第19話

 モエレ沼ダンジョン第2階層。そのテーマは彫刻。

 モエレ沼公園の設計者が世界的彫刻家だからなのだが、その意図は少々誤った形でダンジョンに伝わっている。


「白い壁に赤いカーペット。完全に美術館だこれ」

「第2階層は彫刻がテーマとされているんだけど、階層の半分は屋内なんだよ。ちなみにボスエリアも屋内」


 アズサたちを出迎えたのは、鉄骨バットを振り回しても十分な幅の通路と、そこに並ぶよく分からない造形の石の彫刻たち。

 律儀に作品名や説明のプレートもあるのだが、肝心の文章が意味のない文字の羅列のため役割を果たしていない。

 また美術館には似つかわしくない大きな窓もあり、外は第1階層と似たような光景が広がっている。


「こういう並んでるのって壊したらヤバいんすか?」

「ううん、全然。試してみれば分かるよ」

「じゃあ、試しに」


 小鬼童先輩の言葉を信じて、フルスイングで彫刻の一つを粉砕するネネ。


「意外と脆いな。っておぉー! 修復されていく!」


 粉々になった彫刻の欠片が浮かび上がり、自動でくっ付き元の場所へ。


「こういう備品の他にも壁とか木とか、あと備え付けの松明なんかも自動で修復されるんだよ。だから魔物を殴るついでに彫刻を破壊しちゃっても大丈夫」

「……つまり魔物もダンジョンの備品ってことですか?」

「ん? んー……かもね」


 アズサの疑問は誰も答えが出せないものなので、小鬼童先輩は無難に回答。


「そうだ、君たちはここに出る魔物の種類は分かってる?」

「一応調べてきたけどモグルール見て確認します。えーっと、屋内はスライムとゴブリン、屋外は第1階層と同じ。ってことはゴブリンが増えただけですね」

「そ。私の同族が増えただけー」


 ツッコんでいいものか笑っていいものかという微妙な空気が流れ、急いで話題を変える小鬼童先輩。


「えーそれはそれとして、こういった狭い屋内エリアを私たちプロは【ブラインドエリア】って呼ぶんだけど、このブラインドエリアでは特に気をつけなければいけないことが三つあります。

 第一は不意打ちや挟み撃ち。狭いからね、後ろにも気を配っておかないと逃げ道を塞がれやすいんだよ。

 第二に曲がり角での出会い頭の衝突。不意打ちに繋がることもあるから、曲がり角ごとにしっかり警戒すること。

 そして第三に他のパーティーとの衝突。曲がり角から敵が出てきたから剣を振ったら別パが追ってて同士討ちって、たまにあるんだよ」

「聞いてるだけで納得できちゃう事故だ」

「だいじょぶ。シロとクロを派遣する」


 マヤの中に隠れていたシロとクロが顔を出して手を振り、協力をアピール。

 そんなシロとクロに「かわいい!」とテンションが上がる小鬼童先輩。

 ちなみにシロとクロはマヤのお供の死霊だが、彼女らは死霊王ワイトに付き従う死霊レイスという名の精霊の一種。

 なので魔物や亜人のレイスとは異なるし、またいわゆる霊的存在とも異なるので、怖がる必要は全くない。


 マッピングのために、まずは屋内を見て回る一行。

 展示されている彫刻は筆舌に尽くしがたい意味不明なものばかりなのだが、しかし通路1本に2~3人はそんな彫刻に目を奪われる人を見かける。

 そして人が多いということは、魔物が狩り尽されているということでもある。

 ボスエリアを除く屋内エリアを1周して、一行が倒した魔物の数はゼロ。


「この美術館、大盛況じゃね?」

「たぶん階層中の攻略者が屋内にいるからなんじゃないかな」

「そう、正解。第1階層はどこでも同じだから均等に分散してるんだけど、第2階層は屋外に行く価値が無いからみんな屋内で徘徊するんだよ」


 考察が当たって小さく喜ぶツバサ。


「だけどこれだとゴブリン戦も経験できないし……さっさとボス倒して次の階層に進んだほうがいいかも?」

「それは部長が決めることだな」

「ここぞとばかりに部長呼びじゃん。うーん、どうしようかな……」


 一旦足を止めて考えるアズサ。

 今日は第2階層の様子見だけで深追いする気はないのだが、これで帰るのはさすがに不完全燃焼が過ぎる。

 気になるのはマヤの体力だが、マヤはあくびをする余裕を見せてからアズサにアドバイス。


「アズサ、まず判断材料のボス確認」

「うん。えーっと……ゴーレムかガーゴイルのどっちかだって」

「見事にどっちも彫刻だな」

「相性は属性は水に弱くて種族は水に強い。ってどっちだよっ!」


 これに答えたのは小鬼童先輩ではなく、マヤ。


「相性は基本的に種族相性が優先される。理由は属性相性はフィールドの環境次第で克服可能だから」

「えーっと、つまり今回わたしの出番はナシってこと?」

「ナシってこと」


 やる気はあるのだが、状況が中々かみ合わず不満気なアズサ。

 一方それとは関係なしに第3階層の魔物を調べていたネネが、あることに気付く。


「この先ずっと水に弱い魔物は出てこねーな。植物が増えるからむしろ水あげたら元気になりそうだぜ」

「えーわたしマジで何もやることないじゃん。こうなったら除草剤飲むか……」

「さすがに危ないからやめなさい」

「ぶーぶー」


 ツバサの制止に、子供のように頬を膨らませるアズサ。

 と、そこで再びマヤが小さな疑問を口にした。


「解毒薬を反転させたのって、除草剤になる?」

「え、うーん……除草剤になるかは分からないけど、反転は出来るよ」

「解毒薬も反転出来るんだ」

「うん。前も言ったけど毒から回復薬を作るからね。けど今回も100リットルだから乱用は出来ない」

「マヤが疲れるかアズサのタンクが空になるかの競争」

「になっちゃうね」


 何故アズサが今回も100リットルなのかというと、女の子だからである。

 スライムは水の重量を軽くする能力を持つが、大量に水を持てばそれだけ重量もかさむし、多少横に膨らんだりもするのだ。


「アタシらとは別のベクトルで悩みの多い種族だな、スライムって」

「うん。ボクもそう思う」


 そんなアズサを一歩引いた視点で眺めるネネとツバサだった。


 アズサが方針を決めた。


「今日はとりあえずボスにチャレンジしてみる。で、ダメだったら後日。

 ボスを倒せたら第3階層の様子見をして、全種類の魔物と1回戦ったら帰ろう」

「「「はーい」」」

「方針は決まったね。それじゃあ私がボスまで案内してあげる。

 ボスエリアに通じる扉がちょっと分かりづらいというか、人の深層心理をうまく利用して隠してあるんだよ」

「そうなんですか。気になる」


 ということで小鬼童先輩に案内され、着いたのは『STUFFONLY』と書かれているドアの前。


「なーるほど。確かに普通だったら絶対に開けない扉だ」

「だけどこいつ誤字ってるぜ」

「え、誤字……どこに?」

「アズサ、さすがにそれはまずい」


 高校生にもなってこの誤字に気付けない。アズサの英語力は常にボーダーラインを見上げる位置にある。

 言うまでもないが、正解はSTAFFのAがUに誤字している。

 というちょっとしたネタを味わったところで、重い鉄の扉を開けて進む。


 扉の先は天井の高い大広間で、壁際にはずらりと胸像が並んでいる。

 その胸像の見据える視線の先には、明らかに異質な存在がいた。


「うん、これはゴーレム」

「でかい岩そのまんま積んだ感じだな。殴り甲斐がありそうだ」


 ゴーレムは体高2メートル半ほどで、足に2つ、腕に3つの石が連なり胴体の一番大きな岩に接続されている。

 そんな見た目なので防御力と攻撃力は高いが、明確なウィークポイントもある。


「ゴーレムの弱点と言えば?」

「「風!」」

「ゴーレムの欠点と言えば?」

「「遅い!」」

「おぉ~」


 ツバサのマイクパフォーマンス(?)に息ピッタリのコールを返すネネとマヤと、それを見て感心するアズサ。

 ゴーレムには石の他に銅や鉄、金にダイヤにクリスタルもいるのだが、石のゴーレムはその中でも一番遅く、一番脆い。

 その遅さはネネ1人でも容易に近づけるほどなため、ソロでもなければ攻撃を食らうことはまず無いと言える。


「さっきもだったけど、私は後ろで見てるだけだからね。頑張れ後輩」

「はいっ! それじゃみんな、行くよー!」

「「「おー!」」」


 各々構えるとゴーレムが動き出し、あるかも分からない口から咆哮し戦闘開始。

 まずはネネが一気に近づき正面から一撃し、いい音が響き胴体にヒビが入る。

 次にマヤが相変わらずの無詠唱で風魔法【ウインドエッジ】を使い、四肢を狙う。

 そしてツバサが背後に周り急降下キックで転ばせてしまえば、ゴーレムは起き上がることすら出来ずネネにいいように殴られる。

 最後はその大きな胴体が縦に真っ二つに割れ、戦闘終了。


「ふぅ、案外殴り甲斐があったぜ」

「ふぅ、案外魔法甲斐があったぜ」

「真似すんな」


 ネネのチョップがマヤに炸裂し、戦闘直後なのになんとも穏やかな笑いに包まれる一行。

 そして階層移動用の魔法陣が現れると同時に、その奥に見慣れない木箱が白い煙と共にポンと出現した。

 木箱はミカン箱サイズで金属製の鍵付き。


「おっ? あれが宝箱?」

「そうだよ。ダンジョンではフィールドに出現する宝箱の他に、階層主を倒した時にも宝箱が出る時があるんだ。

 大抵はフィールドよりもいい物が入ってるんだけど、罠は相変わらず仕掛けられているから注意して開けるようにね」

「分かりました。さーて、ようやくわたしの出番が来たぞー」


 ウキウキで宝箱に近づくアズサ。だが5メートルほど手前で足を止める。


「アズサ、どうしたの?」

「ちょっとやってみたいことがあるんだ」


 そう言うとアズサは地面に手を突き、そこから細く長く触手を伸ばし、宝箱の鍵穴にスルリと挿入。


「へー、スライムの触手ってそんなに伸びるんだ」

「アタシもアズサが触手伸ばしてるとこあんま見たことないから新鮮」


 マヤも頷く。しかしツバサだけは見慣れた光景なので反応なし。


「んで、開きそうか?」

「いま構造確認してるからもうちょい待って。……へー面白い。開けたら強酸性の粘液が噴射する仕組みになってる」

「げっ! アタシら殺す気満々じゃん!!」

「だねー。でもここをこうしちゃえば……よし、開錠」


 木箱からカチッと音がして、触手が内側からフタを開けた。

 アズサ以外はそれでも恐る恐る近づき、箱の中身を確認。

 入っていたのは刃渡り30センチほどの剣。


「いわゆるショートソードってやつかな。わたしとマヤは後ろだしネネはもう武器持ってるから、ツバサが持つ?」

「そうだね。とりあえずボクがもらっておくよ。ちなみに小鬼童先輩、これを売ったらどれくらいになりますか?」

「2000円行くかどうか。あんまり期待は出来ないよ」

「帰りにコンビニでお菓子買える」

「あはは! そうだね」


 マヤの目が輝き、思わずみんな笑ってしまう。

 こうして一行は次の第3階層へと進むのだった。




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