第18話
翌日の昼休み。俺は用務員室を訪れて、ハナコさんに途中経過を報告した。
「順調に距離を詰めているようだな。……それで、この後はどうする予定だ?」
「今日の放課後、和花さんと一緒に街へ出る予定です」
「デートか。相変わらず手が早いな」
「相変わらず?」
首を傾げる俺に、ハナコさんは渋い顔をした。
「失言だ。忘れてくれ」
「……? はぁ」
「そろそろ予鈴が鳴るな。お前たちは教室に戻れ」
ハナコさんにそう言われ、俺と凛音は用務員室を出てそれぞれ教室に戻った。
――なんか様子が変だな。
ハナコさんも、凛音も。二人の俺に対する視線に違和感を覚える。漠然とした感覚でしかないが、二人は俺を見ているようで、実はその先にある他の何かを見ているような気がした。話している時も、目を見られているというより、こちらの挙動を観察されているような感覚がある。数日前までは全くそんな気がしなかったのに。
「……当然と言えば、当然か」
凄腕の神職であるらしいハナコさんですら、俺の力は全容が知れないと言っていた。天照大御神に哀れまれた人間という体質は、それだけ特殊なものらしい。
今回の作戦は、そんな特殊な人間を祟りに近づけることで、事態の好転を図るといったものだ。つまり和花さんの祟りを解消できるかどうかは、俺の動向に委ねられている。
二人が注意深く俺を観察するのは、当然のことだ。
「おうおう、最近昼休みになると必ず何処かへ行ってしまう悠弥じゃねぇか」
席に着いて授業の始まりを待っていると、雅人が声を掛けてきた。
「面倒な絡み方するなよ」
「悪い悪い。でも偶には俺らとも飯食おうぜ。男同士、積もる話も……」
その時、雅人が足元にある俺の鞄を見て、不思議そうな顔をした。
「……ん? 悠弥、鞄に変な物が入ってねぇか?」
「変な物?」
首を傾げる。雅人は無遠慮に俺の鞄へ手を突っ込み、灰色の布袋を取り出した。
掌サイズの袋の中には、一台のデジカメが入っていた。
「デジカメ……?」
「ああ……しまった、鞄から出し忘れたんだな」
俺の鞄はこの一種類しかないため、偶に整理を忘れると変な物が入っていることも多い。
「悠弥、デジカメなんて持ってたんだな」
「何言ってるんだ」
意外そうに言う雅人へ、俺は告げる。
「雅人がくれたんだろ?」
そう言うと、雅人は目を見開いて驚いたが、やがて小さく頷いた。
「……ああ、そう言えばそうだっけか」
「埃を被るくらいならって誰かに譲りたいって、言ってただろ? ……それとも、やっぱり返して欲しくなったのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇよ。忘れてただけだ」
雅人が笑って言った。
御嵩家にとってデジカメは高価な代物である。俺は内心、カメラを貰った恩は生涯忘れないつもりだったが、一般家庭の雅人にとっては些細なことだったらしい。複雑な気分だ。
◆
放課後。俺は写真部の部室を訪れた。
「遅くなりました」
部室に入ると、椅子に腰を下ろした和花さんと目が合った。
和花さんは、話している時と、遠目に見ている時で印象が変わる。部室の中心で窓から射し込む陽光を浴びながら本を読んでいた和花さんは、一歳上とは思えないほど大人らしい雰囲気を醸し出していた。
「ううん、私も今、来たところだよ」
そう言って、和花さんはクスリと笑った。
「今の、なんだかデートみたいなやり取りだね」
「ここは部室ですが」
「でも、これから外に行くでしょう?」
そんなことを言ってしまうと、この後の活動がデートのように感じてしまう。
――デート?
何かが頭に引っ掛かる。強い違和感……いや、既視感を抱く。
「和花さんはデートがしたいんですか?」
「ふぇ!? あ、あの、今のはそういうわけじゃ……っ!?」
「あ、すみません。特に他意はないんですが……」
焦る和花さんに、苦笑しながら続けて言う。
「もし和花さんとデートするなら……展望台とか行ってみたいなと思いまして。いい写真も撮れそうですし」
頭の中で、和花さんとデートしている場面を思い浮かべる。
何故かは分からないが、自分でも驚くほど鮮明に想像することができた。きっと和花さんは白くて清楚な服に身を包んでおり、後輩である俺をさり気なくリードして――。
「え、えっと、悠弥君。あのね、私が変なことを言ったのが、原因だとは思うけど……」
和花さんは、動揺を隠しきれない様子で言った。
「入部を希望してくれたことは凄く嬉しいんだけど……その、そういう理由で入られても、お姉さん、期待に応えられるかどうか分からないというか……」
「――違うんです」
深々と頭を下げ、俺は誤解を解くことに専念した。
確かに特別な理由はあるが……。
俺は決して、邪な理由で和花さんに近づいたわけではない。
「そ、それじゃあ、出発しよっか」
「……はい」
非常に気まずい空気の中、俺と和花さんは部室を出た。
「それが今回の撮影で使うカメラですか?」
「うん、そうだよ」
和花さんは首から大きなカメラをぶら下げていた。
「ちなみに悠弥君は、こういうカメラを持ってる?」
「一眼レフは持っていませんが、デジカメなら持っていますよ」
「今時の学生ならデジカメを持っているだけでも珍しいと思うよ。……その、もしかして悠弥君って、結構カメラに詳しい人なのかな?」
「いえ、そんなに詳しいわけではないです。正直デジカメも殆ど持っているだけで、写真の撮影はスマホを使う時の方が多いですね」
「あ、そうなんだ。……良かった。実は私もあんまりカメラには詳しくないから、本格的な活動を期待されていたら、ちょっと申し訳ないなぁって思ってたの。あ、でも、だからと言って不真面目なわけじゃないから、そこは安心してね」
「分かってます」
苦笑いを浮かべる。不真面目な和花さんなんて全く想像できなかった。
「悠弥君はいつも、どんな写真を撮るの?」
「特に決まったものはないですけど……普通に、風景ですかね。あとは……鳥、とか」
「鳥? それって鳩とか、孔雀とか?」
「いえ、そういう公園や動物園で見られる鳥ではなく、ペットとして飼育されることの多い小鳥です。インコとかオウムとか……」
そこまで言って、俺は再び考える。
おかしい。
いつ撮った? 何処で撮った?
何かがあったような気がする。何かを忘れているような気がする。
俺は、確か―――――――――――。
「悠弥君?」
和花さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……すみません、考え事をしていました」
「大丈夫? 街を歩いて電柱にぶつかったりしないようにね?」
「いや、だから俺、高校生なんですけど……」
相変わらず心配性な和花さんと共に、街へ繰り出す。
俺は――――あれ?
何を考えていたんだっけ?
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