放課後ダンジョン攻略部~亜人たちのダンジョン攻略記~

塩谷歩

始動、ダンジョン攻略部

第1話

 亜人。

 その始まりは、十字軍の第一次遠征隊が帰還した西暦1100年ごろ。

 スイスはジュネーブ近郊の森の中に突如として大きな穴が開き、物語の中にしか存在しなかった魔物たちが溢れ出た。

 スライム、ゴブリン、オーガ、ユニコーン、そしてドラゴンまで。

 しかし人間は100年の歳月と多大な犠牲を払い、どうにかこれを沈めることに成功。その後穴は自然と塞がり、地上には穴からあふれた魔物たちが残された。

 取り残された魔物たちは生きるために人間に迎合し、徐々にその姿を人間に似せるよう進化し、身体能力を生かした様々な職業で活躍することとなる。


 約120年前、そんな亜人たちが岐路に立たされる事件が起こった。

 長い間閉じていた穴が再び開いたのだ。しかも世界中に、多数。

 人間は再び穴を塞ぐべく軍を派遣したが、しかし人間の作った現代兵器は何故か魔物たちには効かなかった。

 だが、亜人は違う。

 彼らの攻撃は現代の魔物を易々と打ち払い、亜人たちの活躍によってダンジョンは瞬く間に制圧されていった。


 そして現代。

 この120年の間にダンジョン研究は劇的に進み、今やダンジョンは亜人たちにとっての【戦闘特化型スポーツアミューズメント施設】へと変貌を遂げていた――。




「ハァ、重い……」


 廊下の窓から短い北海道の秋空を眺めため息をつき、2箱のダンボールを運ぶ女子高生。

 彼女の名前は水月みづきアズサ。高校1年生、種族はスライム。

 スライムとはいってもその姿は人間と大差なく、髪と瞳が水色で胸に翡翠ひすい色でハート形のコアを持つ程度。

 種族特性としては柔軟な体でどんなに狭い場所でも入れて、埃や汚れを食べてもお腹を壊すことがない。そのためスライムは大半が掃除屋に従事しており、水月家もその例に漏れない。


 アズサが到着したのは職員室。両手が塞がっていてもスライムなので関係なく、水の触手を伸ばしてドアを開けて中へ。


「しつれいしまーす。もりもっち持ってきたよー」

「……なんで水月が持ってきたんだ? 馬場と鹿野は?」

「走って転んで保健室行き。よいしょっと」

「名は体を表すんじゃないよ……」


 頭を抱える、もりもっちこと森本先生。

 森本先生はアズサのいる1-Cの担任教師。担当教科は歴史の、こんな言葉遣いだがれっきとした女性で、種族は人間。


 ダンボールを置いて腰を伸ばしたアズサが、2つのダンボールに挟まっている白い何かを発見。

 引き抜いてみるとそれはドアにはめるプレートで、【ダンジョン攻略部】と書いてある。


「なにこれ? こんな部活うちにあったっけ?」

「ダンジョン攻略部……? 私も知らないな。泉先生知ってますか?」


 声を掛けたのは森本先生の隣に座る、勤続30年のベテラン男性教師、泉。


「懐かしい物が残っていたものですね。10年くらい前に当時の校長が無理やり廃部にしたんですよ」

「無理やりに廃部ですか?」

「ええ。当時関西の高校でダンジョン部が絡む大規模ないじめ騒動がありましてね、影響を恐れた校長が本当に、無理やりでした。

 定年退職目前だったので保身に走ったんでしょうけど……ここだけの話、生徒だけでなく教師にも嫌われていた方でしたよ」


 学校の意外な闇を知ってしまい、複雑な心境のアズサと森本先生。


「でもそこから復活はしてないんだ」

「なんだ水月、興味あるのか?」

「……一応」


 返答に少々時間があったことで、ダンジョン自体には興味があるものの、部活動としては違うのだろうと推測する森本先生。

 そしてこの推測は当たりである。


「まあ、サッカー好きが全員サッカー部に入るかって言ったら違うからな。

 それにダンジョンとは言っても、お前らにとっては人間に気を使わなくて済む運動場みたいなものだし」

「あ、そうなんだ?」

「いやむしろ何で知らないんだよ?」

「わたし高校までスマホもマンガもゲームも禁止だったから」

「……慰めてやろうか?」

「あはは! いいよ、そういうのじゃないから」


 森本先生はまだ20代で、生徒からは年の離れた姉のように慕われている。

 先生もそれが分かっているので、このような会話にも乗ってくれるのだ。


「そうだな、教師としては、部活動としてダンジョンを学ぶ道もあるぞと言っておく。最終的にどうするかは水月次第だけどな」

「うーん……何も知らずに行ったら、やっぱり危ないのかな?」

「魔道具のおかげで死ぬことはないらしいけど、怪我はする。それにこういうのは仲間を集めて行くものだ。

 そういう意味でも部活動にするのは悪くない選択肢だと思うぞ」

「……うん、ちょっと考えてみる。それじゃ帰るね。しつれいしましたー」


 アズサを見送り、物言いたげにプレートを手に取る森本先生だった。


 その日の夜。

 アズサは自室でスマホを片手に、ダンジョンの情報を集めていた。


「ふむふむ。ダンジョンはその土地やそこに住む人の知識を元に作られている。だから人間の兵器は通じないけど、亜人の力は通用すると」


 あくまでも通説であり、そうだと決まったわけではない。

 だが事実、地上の地形や、そこにある町の特徴や特産がダンジョンに影響を与えているのは否定できない。


「それで【帰還の腕輪】があれば自由に帰ってこられるし、ピンチの時は勝手に発動してくれると。

 もりもっちが死なないって言ってたのはこれかぁ」


 帰還の腕輪はダンジョン内限定で発動する魔道具で、その場からの帰還、および命に関わる状況だと自動で判断し強制帰還させる効果を持つ。

 一見貴重なものに思えるが、現在では量産されているため、専門店で1個千円ほどで買える。

 逆に帰還の腕輪を持っていない者がダンジョンに入ることは法律で禁止されており、また犯罪に使われる可能性を考慮し、管理は国の下で厳重に行われている。


「ここの近くだと……石狩いしかりダンジョン、モエレ沼ダンジョン、定山渓じょうざんけいダンジョン。

 一番簡単なのはモエレ沼だけど、わたしの例の計画と照らし合わせると……選択肢は定山渓だけ。けど定山渓、難易度が星5なんだよなぁ」


 ダンジョンの攻略難易度は5段階+αで評価されている。

 難易度1は子供連れでも攻略可能、難易度5は大人でも1か月以上かかる。


「1か月以上をわたし一人はどう考えても無理だよねー」


 スマホを投げ出し、ベッドに大の字で寝転ぶアズサ。


「……こりゃー、選択肢はないねぇ~。ハァ」


 お年寄りのような口調でため息をつき、ある種の覚悟を決めるアズサだった。




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