第16話

 木曜日の放課後、部室にて。


「あっ、ようやく帰還の腕輪の設定が変えられるようになってる。

 帰還魔法の発動タイミングを……コア型。よし、これで行けるはず」

「なんでこんな時間かかったんだ?」

「店員が言ってたのは、腕輪とモグルールが紐付け出来るのが周知されてないのと、札幌でダンジョンに潜るスライムがわたしが初めてだかららしい」


 改めてだが、スライムは寒さに弱いため北海道には適さない。

 そのため全道でも50名程度しかおらず、札幌に限れば20名ほどしかいない。

 さらに近年の”スライム=弱い”という刷り込みから、ダンジョンに潜るスライム自体が少ないという理由もある。


「札幌でスライムってアタシも聞いたことなかったからな。もりもっちは?」

「知ってはいたけど、丸池清掃がスライム一家だって程度だよ」

丸池あっちのほうが大きいし人数もいるからね」


 札幌のスライムは水月家と丸池家に大別できる。

 水月家は西区と北区と手稲ていね区、丸池家はそれ以外という大まかなテリトリーで商売をしているが、少数種族ゆえにお互い助け合う関係にある。

 だからこそアズサは、跡継ぎのいない水月家は丸池家と統合すると思っていた。

 しかし両親が選択したのは、12歳も年の離れた兄を召還するというもの。


「ハァ……今から来年が憂鬱……」


 それを思い出してしまい、大きなため息をつくアズサ。

 そのタイミングで森本先生のスマホが鳴った。


「来年の話をする前にまずは今年の話だ。校長先生から指令が下ったぞ。

 1年生のうちにモエレ沼ダンジョンを攻略せよ、とのことだ」

「成果がないと部室がヤバいんだっけ」

「ああ。まずは目に見える成果を示して学校に評価をさせろと言うことだ。

 私としてはアズサがポーション作り放題ってだけでも十分な成果だと評価したいが、それはアズサへの評価であって部活動としての評価とは違うからな。

 とはいえ期限は1年生のうちだ。今から焦る必要はないだろう」


 第1階層攻略の目途は付いている。

 またモエレ沼ダンジョンは階層が進んでもそれほど難易度は変わらないということも調べがついている。

 そしてこの情報は日誌を通して森本先生および学校にも共有されている。


 話が終わると、唐突にツバサが森本先生の手を取った。


「やっぱり。スマホ取り出した時に血のニオイがしたと思ったら」

「よく分かるな。さっき紙で切ったんだよ」

「うわっ、痛いやつー!」

持ってきてる」


 マヤがカバンからサビオ(北海道弁での絆創膏)を取り出し、まずはアズサが傷口を包んで消毒。

 その様子を見ていたネネが、ふとこんな疑問を口にした。


「なあアズサ、今のって消毒液?」

「うん」

「……ポーションつけたらどうなるんだ?」

「あー。けどさすがに……」


 ポーションは人間が飲んだ場合でも効果があると言われているが、アズサが生成したポーションを、かつ飲むのではなく付けるとなると話は別。

 こういったことに関しては慎重派なアズサは首を振らない。


「私もさすがに人体実験の被検体になる勇気はないな」

「だよね」

「けど飲んでみたくはある」

「マジすか……」


 引くアズサと、残ったコーヒーを一気飲みしマグカップを差し出す森本先生。

 なおも渋い表情をするアズサは、使ってもいい資材ダンボールから白紙を取り出して「誓約書書いて」と森本先生へ。

 森本先生は「問題になんてしないっての」と笑いながら、誓約書に『私は自己責任でポーションを飲みました』と書き、署名してアズサへ。


「それじゃ……はい。後は知らないよ」

「意外と量少な目だな」

「試験管1本分。用法用量を守ってるんだから」

「はいはい分かったよ」


 そう言って、グイっと一口で行く森本先生。


「うわっ、行った」

「一口はさすがに……」

「人間こわっ」


 亜人にはドン引きされるが、森本先生はこともなげな表情。


「少し甘みのある青汁だな。飲めなくはない」

「……人間と亜人の味覚って違ったりすんの?」

「亜人は魔力を感じる味覚があるって話は聞いたことがあるけど、あれを一気飲み出来るのは話が違うと思う」

「もりもっち、あじおんち」

「そこ、韻を踏むんじゃない。あと私は味音痴じゃないぞ」


 森本先生の名誉のために言うが、森本先生は本当に味音痴ではない。

 そんな森本先生が唐突に「痒っ」と呟き、切り傷に目をやるといつの間にか傷口が塞がってる。


「即効性ヤバいな」

「体調におかしいところはない?」

「今のところは何も問題ないぞ」


 今後は分からないが、とりあえずホッと胸をなでおろす一同。


「しかしこれ、どれくらいの傷まで治るんだ?」

「ゲーム的に考えれば死亡か戦闘不能以外ならどうにかなるだろうけど……」

「わたしは賛成しないよ」

「実験しようって話じゃないから安心しろ。ただ、一度専門機関で調べてもらうべきだろうな。……コネなんて欠片も無いけど」


 視線を逸らす森本先生。


「コネと言えば、ダンジョンでここの卒業生に会ったんだけど、他に卒業生でそっち方面の人っていないの?」

「探せばいるかもしれないけど、私は分からないな。今度泉先生に聞いてみるよ」

「じゃあその卒業生のことは知ってる? ゴブリンの小鬼童アコ先輩」

「いや、知らない。同学年だったとしても別のクラスだったら分からんからな」


 それはそうだと頷くアズサたち。

 その時、上のほうから大きな物音が!

 急いで現場に向かった一同が見たのは、ドアが開いた状態の理科準備室と、倒れた棚と散乱した資料たち、その下に埋まる人の手。


「ヤバっ! お前ら手伝え!」

「ツバサとネネで棚持ち上げて! わたしが触手入れて浮かすからもりもっちが引っ張って、マヤは人呼んできて!」


 すぐさまアズサの指示が飛び、各々が指示に従い正しく行動。

 力の強い2人が棚を起こし、アズサが人と床の間に触手を入れて隙間を作り、森本先生が引っ張り男性を救出。


「えっ教頭じゃん!」

「うっ……」

「動かないでください。頭打ってるしどこか折れてるかもしれない」


 棚の下敷きになっていたのは教頭。

 何故なのかという疑問は浮かぶが、まずは無事を確認する。


「意識はあるし、見た目では頭が切れて血が出たくらい?」

「だね。後は病院で精密検査してもらえば」


 話の最中に教師数名と回復魔法の使える生徒がやってきて、魔法で応急処置。

 そして遠くから救急車のサイレンが近づいてきて、少しして担架を持った救急隊員が到着し、教頭は近くの病院へ。


 理科準備室の片付けは後程ということになり、アズサたちは部室へ。

 イスに座ると緊張が解けて、誰ともなく大きなため息をついた。


「……教頭の頭にポーション試せばよかった」

「やめとけ。ハゲ頭にそこだけ毛が生えたら困る」


 森本先生の冗談を頭の中で想像したアズサたちは、緊張が解けた反動も手伝いツボに入って大笑いするのだった。


 ちなみに。

 教頭が何故あそこにいたのかだが、理科準備室の戸棚の立て付けが悪くなっており、これを単独で確認中に足を滑らせ思わず棚に掴まり、棚ごと倒れて下敷きに。

 この時理科準備室に置いてあるソファが衝撃を吸収したため教頭に大きな怪我はなく、検査入院だけで済んだ、

 後日その棚は買い替えられ、倒れた棚は巡り巡って翌年にはダンジョン攻略部のものとなるのだった。




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