第13話
改めてマッピングを意識して歩き、ボスエリアと思われる場所まで来た4人。
周囲に人はおらず、そしてボスもいない。
「柵で囲んである土の広場って、あからさまだー」
「マップで見たらほぼ中央。飛んだ時もしかしたら視界の片隅に入ってたかも」
「つってもボスの姿がねーぞ? 先客がぶっ倒した後か?」
「中に入ると出てくるはず。モグルールにもそう書いてある」
マヤのスマホをみんなで覗き、その一文を確認。
「ちなみにボスの種族って書いてある?」
「モエレ沼ダンジョン第1階層ボス……オーガ・コボルト・ハーピーのいずれか」
「ボクたちだと当たりはコボルトかな」
「オーガならここにいる」
「うっせ」
ネネに優しいデコピンを食らい「あうっ」と声が漏れるマヤ。
これを合図に、柵の中へと入る一行。
「一応ボスだからね、みんな気を引き締めて」
「アズサこそ、むやみに前に出ないようにね」
「わかってまーす。……おっ?」
広場中央に黒い魔法陣が現れ、アズサたちはすぐに構える。
魔法陣がバリバリと音を立ててスパークすると漆黒の球体が現れて浮かび上がり、球体が円形のワームホールに変形。
そこから3メートルはある、緑色の肌をしたモヒカン頭の巨人が現れた。
「オーガ、だね」
「同族意識は?」
「ねーよ。つか根に持ってんじゃねーよ」
「バレたか」
スライムを見つけた際に言われたことを返すアズサ。
緊張感のないアズサとネネの会話が終わったところで、オーガも準備が終わったようで大きく咆哮し、戦闘開始。
「ボクがタゲ取る!」
「んでアタシが殴る役だな!」
ツバサは素早い動きで飛び、そのままオーガの顔をひと蹴りし、ターゲットを自分に向かせる。
これで容易に接近が可能になったので、ネネが素早く近づき「弁慶の泣き所アタック!」と評価に苦しむ一撃を食らわせ、オーガは痛みで思わず仰け反った。
「お、これでオーガは倒れ……ない?」
「ボスなんだからそんな楽なわけねーだろ。マヤも魔法攻撃!」
「はーい」
ネネに促されマヤも魔法攻撃を開始。
オーガには属性でも種族でも弱点と言える弱点は無いのだが、逆に言えばどれでもそれなりのダメージは入る。
そのためマヤは一つの属性に絞らず、試し撃ちのごとく様々な魔法で攻撃。
「おー、見事にわたしのやることが無いー。
ねーツバサ! わたしも水鉄砲試していい?」
「うん、いいよー……っとと」
掴みかかろうとしたオーガの腕の間を易々と抜けるツバサ。
一方アズサはと言うと。
「うーん、ここから顔まで水鉄砲届くかな?」
右手をポンプ式の水鉄砲の形にして、大きく息を吸い込むことで水圧を上げる。
元々高い水圧を維持して体を形成しているスライムなので、さらに水圧を上げればその威力は侮れないものになる。
「充填完了。水鉄砲いっくよー!」
アズサの水鉄砲から水が放たれた。
が、それは水鉄砲という名称には似つかわしくないほどの高水圧で、それを顔面に受けたオーガがよろめくほどの威力を発揮。
「わー、スライムの本気ヤバっ! っていうか持ってきた水ほとんど使っちゃった」
「アズサ避けて!」
「ほぇ?」
よろめいたオーガが体勢を戻そうと振った腕が、偶然にもアズサの頭部に直撃!
だがその瞬間、アズサは光となって消えた。
「ア、アズサ!?」
「帰還の腕輪が起動したっぽい」
「スライムだったらコアさえ大丈夫ならいいんじゃねーの!?」
「分からない。けど今は目の前の敵に集中! 手加減無しで行くよ!」
ツバサの号令で全員本気モードに。
間もなくオーガはボコボコにされて倒れた。
「で、どうする?」
「ボクたちも一旦戻ろう。帰還の腕輪を起動し――」
「おっ、一瞬だ。んじゃアタシらも」
「うん」
この時3人は小さなミスを犯していた。
ボス討伐後は、ボスエリアのどこかに次の階層に行ける(最終階層では帰還用)魔法陣が現れ、この魔法陣を使うことで階層クリアとみなされる。
だが3人は帰還の腕輪で帰ってしまったため、階層クリアとはみなされない。
とはいえ結局は4人が揃っていなければ意味がなく、この小さなミスが尾を引くことはなかった。
そして地上。
帰還用の部屋に転送された3人は、焦りの表情のままアズサを探す。
だがエントランスにはおらず、外へ。
「アズサ!」
「あ、おかえりー」
アズサはダンジョン入り口前にあるベンチでのんびり過ごしていた。
ようやくほっと胸をなでおろす3人に、背後から声がかけられた。
「お前らも無事だったか」
「うおっ! もりもっち!?」
「なんだ、半日しか経ってないのにそんなに驚かなくてもいいじゃないか」
「「「半日……」」」
「その様子だと、随分と濃密だったみたいだな」
実感が湧かず呆ける3人の、それぞれの頭を強めにグリグリと撫で「無事で結構」と笑う森本先生。
そしてビニール袋からペットボトルの飲み物を出して、4人に渡した。
「いやー、マジで焦ったんだから。アズサ本当に怪我はない?」
「うん。たぶん腕輪の誤作動だね」
「もう一回潜るか? ボスの居場所は分かってるんだから最速で行けるぜ?」
「それは顧問として許可できない。時間を見てみろ。それにお前らにも目に見えない疲労が溜まってる」
森本先生の指摘にスマホの時計を見れば、もう午後4時近い。
この時期の札幌は日が落ちるのも早く、西の空を見れば赤く染まり始めている。
「確かに。じゃあ今日はこれで解散にする?」
「うん。部長命令です。今日は大人しく帰りましょー」
「「「はーい」」」
「竜崎も疲れてるだろ。私が車で送っていくよ」
「お願いします」
行きはモエレ沼集合だったが、帰りは森本先生の車で帰ることに。
その先生の車はいかつい顔のワンボックスで、学校でも森本先生らしいと評判。
「これで軽だったらツバサは空からだったね」
「そのほうが早くはあるけどね」
「シートベルト閉めろよ。出発するぞー」
助手席にアズサ、2列目にネネとマヤ、3列目に翼があるため幅を取ってしまうツバサが座り、出発。
道中マヤはスマホで何やら調べもの。
「車ん中でスマホって、アタシ酔うんだけど」
「マヤは慣れてるから大丈夫。……あった。アズサ、これ」
「んー?」
後ろからスマホを渡され、その内容を読むアズサ。
「スライムに代表されるコア所有型の亜人は帰還の腕輪が誤作動をすることがある。
これは帰還の腕輪に施されている魔法術式が、体へのダメージを予測して発動する術式であるため。
そのためコア所有型亜人は帰還の腕輪の設定を変更しなければならないのだが、この設定がされていない場合に誤作動を起こす。
設定の変更は、紐付けがされていれば公式アプリ【モグルール】から行える」
「つまり今回はその変更がされてなかったから、ボクたちと同じ基準で腕輪が発動しちゃったってことだね」
「ったく、イージーミスかよ」
「そう文句言うなって。むしろ初日に気付けて良かっただろ」
「そうだけどよー」
文句を言うネネを、笑いながら諫める森本先生。
一方アズサはマヤにスマホを返し、早速自分のスマホでモグルールを起動させ設定の変更を探す。
「……あ、これかな。帰還の腕輪の設定変更。
えーっと……あ、ダメっぽい。腕輪の登録番号を入力してくださいって出る」
「国が管理してる番号かな? だったらお店に行かないと分からないね」
「もりもっち、ダンジョン専門店に寄ってもらえる?」
「分かった」
そして近くのダンジョン専門店に寄ったのだが。
「お役所仕事め……」
「紐付けは平日じゃないとダメと来たか。水月、どうする?」
「うーん……さっきもりもっちも言ってたけど、目に見えない疲れが溜まってるだろうからリベンジするにしても来週だね」
「んじゃ今週はのんびり休むとすっかぁー」
「休むのは当然だが、勉強も忘れずにな。来週は小テストがあるぞ」
「「「「げっ……」」」」
こうしてダンジョン攻略部の初ダンジョンは、なんとも言えない形で幕を閉じた。
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