三章 静真和花

第11話

 ハナコさんから新たな指示を受けた、その日の放課後。

 俺は単身、写真部の部室を尋ねた。


「失礼します」


「はーい」


 二度のノックをした後、ガラリと部室の扉を開ける。

 その部屋の壁面には様々な写真が飾られていた。外の風景を写したものもあれば、人物や小物を写したものもある。大小も様々あり、いつも俺たちが触れているような掌サイズの写真ばかりではなく、額縁に入れられたB4サイズの写真もあった。

 そんな如何にも写真部の部室らしい部屋にいたのは、和花さんだけだった。


「あれ? 君は……」


「お久しぶりです」


 三度もぶつかった相手だ。お互いに顔は覚えている。


「ここ、写真部ですよね? 実はその、写真部に興味があるんですけど……」


「ほ、本当に!? ――あいたっ!?」


 勢い良く立ち上がった和花さんは、膝をテーブルに打ってしまった。


「だ、大丈夫ですか……?」


「大丈夫、だけど、ちょ、ちょっと待ってね……」


 瞳に涙を滲ませながら、和花さんは膝を押さえていた。


「ええと、それで、入部希望ということかな!?」


「あ、いえ……取り敢えず、見学させていただければと」


「見学!」


 和花さんが驚愕する。


「駄目でした?」


「全然! 駄目じゃないよ! どどど、どうぞ思う存分、見学してください!」


 頭を下げて懇願される。

 見学を頼んでいるのは俺の方だが、立場が良く分からなくなってしまった。


「ええと、先に自己紹介だけでも……」


「あ、そ、そうだね。まずは自己紹介しないとだよね」


 和花さんは大きく深呼吸して、落ち着きを取り戻した。


「改めまして。写真部部長の、静真和花です」


「御嵩悠弥です。よろしくお願いします」


 互いに頭を下げる。同時に、俺の脳裏にハナコさんの指示が過ぎった。


 ――静真和花と親密になれ。


 今、そのスタートラインに立ったことを実感する。

 ハナコさんたちの話が真実なら、この少女が祟りの原因だ。


 ――この人は、一体どんな祟りを受けているんだ?


 ハナコさんの話ぶりからすると、この人は今、周りに災害を振りまいている台風の目みたい存在である。


 しかし……こう言っちゃなんだが、とてもそんなふうには見えない。どちらかといえば気弱そうで、遠慮がちで、むしろいかにも無害そうな印象を受ける。

 俺の目からは、どこにでもいる普通の生徒にしか見えないが……。


「あの、写真部の部員は、和花さんだけで――」


 部室を見回しながら言った俺は、そこでふと失態に気づき、言葉を止めた。


「……すみません。軽々しく名前を呼んで」


「う、ううん! ちょっと吃驚したけれど、大丈夫! 私も悠弥君って呼ぶから!」


 和花さんは若干、照れながら言った。


「部員は、和花さんだけなんですか?」


「うん。だからもう実質、同好会みたいなものなんだけど、先生方の温情でまだ部活として扱われているような感じかな。……な、なので、新入部員募集中です!」


 キラキラとした瞳がこちらに向く。

 是が非でも部員になって欲しいと言いたげな様子だ。


「ええと、いつもはどんな風に活動しているんですか?」


「今の写真部には私しか部員がいないから、基本的に活動する時間は決まっていないの。強いて言うなら……学校行事の時にカメラマンさんのお手伝いをすることかな。隣で一緒に写真を撮って、後でそれを学校側に提出することもあるの」


 そう言えば天原高校では、偶に生徒の保護者向けに小さな冊子が配られる。冊子にはモノクロの写真が載せられていることも多いが……あれは写真部が関わっていたのか。部員が一人しかいなくても、部活として認められているのは、そういう背景があるからだろう。


「で、でも、私個人としては、そういうもの以外にも、もっと色んな写真を撮りたいと思っているの! ここに飾っている写真も全部、私が個人的に撮影したものだし……」


「……これ、全部ですか」


 部室に飾られた写真の数はとても多い。その全てが和花さんの作品とは予想外だった。


「……凄いですね。色んなジャンルがあって」


「あはは。好き勝手に撮っているだけだから、統一感がないだけかもしれないけれど……」


 部室には多用なジャンルの作品が飾られている。好き勝手に撮っていると言ったが、俺の目には「同じものばかり作らない」という和花さんの意思が透けて見えた。


「えっと、もし、興味があるなら……明日の放課後にでも、一緒に活動してみる? 明日は街に出て風景を撮影しようと思っているんだけど」


 遠慮がちにされたその提案を、今の俺が断る理由はどこにもなかった。


「是非、参加させてください」


「……っ! うん!」


 屈託のない満面の笑みを浮かべて和花さんは頷いた。


「あ……そろそろ下校時間だね」


「そうですね」


 学校のチャイムが響く。外はすっかり夕暮れに染まっていた。このチャイムが鳴ると、部活中の生徒たちは下校の準備を始めなくてはならない。


「今日はこれで失礼します。ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ」


 自己紹介の時と同じように、互いに軽く頭を下げる。


「あ、じゃあ家まで送っていくよ!」


「送る?」


「だって悠弥君、人とぶつかることが多いでしょう?」


 半分は貴女のせいなんですけど……。


「大丈夫ですよ。それに俺は自転車通学ですから、送ってもらうのは難しいと思います」


「むぅ……じゃあ駐輪場まで送るね!」


 そんなに俺は、信用されていないのだろうか……。


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