第18話

 今日は森本先生が忙しいので4人でモエレ沼ダンジョンに来ている。

 まずは先週もやった、エントランスルームでの順番待ち。

 その最中に部長アズサが今日の目標を発表。


「今日の目標はボスを倒して第2階層の様子見ね」

「アズサならそのままクリアって言いそうなのに」

「チッチッチッ。言ってやりなさいツバサさん」

「マヤを気遣ってるんだよ」

「あーそっちか」


 先週の一番の反省点はマヤの体力の無さを計算に入れていなかったこと。

 なので今日はマヤが疲れたら帰る。


「家で出来る筋トレしてみたけど、そもそもワイトは筋肉付きにくいらしい」

「種族的にだったらしゃーねーな」


 他にも体重が軽いので腹筋や腕立て伏せでは負荷が掛かりにくいなど様々な要因があり、ワイトは種族的に体力が低いのだ。


 そんな話が終わったところで、声を掛けられた。


「おっ、また会ったねー」

小鬼童おきどう先輩、偶然ですね」

「ねー♪」


 高校の先輩にあたる格闘スタイルのゴブリン、小鬼童おきどうアコとエントランスルームでばったり遭遇。


「んで今日そっちはどんな感じで進む?」

「肩慣らしした後第1階層のボスを倒して、第2階層は様子見で帰る予定です」

「そっかそっか。それじゃ今日は私がアドバイザーとしてついてあげるよ」

「え、いいんですか?」

「戦闘には参加しないけどね。あくまでもアドバイスするだけ」

「それでも十分ありがたいです。お願いします」

「はーい」


 決して、後輩可愛さに来るタイミングを狙って待っていたわけではない小鬼童先輩と、今日のダンジョン攻略を進めることになった。


 第1階層に到着。


「んじゃまずは肩慣らしだな。えーっと丁度良さそうなのは……」

「ここにいるよ」

「んぁ? どこだ?」

「目の前」

「んー??」

「私だよ」


 ツバサとマヤは「やっぱり」と口を揃え、アズサはそそくさと距離を取って傍観の構え。

 しかし小鬼童先輩の提示した肩慣らしはそういったものではなく。


「鬼ごっこ?」

「そう。4人は私から逃げる。私は君たちを捕まえる。当然その最中には魔物との戦闘も挟まるけど、まっ、私から逃げられるなら魔物からも逃げられるでしょ」

「あー悪いけどアタシら、1人は戦闘力皆無で1人は体力皆無、1人は空飛んで逃げられるんだけど」

「……じゃっ、開始~!」

「聞く気ないねこれ。ハイみんな逃げるよー」


 とはいえコンビは出来上がている4人なので、アズサはツバサに掴まり上空へ、ネネはマヤを背負って逃走。


「おや、もっとバラバラに動くかと思ってたのに。そんじゃ私は……アッチだな」


 アズサツバサ組ともネネマヤ組とも異なる方向に走り出す小鬼童先輩。

 一度離れることで警戒心を解き、回り込んで捕まえる算段なのだ。

 その様子を上空から確認したアズサは、「ツバサあっちに向かって」とさらに別方向に飛ぶよう指示を出し、ツバサは無言でその指示に従う。


(こういう時のアズサは怖いんだよなぁ)


 ツバサがそんなことを思っているとは知らないアズサは次々に指示を出していく。

 一方地上では、マヤが2人の不穏な動きに気付いた。


「上見て。ツバサが変な動きしてる。たぶんアズサの指示」

「あー……追っかけてみるか?」

「鬼ごっこの鬼ごっこ? そうかも」

「オーケー。マヤはパイセンが来ないか警戒な!」

「らじゃー!」


 アズサの狙いは分からないが、とりあえず追いかけてみることにした2人。

 それを上空から確認したアズサは「よしよし」と呟き次の指示を飛ばす。

 そうして5分ほど経ったころ。


「な、なんでー!?」


 声を上げているのは小鬼童先輩。

 倒したと思ったらすぐに魔物がやってきて、鬼ごっこどころではないのだ。


「おかしい。絶対におかしい。魔物を誘導してるとしか思えない!」


 正解。

 アズサはツバサに掴まり上空から魔物の位置を把握し、ネネとマヤに自分たちを追いかけさせることで魔物を誘導し、小鬼童先輩の元に送り込んでいたのだ。

 とはいえ小鬼童先輩はプロの攻略者。

 星1ダンジョン第1階層の魔物ならば一撃で倒せる実力があるため、殲滅から突破に作戦を変えてしまえば難なく魔物の群れから抜け出す。


「やってくれたな後輩! ……ん?」


 反撃に出ようとした小鬼童先輩だが、その前方にアズサとツバサが降りてきて、ネネとマヤも合流。


「どういうつもりだ後輩?」

「制限時間決められてないけど、5分経ったからもういいかなって」

「……君実はめっちゃドライな考え方してない?」

「スライムなのでウエットです」


 スライムジョークで誤魔化すアズサに、呆れて笑ってしまう小鬼童先輩。


「それじゃ集まった魔物はわたしたちがお掃除しよう」


 アズサの真の狙いはこれ。

 小鬼童先輩に魔物を仕向け、ある程度数が減ったら適当な理由をつけてゲームを終わらせ、残った魔物を狩ることで準備運動を済ませる。


「やっぱり怖かった」

「なんか言った?」

「なんでもー」


 幼馴染ならではの知識で裏があることを見抜いていたツバサも、この発想にはドン引きなのだった。


 それからさらに数分後。


「ハイっと。今ので最後だよ」

「ラストはツバサに持って行かれたか。だけど数じゃアタシのほうが多い」

「じゃあ次は手加減無しで無双してあげよう、なんてね」


 競うように獲物を狩っていた2人は余裕の表情で、一方後衛組のアズサとマヤは共同で2匹倒し、満足の表情。

 そして小鬼童先輩は「普通にこっちのほうが良かった」と苦笑い。

 こうして準備運動も済んだ4人と小鬼童先輩はボスエリアに直行。


「今日も先客はなし。さーて誰が出てくるかなー?」

「オーガならここに」

「それ前回もやった」


 そして前回と同じように優しくデコピンを食らい「あうっ」と声の出るマヤ。

 ボス出現時の演出は前回と同様。地面に黒い魔法陣が浮かび、魔法陣から漆黒の球体が出現しワームホールが形成されてボス登場。


「手羽先だからハーピー?」

「そうだけど手羽先って言わないであげて」


 今回出現したのはハーピー。

 人の四肢が鳥になっている魔物で、主に蹴りでの攻撃を行ってくる。

 亜人化後のハーピーは手足の形状を人型と鳥型で変化させる能力を持ち、そして記憶力が鳥頭ではなくなった。

 また魔法を使わない物理飛行なので手紙など軽い荷物の長距離運送に適性があり、郵便職員として世界中で重宝されている。

 ちなみにツバサの実家の竜崎運送にも2名、女性のハーピーがいる。


「空だったらツバサに全部任せちゃっていい?」

「うん。ワイバーンのプライドとして格の違いを見せつけるよ」

「「「おぉ~」」」


 いつになくやる気のツバサに盛り上がる一行。


「あと誰か動画撮影してもらえると助かるんだけど」

「じゃあマヤが撮っておく」

「うん、頼んだ」


 自前のスマホを構え録画ボタンを押すマヤ。

 そして宣言通りツバサ1人でハーピーの前に立ち、ハーピーが金切り声を上げ戦闘開始。

 早速空に上がるハーピーを追いツバサも空に上がるが、次の瞬間にはハーピーの足を掴み垂直急降下しそのまま地面に叩き付け、あとは一方的に攻撃を繰り出し何もさせず勝利。


「ワイバーンの本気つっよ!」

「戦闘時間、10秒くらいか……?」

「録画してって言ってた意味が分かった」

「こりゃ私もいいもんが見れたわ」


 唖然とする4人の元に、軽く埃を払いながら戻ってくるツバサ。


「大将級を除けば有翼種族で一番強いのがワイバーンだからね、これくらい出来なきゃ名折れだよ」

「にしても容赦なかったね」

「うん。実はソラがボクが戦っているところを見たいって言い出しちゃって」

「あはは、お姉ちゃんも大変だー」


 ツバサが直前でマヤに動画撮影を頼んだのはこれが理由。

 弟には甘いツバサなのだった。


 階層主を倒したため、ボスエリア内に魔法陣が出現。


「この魔法陣で飛んだ先が次の階層だよ。スタート地点は魔物が出ないようになってるから、安心して飛んでくれたまえ」

「「「「はーい」」」」


 こうして一度もポーションを飲むことなく、第2階層へと進むアズサたちだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る