第2話

 翌日、登校中のこと。


「おーいアズサー」


 声は空からで、手を振ると翼を背負った女子高生が下りてきた。


「ツバサおはよー。今日も頼んじゃっていい?」

「おっけー、竜崎運送に任せなさい」


 彼女は竜崎りゅうざきツバサ。アズサと同じクラスで、種族はワイバーン。

 金色の瞳を持ち、明るい緑の長髪をポニーテールにしている長身美人。

 ワイバーンは飛行種族の中でも力持ちで、ツバサも人間ならば4人くらいは一気に運べる力を持つ。

 そのため竜崎家は小口の運送屋を営んでおり、ツバサ自身もよく手伝っている。

 ちなみにだが、アズサとは赤ん坊の頃からの幼馴染である。


 アズサを抱えて空に上がったツバサ。

 スライムであるアズサは寒さに弱いので、その飛行速度は駆け足程度。

 なおワイバーンは物理ではなく魔法で飛行するので、失速とは無縁である。


「ツバサってダンジョン行ったことあるっけ?」

「唐突だね。中1の夏休みに行ったことがあるよ」

「危険だった?」

「まあ、それは。けどボクはワイバーンだからね」

「さすが副将級」


 亜人は種族によっていくつかのクラスに分けられる。

 日本では剣道にならって、先鋒級、次鋒級、中堅級、副将級、大将級の5つ。

 先鋒級はスライムやゴブリン、次鋒級はオーガやハーピー、中堅級はミノタウロスやワイト、副将級はワイバーンやグリフォン、そして大将級はドラゴンといった感じである。


「もしかしてアズサも行きたくなった?」

「……誰にも言わない?」

「そう言うってことは何かあるんだ。うん、約束するよ」

「わたしが特異体質なの、ツバサも知ってるでしょ」

「薬を体内で生成できるってやつだよね。……あ、ダンジョン産の回復薬を狙ってるってこと?」

「うん。【エリクサー】欲しいなーって」


 エリクサーと聞いて、大きくため息ををついてしまうツバサ。

 この世界においてエリクサーは神薬と称されており、噂では死亡以外のあらゆる症状を治し、内臓の欠損も瞬く間に治るとさえ言われている。

 その効能と希少性から1本数千万円すると言われ、さらにここにダンジョン特有の制限が加わり、入手は金額以上に困難を極める。


「アズサ、ダンジョンの制限知ってる?」

「ナマモノは外に出した途端に腐るんだよね」

「正解。だからアズサがエリクサーを手に入れるためには、そこまで潜らないといけない。だけどエリクサーが手に入るのはダンジョンの奥の奥。

 悪いけど、アズサには無理だよ」

「だよねぇ~」


 諦め交じりのため息をつくアズサ。

 だがそこは15年連れ添った幼馴染。ツバサはアズサが何故そのようなことを言い出したのかを察し、いたずらそうに微笑みながら、こう切り出した。


「それで? 勝算があるから言い出したんでしょ?」

「勝算は……どうだろ。けど、昨日こんなことがあって――」


 昨日の出来事、ダンジョン攻略部のことをツバサに話す。


「部活としてダンジョンに、かぁ。なるほど、それだったらチャンスはあるね。

 ……ってもしかして、ボクを巻き込むつもりかい?」

「じゃなかったら言わないよー!」

「クッ……」


 一転して苦しい表情のツバサ。

 アズサは昨日のダンボール運びのように何かと巻き込まれる体質なのだが、ツバサはアズサ発の出来事に巻き込まれる。腐れ縁の一言では済まされないほどに。


「ツバサだって帰宅部で、おばさんに手伝いよりも部活しろって言われてるじゃん」

「……ハァ、ボク知ってるんだよなー、こうなったアズサは譲らないって」

「よしっ、これで1人目確保」

「1人目って……ネネとマヤも巻き込むつもり?」

「ざっつらいと。ダンジョン攻略って4人以上が基本らしくて、わたしの友達ってツバサの他はあの2人だけだから」

「寂しい一言だねぇ」

「うっさいわ!」


 アズサのツッコミが入り笑い合い、秋色に染まる山を見ながら学校を目指す2人だった。




 その日のお昼休み。

 お弁当を食べるためにアズサの席に集まる友人たち。


「は? 部活?」

「うん。ダンジョン攻略部。ネネもダンジョン行ったことあるって言ってたじゃん」


 アズサが声を掛けた2人目は、大賀おおがネネ。

 赤髪外はねウルフカットにギザ歯で、額に2本の角を持つオーガ。

 中学時代はそのパワーを持て余しまくり、他校にまで轟くほどのヤンチャ娘だったが、しかし高校に入ってからは自制が利いて本来の優しい性格が表に出ている。

 実家はパワー型のオーガらしく解体屋で、ネネもストレス発散も兼ねて身長ほどあるハンマーを振り回している。


「確かにダンジョンでけん……戦闘したことはあるけどよ、それと本格的な攻略とじゃ別物だぜ?」

「じゃあ他の人に声かける」

「ちょ、ちょっ! 早過ぎね? 諦めんの早過ぎね!?」


 早々に自分のペースに巻き込むアズサと、巻き込まれてため息が出るネネ。


「アタシも嫌ってわけじゃないからな。ただ経験者だって思われたくないって話。

 それになにより……アタシにはダンジョンに潜る理由が無い。目標が無い。

 目標が無い奴ってのは燃えないんだよ。んで、燃えない奴にダンジョン攻略なんざ務まらない」

「つまり部活に入るに足る理由を作れってことね。

 ……と言ってもネネとはまだ1か月くらいだからなぁ」


 アズサとネネが仲良くなったのはつい最近、それこそ夏休みが終わってから。

 ネネが夏休みの宿題を忘れ、丁度そこにいたアズサに助けを求めたが、そのアズサも宿題を忘れており……という流れで仲良くなった。


「ところでネネ、には気づいてる?」

「んぁ? ……ぉあっ!?」


 ツバサに指摘され背後を確認したネネの目に入ったのは、自身の腰に手を回した状態で引きずられている人物。


「またかよ。こいつ軽すぎて感覚ねーんだわ」

「よいしょっと。マヤ、ちゃんと自分の足で立ってね」

「えーだるー……」

「おいおい……」


 ツバサが立たせたのに再びネネに抱き付き垂れたのは、王塚おうつかマヤ。

 アズサが誘おうとしていた最後の友人で、種族はワイト。

 常に眠そうな目をしたメガネっで、ウエーブのかかったボリュームのあるくすんだ銀髪に、お共にまんまる可愛い死霊を2匹(シロ・クロ)従えている。

 そして身長138センチという小学生並みの小柄さと種族特性が合わさり、体重が30キロを下回っているため、ネネは引きずっていても気づかない。。

 実家は死霊王ワイトらしく、亜人専門の葬儀屋。だが当人はメイクアップアーティスト志望であり、家族も認めている。


「マヤはどうする?」

「ダンジョン……たぶんマヤが一番知ってる」

「そうなんだ」

「親父とお袋のスパルタ教育があったから。おかげで立派なダンジョン嫌いに育ちました」

「あらら、望みが断たれた」


 とは言うものの、アズサにはネネほどの焦りはない。

 何故ならばこの通り、ネネを仲間に引き入れてしまえばマヤも付いてくるから。


「さーて、どうやってネネを口説き落とそうかな……」

「ねーねーいいの見せたげる。これ伝説の学祭。ベース持って歌ってるのがネネね」

「あっ、松本てめぇ!」


 悩むアズサに、ネネと同じ中学だった女子がスマホを見せてきた。

 それは中学の文化祭の映像で、ネネはロックバンドを組んで体育館のステージ上でベースを弾きながら歌っている。

 これが中々な美声でさまになっており、聞き耳を立てているほかのクラスメイトにも好評。

 演奏が終わったところで女子が「ここから本番」と一言。

 ネネのMCでバンドメンバーの紹介が始まるが、しかしその順番が少々変わっており、最後にギターとなっていた。


『そして最後にこいつだ。教頭の孫にしてアタシと2-Cの白馬ユニと二股してるクズ野郎、山田一途いっと!』

「「「ええっ!?」」」


 アズサたち、映像の観衆、クラスメイトが一斉に声を上げて驚く。

 そして映像の中のネネは「これで仕舞いだ。じゃあなクズ野郎!」と啖呵を切り、マイクを二股男にぶん投げて高笑いを決めステージを降りた。


「これは伝説だわ……」


 誰からともなく、そんな感想が漏れる教室だった。




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