第6話
神事会の事務所を出た俺たちは、凛音の案内のもと、ファミレスに入った。
窓際の席に腰を下ろした後、テーブルに置いていたメニューを開く。
「ファミレスなのに、メニューが大体、二千円前後って……」
どれだけページを捲っても、値段が千円以下にならない。
「……神事会よりファンタジーだな」
「流石にそれは異論があります」
対面に座る凛音が言った。
「あの、先輩。……昨晩は、すみませんでした」
それぞれ料理を注文した後、凛音が唐突に謝罪した。
何に対する謝罪か分からず目を丸くする俺に、凛音は説明する。
「その、屋上で一緒に落ちそうになりましたので……」
「……いや、今思えばあれば、俺が凛音の仕事を邪魔したんだろ? だったら謝るのはこっちの方だ。余計なことをして申し訳ない」
「先輩は悪くありません。あの程度で集中が途切れた私の責任です」
申し訳なさそうに言った後、凛音は真っ直ぐ俺を見た。
「改めて、助けていただきありがとうございます」
凛音が頭を下げて言う。
律儀な子だ。俺は「どういたしまして」と返した。
「ところで、先輩はどうしてあんな夜遅くに学校へ来たんですか?」
「あー……バイト帰りに学校の前を横切っていたら、屋上から誰かが飛び降りたように見えたんだよ。それで駆けつけたんだ」
今、思えば、あれが全ての始まりだったわけだ。
説明を聞いた凛音は、少し意外そうな顔をした。
「先輩は、正義感が強い人なんですね」
「そうか?」
「そういう時、見て見ぬ振りをする人も多いと思いますよ」
確かにそうかもしれない。だが、俺だってあの時は不安で一杯だった。第一発見者が自分でなかったら逃げていたかもしれない。
俺の人生には、二人の反面教師がいる。俺と妹を置き去りにして蒸発した両親だ。あんな無責任な人間にはなりたくない。自分はちゃんと胸を張れる生き方をしたい。そういう気持ちが、きっと俺を突き動かしたのだろう。
「結局あれは俺の見間違いってことでいいのか?」
「いえ、ハナコさんが飛び降りました」
「……神事会の人は、屋上から飛び降りても平気なのか?」
「あの人は例外です。多分、浮遊術とかそういうのを使ったんだと思いますが……」
ブツブツと呟く凛音に俺は首を傾げた。
店員が注文した料理を運んでくる。俺の前には日替わりの洋食ランチが、凛音の前にはクリームソースのパスタが置かれた。
「冷めては勿体ないですから、先に食事を済ませましょう。先輩も空腹みたいですし」
「……いや、空腹なのは凛音だろ」
俺はもう少し我慢できる。
いただきます、と礼儀正しく挨拶する凛音に続き、俺も洋食ランチを食べた。
美味い。バイト先でまかないを貰うことが多い俺は、決して貧乏舌というわけではない筈だが、この店のランチは驚くほど美味だった。ファミレスってこんなに美味しいの?
「神事会の仕事について説明します」
口元を紙ナプキンで拭いた凛音が語り出す。
「私たちの仕事は、大別すると二つに分類できます。ひとつは、正しい神事を行うことで世のため人のためになるリターンを得ることです」
「世のため人のためって、慈善活動みたいな謳い文句だな」
「慈善活動として無償で働くこともありますが、どちらかと言えば依頼を受ける場合の方が多いですね。豊作祈願や厄払いなどは常に引き受けています」
神事会は一般的な儀式も引き受けているようだ。
「もうひとつは、何らかの事情で生じたリスク……即ち祟りの対処をすることです」
「祟り?」
訊き返す俺に、凛音は「はい」と頷く。
「祟りとは、神の機嫌を損ねてしまうことによって生じる災いの総称となります。祟りが起きると、まず瘴気と呼ばれる黒い靄が発生し、その瘴気が一箇所に溜まると人々に良くない影響が起きるんです。具体的には、病気になったり、事故が多発したりします」
「黒い靄って、もしかして昨日の……」
「ええ。昨晩、先輩が学校で見たもの……あれが瘴気です」
屋上で凛音と出会った時。足元から黒い風が噴き出していた。あれが瘴気か……。
「じゃあ凛音は、あの瘴気をどうにかするために学校にいたのか?」
「そんなところです。私たちの仕事は祟りに関するものとなります」
リスクとリターンのうち、リスクの方だ。恐らく危険な方でもある。
「……俺の体質は、どういった状況で役に立つんだ?」
その問いに、凛音は少し考えてながら説明した。
「……私たちは、祟りの中でも更に特殊な案件に駆り出されることになります」
「特殊?」
「神事会の構成員は、皆変わった体質の人たちです。先輩ほどではありませんが、私もその一人ですし、ハナコさんも同様です。なので、それぞれ専門分野があります。……私たちの仕事は、ハナコさんの専門分野を手伝うことです」
色んな仕事をするというより、特定の仕事に特化した働きをするようだ。
「じゃあ、その専門分野っていうのは何なんだ?」
「それは――」
凛音が答える直前、
「――
唐突に横合いから声を掛けられる。
二人同時に振り返った。目の前には……ハナコさんが立っていた。
「それが私の扱う仕事だ。祟りの中でも特に……いや、最も複雑な部類に該当する」
真剣な表情でハナコさんが告げる。
「ハナコさん、どうしてここに……」
「思ったより早く手続きが済んだからな、迎えに来たぞ」
俺の質問に、ハナコさんは軽く笑って答える。
「順調に話も進んでいるようだな。……凛音、初めてできた後輩はどうだ?」
「……まあ、頭の回転は悪くないみたいですし、分からないことを積極的に知ろうとする真面目さも窺えます。今後の働きには、期待してもいいかと」
「なんだもうデレたのか」
「デ、デレてません!」
凛音が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「悠弥、これを受け取れ」
ハナコさんが俺に、小さな白い箱を渡した。
箱の蓋を開けて中を確認する。板状の電子機器が入っていた。
「スマホ、ですか?」
「申請書を読ませてもらったが……固定電話も携帯電話もない。そんな状態で、よく今まで無事でいられたな。私の部下でいる間はそれを貸してやる。私用で使ってもいいぞ」
「私用って……いいんですか? こう、機密情報が漏れたりとか……」
「漏れたところで、部外者には意味の分からん情報だ。それに、本当に漏らしたくない情報のやり取りがある場合は、他の連絡手段を取る」
そういうことなら遠慮なく、公私共に使わせてもらおう。
予期せぬところでスマホデビューが叶ってしまった。
「さて、帰るぞ」
「え?」
「少し予定が変わった。続きはまた今度だ」
急ぎの用事ができたのか、ハナコさんはすぐに店を出る。待たせては悪いため、俺と凛音も席を立って素早く会計を済ませた。
三人で駅に向かって歩き出す。
「そう言えば……凛音は昨日の夜、祟りを防いでいたんだよな?」
「はい」
「それって、つまり……あの学校に何かがあるってことか?」
その問いに、凛音は少し俯いた。
「それは――」
「――凛音。そこから先の情報は、伏せておけ」
凛音が何かを言うよりも早く、ハナコさんが告げる。
「悠弥の力を試したい」
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