
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