第4話

「早すぎるだろ……」


 呆れた顔をしているのは担任の森本先生。

 なにせダンジョン攻略部のプレートを見つけた翌日には申請書なのだから。


「部員はいつもの4人か。それで顧問は……私かよっ!」

「ダメ?」

「ダメって言うか、私は人間だぞ。ダンジョンに同行できない以上、中で何か問題が起こった時に責任が取れない」

「わたしたちがまも……るのはさすがに無理か」

「つってもアタシらの知ってる教師連中で手の空いてんのはもりもっちだけだぜ?

 なぁ~名義貸しだけでいいからよぉ~?」

「余計にダメでしょうが」


 呆れる森本先生。

 とはいえアズサたちもさすがに事前の相談なく勝手に顧問にしようとするのは無理だと思っていたので、素直に諦める。


「どうしたの? この時期に部活の新設?」


 声を掛けてきたのは校長先生。

 豊満な胸と燃えるような赤い髪が特徴の女性なのだが、逆にそれ以外どこにも種族を特定できる部位が無く、かつ生徒にもかなりフレンドリーな態度なので、生徒間では【謎の美人校長】として通っている。

 校長先生は森本先生から申請書を受け取りしげしげと見つめた後、「いいんじゃない」と逆転の一言。

 これには森本先生はもとよりアズサたちも驚く。


「でも校長先生、私は人間だからダンジョンには……」

「わたしたちも無理なの分かってて言ってみたってだけだから、ねぇ?」


 ツバサもネネもマヤも頷く。


「それが分かっているならば大丈夫でしょ。はい、許可」

「「「「えぇ……」」」」


 4人に森本先生も一緒になって驚き呆れてしまう。


「あ、だけどその前に保護者の承諾を得ること。命の危険はないとは言っても怪我はするからね。

 それが確認できたら学校としても許可を出します」

「……もりもっちは、いい?」

「校長先生がこう仰られてるからね。人間なりに頑張るよ」

「うん、えーっと、なるべく心配かけないようにするね」

「頼んだ」


 ため息交じりながらアズサたちに笑顔を見せる森本先生。

 それを見てアズサたちにもようやく喜びの感情が湧いてきて、4人でハイタッチと相成った。


 浮足立って職員室を出ていくアズサたち。


「それじゃあ森本先生、後はよろしく……って、あ、あの。離して……」


 そそくさと去ろうとする校長先生だが、その腕をガッシリと掴み放さないまま左手で【とくべつこもん】と申請書に殴り書きをする森本先生。

 この判断が後にアズサたちの命を救うとは、この時は誰も知る由もなかった。




 その日の夜。

 水月家ではアズサと両親とで家族会議が開かれていた。

 アズサと両親との関係は中学時代には破滅的だったのだが、高校生になった現在はかせが解かたため【ちょっと悪い】程度まで修復されている。


「わたしの体質を最大限活用するんだったら、この手しかないと思ったんだよ。

 それにわたしももう高校生だよ。自分の歩む道は自分で決められる。

 ……何かご意見は?」


 威圧するように、少々語気の強いアズサ。

 一連の話に頷きつつもただ静かに聞いていた両親が、ようやく口を開いた。


「やっぱり魔物の本能には抗えないって思い知らされる。

 アズサが薬生成の特異体質だと気づいてから、父さんたちはその体質がどういうものなのかを色々調べたんだよ――」


 薬生成の特異体質者には、必ず2つの特徴が現れる。

 1つめは、綺麗好きになる。

 薬に不純物を混ぜたくないという心理が働くためだと言われている。また下記の特徴にも関係する。

 2つめは、より強力な薬を求める。

 強さを求めるという魔物の本能が、特異体質では強力な薬の入手という形で現れるためだ。


「まんまわたしじゃん!」

「だから父さんたちは家を継がせたいがために情報を遮断しようとしたんだよ。

 ネットにスマホが常識の時代じゃ、まったく無駄な努力だったけどね」

「それでなくてもわたしが綺麗好きになった時点で破綻してるよ」

「その通り過ぎて何も言い返せないな」


 苦笑してしまう両親。


「でも、だったら家はどうするの? 札幌でスライムの掃除屋ってうちと丸池だけでしょ。あっちと統合?」

「いや、ミルトが帰ってくることになった」

「……マジ?」

「マジ」


 ミルトという名を聞いた途端、スライム色に青ざめるアズサ。

 水月ミルト。アズサの兄で、年齢が12歳も離れている。

 高校から東京で一人暮らしをしているためアズサとの面識はほぼ無く、現在は亜人専門の弁護士をしている。

 アズサが逆立ちしても勝てない、正真正銘の【ザ・エリート】である。

 そのエリートの兄を、自分の特異体質わがままで呼び戻してしまったとなれば、何を言われてしまうのかと戦々恐々なのである。


 一方こちらは竜崎家。

 ツバサは母親の手伝いで晩御飯の料理中に、話を切り出していた。


「前は入り口だけで帰っちゃったけど、そうかツバサもついにワイバーンの力を誇示したくなったか!」

「話を聞いていたら久しぶりに体を動かしたくなってきちゃった。お母さんもたまには行こうかしら」

「オレもいくー!」

「ソラは中学生になったらね」

「えー!」


 両親に小学生の弟も、みんなやる気満々。

 おかげでツバサ当人が一番冷めているという状況になっている。


「それでお母さん、ワイバーンの戦い方ってどんな感じ?」

「武器を持つ人もいるけれど、お母さんは爪でザクッってやっていたわ。

 ツバサ、【制御の指輪】を外してこの缶のフタを軽くなぞってみて」


 ワイバーンのように強力な種族は、不用意に人を傷つけることが無いように【制御の○○】という魔道具の装着が義務付けられている。

 なお魔道具ではあるが、一般のアクセサリー店で普通に売っているし、人間や普通の亜人が着けても何の問題もない。


 指輪を外したツバサは、モモ缶のフタを力を入れずただなぞる。それだけで簡単に鉄が裂け、フタが開いてしまう。


「ねーちゃんすげー。オレもやるー!」

「ソラはダメッ!」


 その危険性を一瞬で理解し、手を出してきた弟を思わず強く叱ってしまうツバサ。

 弟は「ねーちゃんのバカー!」と、ソファに座る父親に泣き付いてしまった。

 だがそこは出来たお姉ちゃん。ツバサはダンボールで弟の頭をペチペチと優しく叩き気を引いてから、よく言い聞かせたうえで自ら監督しつつ、そのダンボールを切らせてあげるのだった。


 そして大賀家。


「マジか! よっしゃ、金棒特注すんぞ!」

「だったらデザインはネネの持ってるギターがいいんじゃない?」

「いいな、オレ賛成!」「俺も賛成だ!」

「……ギターじゃなくてベースな」


 こちらも両親に上と下の男兄弟がノリノリで、肝心のネネは静かにツッコミを入れるので精いっぱい。


「つーか金棒特注すんなら、出来るまで家のハンマー持って行っていいか?」

「それはちょっと困る。戦闘用と解体用って重心が違うから、お前の友達に迷惑掛かるかもしれねーのよ。

 あーあれだ、父さんが昔使ってた鉄骨バットがあるからそれ持って行け。あれは戦闘用だから練習に丁度いい」

「それは分かったけど、細かいこと気にし過ぎじゃね?」

「その細かいことが大事なんだよ。いいか、戦闘用ってのはだな――」


 語り始める父親に、踏んではいけないスイッチを踏んだと閉口するネネだった。


 最後に王塚家。


「あのマヤが、自分からダンジョンに……!?」

「これは夢? それとも幻聴? ああ、微笑むご先祖様たちが見えるわ……」

「親父もお袋も大袈裟すぎ」


 マヤは両親のスパルタ教育の結果ダンジョン嫌いになった。

 そのマヤが自分からダンジョンに行くと言い出したのだから、両親からすれば何が起こったのか訳が分からない。

 そんな両親を放っておいて、話を進めるマヤ。


「武器がいる。何かある?」

「ぶ、武器か。そうだね……ワイトは力が無くて魔法適性が高いから、自然と選択肢も魔法職のものになる。

 魔法職の武器と言えば杖か魔導書だけど、無詠唱魔法の扱えるマヤには魔導書のほうがいいだろう。

 ママ、あれ持ってきて」

「すぐに持ってくるわ!」


 足取り軽く、何故か家の外に出る母親。


「なんで外?」

「実は、もう用意してあるんだ。だけどがあったからマヤの目に触れないようにと思って、お店のほうに置いてあるんだよ。

 それだけパパたちも反省しているんだ」

「ふーん」


 もはや両親に対しては欠片も興味を抱かないマヤ。


「あ、それからもうひとつ報告があるんだけど、シキが戻ってくるよ」

「ふー……げっ!? 絶対ヤダッ!!」

「気持ちは分かるけど、お姉ちゃんを面と向かって嫌うのはやめて欲しいな……」

「無理! むーりー! こんな危険な家にいられるか! マヤはネネの家に住まわせてもらう!」

「マヤ、それはフラグだよ」


 王塚シキ。マヤの姉で、教師志望で現在は大学近くの寮に一人暮らし。

 だがマヤの反応からも分かる通り、とにかくとんでもなく癖の強い姉なのだ。


 とにもかくにも、各家庭で色々とあったが、校長先生の提示した『保護者の承諾』は4人全員、得ることが出来たのだった。




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