第10話

「なに、見つけた?」


 用務員室に着いた俺は、早々に神痕を見つけたことをハナコさんに伝えた。


「はい」


「ふむ。では、誰が神痕を持っていた?」


「静真和花さんです」


「……正解だ」


 不敵な笑みを浮かべてハナコさんは言う。


「凛音、聞いたか? これは神事会に激震が走るぞ」


「……そうですね。まさか、こんなに早く発見できるなんて」


 楽しそうに言うハナコさんに対し、凛音は驚いた様子でこちらを見ていた。


「神痕発見器の誕生だな。……お前、私の部下になれて幸運だぞ。もしこの情報が先に出ていたら、神事会のあらゆる案件に駆り出され、あっという間に過労死していたに違いない」


「……凛音から聞きましたけど、神痕って本来ならそんなに発見するのが難しいんですね」


「手間も金も莫大にかかるからな。だがそこへお前を投入すると、勝手に神痕の方から寄ってきてくれるわけだ。……神痕発見器というより、神痕ホイホイか?」


 その名前はやめてくれ。


「一つ気になったことがあるんですけど……静真って名字、凛音と同じですよね?」


「そうだ。静真和花は、凛音の姉となる」


 ハナコさんの言葉を聞いて、俺は凛音の方を見る。


「姉がいたのか」


「……はい」


 凛音はどこか他人事のような表情で肯定した。その様子に違和感を覚える。


「しかし、驚いたな。まさかこんなに早く見つけてくるとは……予想以上の成果だ」


「でも俺、あの人と知り合ったのはつい最近ですよ? 神を引き寄せる体質と言われても、今までは全然そんなことなかった気が……」


「それはお前が最近、学校の近辺で神に哀れまれたからだろう。神は、他の神の気配に敏感だからな。それが契機となった可能性が高い」


 先週の金曜日、交通事故に遭ったことを思い出す。

 確かに、そう言えば学校の近辺で神の手助けを受けたのは、あの日が初めてだ。

 俺が先輩と会ったのも、丁度その日である。


「ちなみに、この学校には神痕を持つ生徒がもう一人いる」


「え?」


「ヒントは、灯台もと暗しだ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるハナコさん。

 俺は神痕を引き寄せる体質みたいだが、灯台もと暗しということは……既に俺の近くにいるということか?


「……凛音、ですか?」


「正解だ。神事会では、神痕を持つ人間が多く働いている。凛音もその一人だ」


 以前、凛音は自分のことを、俺ほどではないが特殊な体質であると告げていた。

 どうやらあれは神痕のことを指していたらしい。


「凛音は、稗田氏ひえだしの血を継いでいる」


「稗田氏?」


「岩戸隠れの伝説などに登場する芸能の女神、天鈿女命アメノウズメは知っているか? 岩の向こうに隠れてしまった天照大御神を、踊りによって誘い出した神だ。その子孫である猿女君さるめのきみの末裔が、稗田氏と呼ばれている」


 要するに凛音は、神の子孫の末裔の血を継いでいるということだ。


「凛音は天鈿女命の神痕を持っている。こちらは良好な関係を築いているため、祟りは起きていない。凛音はその力によって、巫女舞を通じて様々なことが可能だ」


「巫女舞……学校の屋上でしていた踊りですか?」


「そうだ。あの時は凛音の力で、学校全体に蔓延している祟りを抑えていた」


 神痕の力で祟りを防ぐこと。恐らくそれが、今の凛音の仕事なのだろう。


「学校の祟りは、静真……和花さんが、原因なんですよね?」


 静真だと凛音と同じ名前になるため、下の名前を使うことにする。


「そうだ。だから次のステップでは、その祟りの解消を行う」


 頷いて、ハナコさんは言う。


「いいか? 神痕による祟りを解消する場合、まずはその神痕を持っている人間と接触しなくてはならない。ところが、その人間は常に祟りを振りまいているわけだから、我々はいわば祟りを受けた状態で治療に臨まねばならないわけだ」


「……病人を治すために、自分も同じ病気にならなくちゃいけないってことですか?」


「病人と言うより感染源だが……まあ概ねそんな感じだ。凛音のように神痕の力を持っていても、人間である以上、人間を対象とした祟りに対抗するのは難しい。故に今現在、神痕による祟りは解決していない場合の方が多い。殆どの場合は対症療法……精々、祟りの効果を抑える程度の処置しかできず、それでも症状が安定しない場合は神事会の施設へ預けられることになる」


 ハナコさんは続ける。


「だがお前は違う。お前の力は神の力だ。その力を上手く活用すれば、あらゆる祟りに対処できる。お前がいれば、我々だけでは厳しかった原因療法も可能になるかもしれない」


「原因療法、ですか……」


「祟りの原因そのものを解消する。即ち――神痕が繋ぐ、人と神の関係を改善する。それが私たちのゴールだ」


 そこまで告げて、ハナコさんは真剣な眼差しで俺を見据えた。


「悠弥。お前の力には弱点が二つある」


 ハナコさんは人差し指と中指を立てて言った。


「一つは、運要素が絡むことだ。……八百万の神も千差万別。今お前の傍にいる神々が必ずしも優れているとは限らない。ハズレを引けば、恐らくお前の力は不発となる。……今までも、事故に巻き込まれる度に全部助かったわけではないだろう?」


 俺はゆっくりと頷いた。ハナコさんの言う通りである。


「もう一つは、迎撃に特化していることだ。……お前は自分の意思で神の力を使えるわけではない。つまり、お前が力を使うには――常に被害者でなくてはならない」


 意味は理解できる。俺の力の引き金は、俺が祟りを受けた時だ。


「分かっていると思うがこれは危険なことだ。今回に限った話ではない。私は今後、お前をあらゆる祟りに巻き込むつもりでいる」


 そこまで言って、ハナコさんは口を閉ざした。

 俺の答えを待っている……それは俺に選択権があることを示していた。

 拒否すれば、受け入れてくれるのかもしれない。

 だが俺は、首を縦に振った。


「やりますよ」


 ハナコさんと凛音が、微かに目を見開く。


「この世界には、祟りに苦しんでいる人がいて、その人たちを助けられるのは俺だけかもしれないんでしょう? ……なら、やります。神事会の一員として働くと決めた以上、そのくらいは覚悟しているつもりです」


 あの日。あの夜。

 屋上から飛び降りた人影を見て、慌てて駆けつけたあの時点で、俺の人生は分岐した。

 全てはあの時の延長だ。誰かが死んだかもしれない状況を――誰かが危険な目に遭っているかもしれない状況を、俺は無視できない。

 俺は初めから、この世界から目を逸らせない人間だった。


「それは何よりだ」


 小さくハナコさんが言う。その隣では凛音が分かりやすく安堵していた。で胸を撫で下ろす凛音を見ていると、こちらの視線に気づいたのか頬を赤く染めて顔を逸らされる。


「それで、俺は何をしたらいいんですか?」


「病を治すには、病人に近づくしかないだろう。つまり――」


 ハナコさんは不敵に笑んで答える。




「――静真和花と親密になれ」

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