第5話

 翌日放課後。


「助けてー!!」

「待てやゴルァ!!」


 職員室にいる森本先生に保護者からの承諾書を提出しようとしていたら、廊下を全速力で逃げるラタトスクの男子と、それを猛然と追いかけるネネの姿が。


「あの男子、なにやったんだろ……」

「ラタトスクなんだから察しが付くよ。さてネネは置いといてボクらだけで承諾書を提出しちゃおう」

「うん、おっけー」


 ラタトスクとはリスの一種で、名前の元になった神話では世界樹ユグドラシルに住み、鷲のフレースヴェルグと蛇のニーズヘッグの会話の中継役をしている。

 だがラタトスクがその内容を針小棒大に誇張しまくるせいでフレースヴェルグとニーズヘッグが大喧嘩を始めるという、つまりは喧嘩の火付け役であり全ての元凶なのだ。

 そしてこの神話は現代の亜人にも影響を与え、亜人としても喧嘩に火をつけ自分はさっさと逃げるという中々に最低な性格で知られている。

 なおラタトスクの尻尾は亜人でもトップレベルにモフモフのふわふわなので、そういった方面では人気がある。

 ともかく、このようにダンジョン出現以前から知られている神話に影響を受けたと思われる魔物も少なくないため、現代のダンジョンは人間を学習した結果の産物だと言われているのだ。


 ネネはいないが、書類一式を提出した3人。

 それらの書類を確認したところで、森本先生はようやく安堵。


「よーし、これで私の苦労も報われるってものだ」

「苦労って?」


 答えを言わず、森本先生はキーフックからカギをひとつ取り「行くぞ」と一言。

 とはいえここまで来れば3人ともすぐに察した。


 移動中、ネネと合流。


「さっき何で追いかけてたの?」

「アタシが告ったのに答え言わずに逃げるんだぜ、そりゃー追いかけるに決まってるじゃんか」

「「「「あ~」」」」


 森本先生も一緒になって納得。

 これでネネは高校入学以来の連敗記録を7に更新。今後も記録を伸ばしていくと思われる。


 一行が到着したのは、音楽室や家庭科室などの特別教室が集まっている西棟の1階階段裏にある扉。

 開けてみるとそこは六畳ほどある資材倉庫で、ウキウキだった4人の表情は一瞬で萎み、ため息まで漏れる。


「マジ?」「ないわー」「寒っ」「よど~ん」

「お前らな、こんな季節外れに空いてる部室なんてないに決まってるだろ。

 それにここだって難癖付けてくる教頭を振り切って無理やり奪い取ったんだ。むしろ感謝してもらいたいくらいだぞ」

「「「「ありがとうございまーす」」」」

「変わり身の早い奴らめ」


 結束力の良さに思わず笑ってしまう森本先生。

 次にアズサが「さて」とみんなに号令を出した。


「それじゃあ最初の部活動は、ここを部室らしくすることだね。

 ツバサとネネでダンボールの整理をしてもらって、わたしとマヤはイスとテーブル持ってくるよ。

 よーし、やるぞー!」

「「「おー!」」」


 ツバサとネネは力のある亜人なので、人間ならば大人の男性でも重いダンボールでもお菓子の空き箱かのようにあっさりと持ち上げられる。

 さらに高所に積む場合も自在に飛べるツバサがいれば脚立いらず。

 一方アズサとマヤは森本先生の案内で、2往復合計で長テーブルを2つと森本先生も手伝いパイプイスを合計5脚運び込む。

 ちなみにマヤの従えるシロとクロも運搬時にはテーブルを下から支えてくれていたが、効果のほどは不明である。


「テーブルとイス、これで全部だよー」

「こっちも今終わったところ」


 ダンボールは種類別、サイズ別に分けられ、かつ重い箱から順に壁に積み上げられている。

 この様子に「さすがは本職」とアズサに褒められ素直に喜ぶツバサとネネは、それが皮肉だとは気づかない。

 部室の床面積は六畳ほどだが、ダンボールがあるので使えるのは縦長に五畳前後。

 壁の一面が完全に空いたので長テーブルはそちらの壁に並べて配置し、そこに4人並んで座れば、揃って満足の表情。


 次に森本先生からの確認作業が入った。


「まずテーブルの下にあるコンセントだけど、使って構わない。

 それから色々持ち込みたい物もあるだろうけど、そっちは申請出してからになる。

 一応聞いておくけど、今すぐに申請出したいのってあるか?」

「わたしは……電気ストーブほしい」

「許可!」


 即答!

 というのも、この日は10月初旬ながら強い寒気が入り込んで最高気温が1桁前半しかなく、かつこの部室は人通りも暖房もない資材倉庫なので、室温が屋外とほぼ変わらないのだ。


「だったらボクはポット。あったかいの飲みたい」

「私も欲しいから許可」

「おいおい私欲入ってるぞ。んじゃアタシは……武器って持ち込んでいいのか?」

「物にもよるけど、刃のあるものはダメ。あと気軽に持ち出せるのもダメだ。あくまでも部活で使う備品でなければいけない」

「そこらへんは分かってるよ。んで持ち込みたいのはオーガくらいしか持てない金棒なんだけど」

「……【RAILレール】でいいから私に写真送って。それで判断するよ」

「はいよ」


 RAILレールとはスマホの日本産グループチャットアプリ。名前の由来は『線路は続くよどこまでも』。


「マヤはノートPC持ち込みたい」

「たぶん許可出るけど、ネット回線は自腹で用意することになるぞ」

「モバイル回線持ってるから大丈夫」

「だったら問題ないけど……一応言っておくけど教頭が抜き打ちで見せろって言ってくるかもしれないからな」

「エロゲもエロ動画もしっかり隠しとく」

「そういう意味じゃないんだけど……」


 マヤはあくまでもマヤなのである。

 と、ドアがノックされ、開けると荷物を持った校長先生。


「おーもう部室っぽくなってる。それじゃあこれ渡しますね」


 渡されたのは黒表紙の出席簿、青い表紙の事務ファイルが3冊、枠があるだけの申請書が10枚、パイプ椅子が追加で4脚、そして――。


「【ダンジョン攻略部】のネームプレート。これがないと部室じゃないでしょ」

「さすが校長先生!」


 両手で丁寧に受け取るアズサ。

 そのプレートをさっそくドアにはめて、4人揃って満足顔。


「これがわたしたちの【ダンジョン攻略部】のスタートだね」

「ボクたちの希望は天高く舞い上がる。そして?」

「地面に潜る」

「ちょっとマヤ、それはそうだけどさ……」

「ハッハッハッ! この決まらなさがアタシらしいんじゃねーの。まっ、部室に違わない”お荷物”にだけはならねーように、だ」

「それ言ったらわたしが一番のお荷物になりそうだけど」

「ヒーラーの重要性!」

「アズサには絶対に分からんネタだぞそれ……」


 やいのやいのと楽しそうなダンジョン攻略部の面々に、それを微笑ましく見守る顧問たちだった。




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