第17話
金曜日。
「ねえ私も飲んでみたい!」
「私も!」
「……どうしてこうなった??」
休み時間、アズサの元に殺到する女子たち。
その理由は午前にあった歴史の授業の終わり際。森本先生が教室を出ていく時に、アズサにこう言ったのだ。
「水月、ポーション今のところ副作用ないぞ。あーただ肌のハリは出たかも」
「あはは。かもねー」
それは冗談で言った一言だった。
だがしかし、その言葉を聞き逃す女子高生などこの世にはいない。
結果、アズサ生成のポーションを求めて花が群がったのだ。
「いや、たぶんそういう効能はないよ?」
「飲んでみなくちゃわかんない!」
「大丈夫、私は冬でも素足だから!」
「それとこれと何の関係が……」
知らない地域の人には信じられない話だと思うが、北海道の都市部では、ファッションのために吹雪の中でも素足の女子高生が、わりといる。
さてそんな女子たちに困惑しきりのアズサの元に、ツバサが助太刀に来た。
「はいはいみんな落ち着いてー。まずは代表で……高橋さん飲んでみて」
「ご指名あざーっす!」
「ちなみに味はものすごいけど、美容のためなら一気で行けるよね?」
「えっ、あっ……い、行きますッ!」
ツバサが選んだのは、ノリのいいギャル、高橋。
高橋の水筒コップに適量のポーションを注ぐアズサ。
そのニオイを嗅いだ高橋は思わず「うっ」と声を漏らし仰け反り、あれだけ盛り上がっていた周囲が一瞬で沈黙。
アズサは慈悲のつもりで「嫌なら飲まなくていいよ?」と。
だがこれがギャルの反骨精神に火をつけ「ギャルなめんな! 行くぞー!」と一気飲みを促すことに。
そして――。
「……やべ、あたしぜんぜん好きめかも」
「「え……」」
予想外の反応にアズサたちも他の女子たちも一瞬固まる。
「ボクからしたら精神攻撃に等しい不味さなんだけど、もしかして本当に人間と亜人だったら味覚が違ったりするのかな?」
「だったら次私が実験台になる。水月さん一杯ちょうだい」
「知らないよ?」
次に手を挙げたのはガルムの犬山。
犬耳と尻尾を持つ犬系種族で最も数が多いのがガルムで、種族としての性格傾向は好奇心旺盛。
他に犬系種族はヘルハウンド、ケルベロス、フェンリルがいるのだが、そのどれもが好奇心旺盛で人懐っこいという特徴を持つ。
犬山も自分の水筒コップにポーションを入れてもらい、ニオイに高橋以上のリアクションをした後、鼻をつまみながら一気。
「……えっ、わっ、うわっ!? 水!」
「はいはい水入れるよー」
同じくアズサに水を入れてもらい一気飲みし、「うえぇ~」と舌を出してぶるぶる震え、全身で不味さをアピール。
「人間は飲めるくらいで、わたしたち亜人にはきついって感じ?」
「いや、たぶん好みの問題……」
「「そっちかぁ~」」
2人の実験結果から、青汁に抵抗が無い人は飲めて、ダメな人には厳しいという結論に至る一同。
その後は結局クラスの女子全員と、興味を持った男子数人が罰ゲームと称して飲みに来て、種族によらず3割ほどが抵抗なく飲めるという結果に。
「そうだ、解毒薬とエーテルもあるんだけど、誰か挑戦する?」
「えーっと、先に味だけ教えて」
「解毒薬は正露丸。エーテルはめちゃくちゃうっすーい青リンゴ味」
「あ、じゃあ解毒薬ちょっとほしい。4時間目の途中からお腹の調子悪くって」
「いいけど、解毒薬って魔物の毒にしか効果ないはずだよ?」
「気休めでいいから。おねがい」
「……分かった」
解毒薬を欲しがったのは、ネネが起こした伝説の学祭の映像をアズサたちに見せてくれた松本。
解毒薬のニオイをかいだ松本は「マジ正露丸」と一言、意を決して一気飲み。
「あーこの味! 間違いなく正露丸! うげー」
「やっぱりそうなるよね」
「なる。けどなんか効いてる気になってくる。胃の辺りがスーッとする感じ」
疑心暗鬼ながらも、自分が生成した時点で効果が変わっている可能性もあると考え、ノートに『解毒薬は腹痛にも効果ありかも?』とメモしておくアズサ。
「最後にエーテルだけど、飲んだマヤ曰く虚無の味だよ」
「うん。虚無」
「アタシも飲んでみたけど、マジで望遠鏡で覗いた先に小さく青リンゴがある感じ」
「それはそれで興味が出るんだけど。私飲んでみたい」
「え、人間はさすがにわたしが怖いからダメ」
魔力を持たない人間ならばエーテルを飲んでも何も起こらないとされているが、アズサを経由している以上慎重になるのは仕方のないことである。
「じゃあ私飲んでみたい」
「はいはい」
手を挙げたのはエルフの
エルフの最初の姿は現在とは大きく異なり、ロバの耳に牛の尾を持っていた。
しかしここ100年ほどで急激に姿を変え、ロバの耳は尖ったエルフ耳になり、牛の尾は消滅した。
この急激な変化は世間一般のエルフに対するイメージが大きく変化し固定され、かつエルフという種族が魔力の扱いに長けており身体を変化させやすい性質を持っていたからこそである。
「うーん、確かに遠くに青リンゴがいるような気がする。いろ○すがコップに1滴くらいのめっちゃ遠くだけど」
「魔力は回復してる感じある?」
「今日は魔法使ってないから分からないけど、頭がすっきりする気はするよ。あと普通の水よりもなんか飲みやすい」
「それは気のせいだと思う」
「かもね」
この結果に亜人女子みんなでエーテルで乾杯。
そしてみんなで「確かに飲みやすい気がする」と盛り上がるのだった。
その日の放課後、部室。
「もりもっちのせいで大変だったんだから!」
「ハッハッハッ! それはすまなかった。確かに私もそれを聞けば飛びついたよ」
「んでもりもっち、それから体に異変は?」
「ないね。元気になったとか傷の治りが早くなったとか、そういうのもない」
「マヤも変化なし」
この結果に、怒りも含めて特大のため息をつくアズサ。
「そうだ、泉先生に卒業生で薬学に進んだのがいるか聞いたんだけど、心当たりはないそうだ。
ただアズサの体質は希少だから、北大薬学部なら大手を振って協力してくれるだろうとさ」
「うーん……モルモットにされそうな……」
「さすがにそれは無いだろ。欲しいのはアズサ自身じゃなくて、アズサが生成する薬なんだから」
いまいち信用しきれないアズサだった。
ちなみにその後。
「ん? ……マジか」
「ネネどしたの?」
「松本から
「あーそれでお腹の調子悪いって言ってたんだ。それで、解消されたって?」
「ああ。さすがに便秘の解消効果はないだろうけど、それでもアズサに礼言っておいて、だとよ」
解毒薬にそんな作用があるとはアズサも信じられない。
が、ともかく松本のお腹がすっきりしたのだけは間違いないのだった。
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