第7話

 計画を決めてから数日後。

 校舎に囲まれた狭い中庭で、総当たりで練習試合と相成った。

 現在はネネとマヤの対戦中。


「おらよっ!」

「【マジックシールド】!」


 ネネは持参した鉄骨バットをオーガのパワーで振り、マヤは魔法の盾でそれを防ぎつつ、シロとクロを使って反撃。

 アズサたち以外に、校舎から他の生徒も覗き見しており「野球部に来ないかー?」と冗談か本気か分からない声もある。

 ちなみに【制御の指輪】でオーガのパワーを抑えれば、人間と肩を並べて野球をすることも可能。


 一方アズサとツバサは改めてダンジョンの性質について調べていた。


「ダンジョンって洞窟のイメージだったけど、全然違うんだね」

「うん。まずエントランスルームがあって、そこで行きたい階層を選べる。選べる階層は自分がクリアした階層の次まで。だから2階をクリアしてたら3階まで選べる。

 そして各階層はダンジョンがある場所に関係のあるテーマで彩られている。

 例えば石狩ダンジョンだったら森、工場、お墓、海の4つのテーマが階層ごとに振り分けられている」

「お墓ぁ~?」


 ツバサの顔を覗きこみ、ニヤリとするアズサ。

 対してツバサは呆れた顔をして話を続ける。


「それもあってモエレ沼ダンジョンは難易度が低いんだよ。なにせテーマが公園と彫刻と農地だからね」

「へー、だから『地元の主婦の散歩コース』なんてゆる~い解説があるんだ」

「そういうこと」


 逆に、人間には厳しい環境にあるダンジョンは難易度が高くなる傾向にある。

 そのため温泉街とはいえ山奥にある定山渓ダンジョンは難易度が高い。

 ただしこの条件に当てはまらないダンジョンも存在し、例えば新宿駅の地下に存在する新宿ダンジョンは、首都東京のど真ん中にもかかわらず難易度は最高の星5。

 他にも慣用句的にダンジョンと称される場所に後から本物のダンジョンが発生した場合は、大半が高難易度である。


「あとは……あ、これ。わたしには一番大切な話。

 ダンジョン内で手に入れた食材や薬は、地上に持ち出すとすぐに腐る」

「さっきの話ともつながるけど、ダンジョンは魔法で作られた異空間だからね」

「でも同じ薬をわたしが生成すれば、地上でも腐らない。ダンジョン産じゃないから」

「そういう意味でもアズサの特異体質は価値が高いんだよね」

「うん。本当にエリクサーを生成出来るようになったら、どれだけの人を助けられるか想像もつかない」


 アズサの覚悟に、ため息を飲み込み頷くツバサ。

 ツバサはそれでも本能に縛られずアズサの思うようにしてほしいという気持ちがあるのだ。


 ネネとマヤが練習試合を済ませてやって来た。

 勝敗は余力十分でネネの勝ち。

 種族としてはオーガよりもワイトのほうが強いと定義されているが、それは相性を考慮しない単純な強さが基準だから。

 実際には、オーガの攻撃範囲に入った時点で魔法特化のワイトに勝ち目はない。


「何話してたん?」

「ダンジョンの性質の復習。ネネが注文したアダ……なんとかってのもダンジョンの金属だから、地上とダンジョンでは性質が変わるんだよね?」

「アダマンタイトな。地上だとただの黒い鉄だけど、ダンジョン内だと世界一硬い金属になる」

「だからベース型でもいいんだ」

「そういうこと。オーガがネックを持ってボディでぶん殴ってもびくともしない硬さだぜ。しかも見た目はベースでもアズサくらいの重さがある」

「5キロ?」

「サバ読むにしても限度があるだろ!」


 アズサのボケとネネのツッコミでみんなの笑いを獲得。


「マヤは魔導書どんな感じ?」

「うん。ようやく慣れてきた」


 マヤの魔導書は文庫本サイズで、黒表紙に白線で魔法陣が描かれており、さらに開かないよう特殊な鎖で雁字搦めになっている。

 これは魔導書が開いて使う武器ではなく、あくまでも魔法を強化する媒体のため。

 杖との違いは威力と魔法の発動ラグ。

 魔導書は高威力な反面発動ラグが大きいため上級者向けなのだが、マヤは短縮詠唱や無詠唱魔法が使えるため欠点の発動ラグを考慮しなくて済むのだ。


「それじゃあ次で最後。ボクとネネ」

「飛ぶのは禁止な」

「分かってるよ」


 鉄骨バットを構えるネネと、軽い準備運動だけで構えすらしないツバサ。

 アズサが「はじめ!」と号令を出し、先制攻撃はネネ。力いっぱい鉄骨バットを振り下ろす……が、それを両手でキャッチし防ぐツバサ。


「ふっふーん。ワイバーンをナメてもらっちゃ困るなー」

「チッ、上位種族め……」


 亜人にも種族間でのいざこざはあるが、4人に関してはただの戯れである。

 が、ワイバーンが上位の存在なのは紛れもない事実であり、その後ネネは順調に敗北を喫した。


「なーアズサ! こいつズルいんだけど!」

「わたしからすればどっちもズルいからセーフ」

「う……別の意味で言い返せないんだよっ!」


 結局は素直に敗北を受け入れるしかないネネだった。


 部室に戻り、スマホで撮っていた練習試合を見返す4人。

 最初はアズサ対ネネ。結果から言えばネネが一撃でアズサを倒した。


「アズサの頭吹っ飛んだ」

「ガチで焦ったぜ! けどスライムはコアさえ無事なら平気なんだもんな」

「痛みっていうか、衝撃はあるけどね。水風船割った時みたいな」


 ネネもまだ鉄骨バットのサイズに慣れておらず、目測を誤った結果アズサの頭部をホームラン。

 思わず「やっちまった!」と焦るネネに対し、アズサはグッと親指を立てて無事をアピールしたのだが、これ以降ネネは魔物相手でも人型には頭部を狙わなくなった。


 次戦はツバサ対マヤ。


「ツバサが嫌いになりかけた」

「あはは! ごめんて」


 ネネの魔法攻撃を全て正面から受け、かつ片っ端から叩き潰し握り潰すツバサ。

 その姿はまさに、弱者の尊厳を破壊する強者そのもの。

 これはワイバーンが特に魔法防御力に秀でているためで、決してツバサが強者アピールをしたかったわけではない。


 3戦目はアズサ対ツバサの幼馴染対決。


「始まる前から白旗上げてる奴がいる」

「だって……「ねえ~」」


 目を合わせて声をシンクロさせる2人。

 映像では実際に、頭の上に器用に水で旗を作り振るアズサが映っており、その後はネネとマヤに促され仕方なく手合わせを始めるのだが、結果は言わずもがなである。


 4戦目はアズサ対マヤ。

 一転して果敢に攻めるアズサだが、マヤのマジックシールドを打ち破ることが出来ず、最後はマヤの仕掛けていた魔法の罠に引っかかり顔面から転び、決着。


「だからアズサに近接は無理だっつったろ」

「マヤ相手ならチャンスあるかもって思たんだけどなー」

「そう来ると読んでましたっ」


 ドヤ顔のマヤである。


 後は前出のネネ対マヤ、ツバサ対ネネなので省略。

 水月アズサ、0勝3敗。竜崎ツバサ、3勝0敗。

 大賀ネネ、2勝1敗。王塚マヤ、1勝2敗。

 これにて総当たりの練習試合は終わり。


「ツバサはともかく、他は相性かなーって感じ?」

「んだな。アズサもマヤもアタシを止められなかったのが敗因だけど、それ自体が相性が悪いからだ」

「アズサは経験不足もあるね。対マヤ戦ではネネの真似をして突っ込んだんだろうけど、その判断自体が経験不足から出た愚策なんだよ」

「実戦だったら死んでた」

「うっ、手厳しい……」


 ツバサの全勝は種族差だが、アズサの全敗は経験の差。

 というのもアズサの種族であるスライムが弱いと認識されているのは日本くらいのもので、そう認識されるようになったのはテレビゲームの影響だと言われる。

 実際、作品によってはスライムは即死トラップ扱いだったり、四天王の一角を担っていたりと、決して弱いわけではないのだ。


 帰り支度を始めたところで、ドアが開いて森本先生がやって来た。


「間に合ったな。練習試合おつかれ。水月の頭が吹っ飛んだときはマジで焦ったぞ」

「みんなに言われた。デュラハン田頭たがしらみたいだったって」

「あの芸人、私苦手なんだよなぁ……。

 それは置いといてだ。校長先生から注文が付いた」

「特訓指示?」

「いいや、ダンジョン攻略時の服装についてだよ」


 校長先生の注文はこうだ。

『ダンジョン攻略時、命は無事でも服は汚れるし破れる。なので各々専門店で攻略用の服装を見繕うように。

 もちろん本校の生徒として恥ずかしくない服装であること』


「制服とかジャージじゃダメなんだ」

「毎回制服を買い直すつもりなら構わないぞ」

「制服、1着5万円くらいかかる」

「「「げっ!」」」


 マヤの話に青ざめ、制服を大事に使おうと誓う3人。


「でもダンジョン用の服ってだけで高そうなんだけど」

「上下セットで1万円台だったはず。ネット注文も可能」


 スパルタ教育の賜物か、ダンジョンについての知識が豊富なマヤ。

 みんなでスマホ片手に調べてみると、確かに1万円台からダンジョン用の服が見つかった。

 さらにそのデザインも言葉の印象とは違い豊富で、4人揃って盛り上がる。


「うん、だったら今週末はみんなで買いに行こうか」

「「「さんせーい」」」


 こうして4人の予定がまたひとつ埋まったのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る