悪役令嬢、移動カフェと魔法を楽しみながら裏切りそうで裏切らない執事と旅をします。

ひたかのみつ

第1話 悪役令嬢になりました!


 33歳になった夏のこと、私はゲームの世界に転生を果たした。

 7月末の超繁忙期、自宅の廊下で倒れこむように寝たはずが、目を覚ますと私は19歳の少女で、ふかふかのベッドの上で、仰向けになっていた。


「これは、まさか異世界転生…… ?! というか、この顔って私のやってた乙女ゲーム『アオマジ』の悪役令嬢:ヒナリア?! 」 

 自分の手を伸ばして、開いたり閉じたりしてみる。

 ずいぶんと着心地の良いフリルのついた黒色のワンピースを着ている。


 室内を見渡すと、キラキラ輝く上質そうな調度品が揃えられていて、私の他には人の気配はない。

 窓辺には白いテーブルがあり、その上に一冊の本が目についた。

 見たことのない文字だが、不思議とそこに書かれた意味は理解できた。 そして私は、その本に飛びついた。

 

「魔法だ! 」

 なんと幸運なことだろう。 私はこの異世界で、魔法に触れられる!

 もう仕事は無い、自由だ!

 私はこれから始まる、素晴らしい日々を想像し、心を躍らせた。

「でもヒナリアって確か、ゲームの序盤に出てくる悪役令嬢。 王子様と主人公を邪魔して、見方も少なくて、しかもラストには戦乱の中で死んじゃうキャラよね…… 」

 よし。 この運命、絶対に変えるわ!


 と、そのときコンコンと誰かが部屋の戸を叩いた。

「ヒナリア様、入ってもよろしいですか? 」

「この声は! まさか――  ええ、大丈夫ですよ。 どうぞ入って」

「失礼します」


 金色のドアノブがガチャリと回って、一人の男が入ってくる。

 黒髪、メガネ、高身長で能力値は作中でもトップクラス。 

 執事のロデア・ダロードだ。

 そして加えて、恐ろしいほどのイケメン。 なんだその大きな瞳は! 目を合わせるだけでドキドキしてしまう! こんな間近で生ロデアを見られる人生でよかった。 前世を頑張ってきてよかった……。


「王室からご招待されたパーティーの件で、案内の封書が届きました。 ヒナリア様も目を通しておいてください」

「そう、もう届いたのね、分かったわ」

 私は彼から、ゲームでも見た白い手紙を受け取る。 

 しかし――! 私はロデアの顔を横目でチラリとみて思い出す。

 ロデアは、ゲームの攻略対象の一人、どのルートに進んでも最終的には私を裏切り、主人公を助ける、最強の味方キャラ…… 

 つまり私:ヒナリアにとっては強敵!!!

 

「ぐぬぬ…… 」

 私は手紙を開きながら、思案する。

 できれば彼とは関わらず、穏便に暮らしたい。 最推しでもないし、今日見れたからもう満足だ。

 たしかゲームでこの手紙が届くのはパーティーの1か月前。

 王子か…… いっそ他の国を目指して、旅にでも出ようかな。 ゆっくりと、魔法を使いながら異世界をめぐる旅。 辿り着いた先々で送る平穏な生活。

 焦らなくても、今の時期なら、このゲームのシナリオにも介入の余地はあるはず。


「明日のパーティーについて、事前にお話しがあったように、充分な準備をなさるようにと、若干の時間変更の再確認のようですね」

「ふ~ん、明日ね。 ――って明日?! 」

「はい、昨日もお話をされていたはずですが…… 何かありましたか? 」

「いいえロデア、なんでもないわ。 も、もうすぐなんだと嬉しく思っただけよ…… 」

「ヒナリア様も、そこまで楽しみにされていたんですね。 では今後もよりいっそう、ダンスや魔法の勉強にも身が入りそうですね」


そのあと、簡単なスケジュールを話して、ロデアは部屋を後にした。


「まずいわ、あとたった1日?! のんびりやっていてはシナリオに飲まれてしまう」

 私は決断する。

「いますぐ旅に出よう。 明日、主人公にも王子にも出会う必要はないわ! それと、どうせなら前世の夢だった移動式のカフェと雑貨店もやりたいわね…… そうだ、アイテム回収と魔法力強化の計画を…… 」

 

 紙にペンを走らせる。

 主人公視点なら、このゲームはやりこんでいる。

 ファンしか気づかない人とのつながり、設定資料集でみた未実装イベント。 すべて完璧だわ。 問題は、すぐに得られる力だけで、あの執事:ロデアから逃げ切れるのか……


 「まぁ、なんとかなるでしょ! 」

 

 こうして私のヒナリアとしての第二の人生が幕を開けた。

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悪役令嬢、移動カフェと魔法を楽しみながら裏切りそうで裏切らない執事と旅をします。 ひたかのみつ @hitakanomitsu

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