第20話

「第3階層は農地……ってまんま畑じゃん!」

「それはそうでしょ」


 第3階層は、細い農道に仕切られたいくつもの畑が戦場。

 畑に作物は植えられていないが、しかしうねがある。

 うねは作物を植えるための柔らかい盛り土なので、足を取られやすく戦闘にはこれ以上なく不向きな環境である。

 だがそれは魔物にも言える話。


「えーっと出てくる魔物はスライムとゴブリンは変わらなくて、ノームにドリアードに、聞いたことのない魔物のワーニオン。

 小鬼童先輩、ワーニオンってナニモノなんですか?」

「ウォーキングオニオンとウォーオニオンの2つの説があるんだけど、それが短縮されてワーニオン。札幌の東側って昔は玉ネギの産地だったからね」

「「「「へえー」」」」


 現役女子高生たちに知識を披露出来て鼻高々の小鬼童先輩。


「そんな小ネタは置いといて、私がいる間に来られたのは幸運だよ

 いい? ここからは戦術が重要になる。自分の役割をしっかりと理解して、より効果的かつ安全な戦い方をしないと、ゴブリン相手にも苦戦することになるよ」

「分かりました。それで戦術って、具体的には?」

「例えば重要な戦術のひとつに、戦場を選ぶというものがある」


 小鬼童先輩は周囲を見渡して、ゴブリンと戦っているアズサと同年代の5人パーティーを指さす。


「あそこの若いパーティーを見てみ。うねに足を取られて中々有効な攻撃が出来てないでしょ」

「あー確かに今にもコケそうで危なっかしい。っていうか近いな! スタート地点周辺は安全じゃねーのかよ」

「後先考えず戦って引き寄せちゃったんだろうね。マナー的にアウトだから、君たちも気を付けるようにね」


 4人とも素直に「はーい」と返事。

 次に小鬼童先輩は、ノームと戦っている別の方向にいる3人組を指さす。


「話を戻すけど、次にあれ。

 あっちのいかにもベテランな人たちは、自分たちは農道に陣取って、うねに足を取られてる魔物を遠距離攻撃で一方的に攻撃出来てる」

「命中率も高い」

「うん、めっちゃ当てているね。魔物が全然近寄れていないからそれだけしっかり狙う余裕も生まれているんだ」

「まったくその通り。そしてどちらがより有利なのかは、言うまでもないよね。こういった【戦術】こそが、上級攻略者に必要不可欠な要素なんだよ」


 4人ともが頷く。

 と、ゴブリンに苦戦していた同年代パーティーのうち、赤髪の犬耳男子が「何見てんだよ!」と喧嘩腰でこちらにやって来た。

 アズサとツバサでマヤを隠し、喧嘩と言えばネネの出番である。


「ぁあん? 誰に喧嘩売ってんのか分かってんのか? 火田ひだコウさんよぉ?」

「なんでオレの名前……ああっ!! お、お前っ、大賀ネネ!?」


 真っ先に喧嘩を売ってきた赤髪の男は、ネネを認識するとすぐに顔色を変え尻尾が股の間に収納された。

 それを見て後ろの男子たちも困惑の表情。


「ネネ、知り合い?」

「知り合いっつーかなんつーか。

 中3の時、隣の中学に随分イキリ散らかしてる連中がいてな 10人くらいでアタシを囲んで喧嘩売って来たから、全員返り討ちにしたことがあるんだよ」

「すごくネネらしいエピソード。じゃあこの人がその時のリーダー的な?」

「いや、こいつだけ尻尾巻いて逃げた。しかもこいつ、目撃者がいなかったのをいいことに自分が大賀ネネを倒したって大ぼらを吹きやがったんだよ」

「うわ~」


 軽蔑の視線を男に送るアズサたち。


「だから次はアタシから乗り込んでやった」

「「「うわ~」」」


 一転してドン引きの視線をネネに送るアズサたち。


「いや、乗り込みはしたけど喧嘩はしてないからな。それにこいつの話誰一人信じてなかったし」

「人望ゼロ」

「だな。つーことで後ろの奴らも、こいつの話信じたらロクな目に遭わねーぞ」

「お前っ……」


 その後ろの男子たちは「だと思った」「やっぱり」「おかしかったもんな」と口を揃え、元々男に対する信用が薄かったことを示したあと、そのまま現地解散。

 残された男はネネに対し「次会ったらタダじゃおかねーぞ!」とテンプレートな負け犬の遠吠えを吐き、尻尾を巻いて逃げた。


「えーっと、何だったんだろね」

「事故だよ事故。ほっとけ」

「そう、こういうのは事故だと思うに限るよ。私もそうしてるし。

 ただこれ以上になった時は、エントランスルームの受付に言えば常駐してる警官が来てくれるから、覚えておくといいよ」

「分かりました。んじゃわたしたちは気持ちを切り替えて、魔物を全種類最低1体は倒したら帰ろう」

「「「はーい」」」


 ということでアズサたちは一旦農道に出て態勢を整え、魔物狩りを開始。

 第3階層はそれまでとは違い攻略者の数もそれほど多くはなく、それだけ魔物の数も多い。

 とはいえこの階層にいる魔物はどれも、十分近づくかこちらから手を出さなければ積極的に攻撃してくることはない。


「あそこにゴブリンいるね。誘って近くまで来てもらいたいから、マヤが弱い魔法で気を引いてみて」

「うん、おっけー」


 アズサの指示に従い、土を飛ばす魔法を当ててゴブリンを誘い出すマヤ。

 魔物のゴブリンは緑の肌をした体高1メートルほどの小鬼で、上位の種族は角を持つが、目の前の個体は角を持たず、攻撃も木の枝を振り回すだけ。

 ゴブリンはうねに何度も足を取られながらアズサたちに近づいてきて、ギャギャと奇声を上げて木の枝を振り回し始める。


「さっきはアズサがやってみたいことをやったから、次はボクがやってみたいことをやらせてもらうよ」


 そう言うとツバサは翼を広げてゴブリンの頭上を飛び越え、後ろに回って首を片手で掴み急上昇。そして良き高度で手を放し、ゴブリンは頭からうねの上に墜落し、埋まった。

 次にツバサは先ほど手に入れたショートソードを取り出し、斬るのではなくただ手を放して自由落下。埋まっているゴブリンにショートソードが突き刺さり撃破。


「うわーやっば……。同族意識なくてよかったわー……」

「ツバサって時々ああいう残虐なことやるんですよ」

「情操教育大丈夫なんか?」

「わたしたちだって本能が出ちゃう時あるじゃん? そんな感じでワイバーンの血が騒ぐらしいんだよね」

「だとしてもあれはエグい」


 マヤの感想に、小鬼童先輩も含めて頷く一同。

 一方そのエグい攻撃を行ったワイバーンは、ショートソードを引き抜き何事もなかったかのような表情で合流。


「君さ、もっと普通に倒せなかったの?」

「今回限りですよ。自由落下だけでゴブリンは倒せるのかなって思っただけなので」

「その発想がもうこわいんだよ……」

「あはは……」


 笑って誤魔化すが、周囲の攻略者にもしっかり目撃されており、ドン引きされるツバサだった。


 次に見つけた魔物はドリアード。

 ドリアードは樹木の精霊で、別名ドライアド。日本では同様の存在として木霊こだまや、沖縄のキジムナーも遠い親戚である。

 一方ダンジョンに出てくる魔物としては歩く苗木の姿をしており、ピンポン玉ほどの紫色の実を飛ばして攻撃してくるため、冗談交じりにプルーンの苗木だと言われている。


「どっち向いてるんだろう?」

「幹に団子みたいなコブがあるのが正面。今だと右向いてるね」

「燃やす?」

「うーん……だね。マヤお願い」

「おっけー」


 相変わらずの無詠唱でファイアボールを放ち、ドリアードは炭になった。

 と思ったらそのすぐ近くにワーニオンがポップ。


「な、なが○わくんがいる!」

「それはわたしでも分かる! なが○わくんだ!」

「きもかわ系ご当地ゆるキャラっぽいなが○わくんじゃないか!」

「ゆっくりなが○わくん!」


 突然の事態にテンション爆アゲの4人。

 ワーニオンを簡単に説明すると、マイコニドのタマネギ版。

 ビーズクッションのように大きなタマネギに、なぜかよく知ってる気がする顔がついており、うねよりも短い足が生えてのそのそ動き回る。

 攻撃方法は体当たりと目に染みるタマネギ汁の噴射だが、足が短いので動きが遅く、どちらも見てから避けられる。


「倒し方は、やっぱり火属性なのかな?」

「うん。放火」

「言い方ぁ!」


 マヤに思わずツッコミを入れるツバサ。


「ちなみにワーニオンは剣で真っ二つにすると面白いよ」

「……小鬼童先輩、何か企んでるよね」

「やだなー、催涙スプレー状態になるなんて言わないってー」


 それは言っているのと同じである。


「よしマヤ燃やせ」

「らじゃー。れっつ放火!」

「言い方ぁ!」


 再びツバサがツッコミを入れ、ワーニオンは焼きタマネギになった。

 その後、残りのスライムとノームも無傷で倒したアズサたち。

 ちなみにノームは緑の三角帽子をかぶった、小柄で髭のおっさん。

 童話白雪姫に出てくる7人の小人(あちらはドワーフ)とイメージが混ざっていると言われるが、真相はダンジョンのみぞ知る。


「よーし、本日の目標達成! ってことでマヤ、どう?」

「ちょっと疲れた……」

「おっけー。じゃあ帰ろうか」


 アズサ以外の3人が頷いたところで、小鬼童先輩も遅れて頷く。


「あ、そうだ。私来週から登別ダンジョンに潜るから、しばらく連絡取れなくなると思う。悪いね後輩」

「いえいえ。今日だけでもすごく助かりました」

「土産話期待しちゃいますよー」

「あはは。そう言われたら張り切って攻略しないとね」

「がんばれー!」

「君たちもだよっ」


 登別ダンジョンは星4で、全階層で熊の魔物が襲ってくる。

 そのため別名クマ牧場ダンジョン。

 そんなダンジョンに挑む小鬼童アコにとって、後輩からの応援は何よりものバフ魔法である。


 こうしてアズサたちは一気に第1第2階層をクリアし、第3階層でも戦えることを証明したのだった。




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