第4話 リボルバー

「もうよいわ!下がれ下がれ!!」源田が手下に向かって怒鳴った。


形だけではあるが、十蔵に対して戦闘態勢をとっていた侍たちが剣を鞘に収めた。


十蔵も構えを解いた。少し物足りない様子に荒木の目には映った。


源田はやっとのことで手渡された小太刀で網を切り破ったが──


「いてぇ!」着地に失敗してしたたか腰を打ち付けた。「あいたたたた」


おキヌは笑いかけたが、十蔵は「ダメだよ」とばかりに手でそれを制した。おキヌは素直に従った。


「和辻殿、もう行きましょう!ここは……」荒木が駆け寄ると、その言葉に源田が反応した。


「和辻……ほう、お主が和辻十蔵か。噂は聞いておるぞ。天下無双だかなんだか、知らんが大したことはない」源田がゆっくりと起き上がりながら言った。


ここまでコテンパンにやられておいて、こう言い切れるのが源田のすごいところではある。そして、十蔵の前までやってくると


「所詮は剣術が少しばかりお上手なだけってことよ、アッハッハ」源田は大声で笑い始めた。すると、それに同調して手下たちも笑い始めた。「俺たちが本気を出せばなあ、和辻よ。お前など一瞬にして木っ端微塵よ。やるか? 続けるか?」


源田が余裕の態度でいる理由がすぐに分かった。背後にいた侍たちが一斉に銃を構えたのだ。


「これはなあ、リボルバアっちゅう最新の西洋式銃だ。殿のご高配により我が竜義隊が10丁賜ったものよ。田舎侍が使う火縄銃と一緒にするでないぞ、連射式ちゅうものよ。分かるか? あっという間に数十発の弾がお主らの体を貫くっちゅうことだ。西洋の武器とは何と恐ろしきことよ。グゥワハハ。まだ案山子相手に試し撃ちしかしておらんのでな、何か的になるものを探しておったところよ。ちょうどいいかもしれんのう、アッハッハ」源田は芝居がかった物言いで、挑発した。


「なんなの、こいつら。おかしいんじゃないの?」おキヌが言った。


さすがの十蔵も顔つきが変わっている。荒木は焦った。これ以上の揉め事は厄介なことになる。銃口がいくつも自分達に向いているのだ。


「源田殿、これは少々失礼がありましたようで。申し訳ござらん」荒木は前に出て頭を下げた。


「なにやってんだい!旦那、こいつらが吹っかけてきたんじゃないか!」おキヌが詰め寄ったが、荒木はそれを押し返して再び頭を下げた。


「このとおり。許してはくださらぬか?」


「ほう。お主はなかなか見込みがあるわ。名は何と申す?」


「荒木仁右衛門でござる」


「ほう、荒木殿か。堂々たる物腰。さぞ立派な家格であろうのう」源田は荒木に近づき、舐め回すように見た。


「……」荒木は気味の悪さを感じたが、ただ立ち尽くすしかなかった。


「では荒木殿、土下座じゃ。土下座していただこうかの」


「土下座……」荒木は押し黙った。生まれて20年あまり、土下座などする機会もなかった。思いもよらぬ言葉に、この場を収めたいという気持ちよりも先に抵抗感が勝った。


十蔵が目で訴えかけてきた。荒木が嫌と言えば戦う覚悟なのか。しかし、荒木は小さく首を振った。


(我らの敵は竜義隊ではない。こんなところで無駄な血を流してはならぬ)


荒木は震えながら地べたに手をつくと、頭を土にこすりつけた。


「申し訳ござらん!」


さっきまで十蔵にやられてのたうちまわっていたやつらも復活して、荒木の様子を見ながら薄ら笑いを浮かべていた。


「頭が高いわ」源田は荒木の頭を踏みつけると、「おう、お前ら荒木殿に土下座のやり方を教えてやれ」と手下に言った。


「では、遠慮なく」


手下たちは荒木の顔面に足で砂をかけたり、脇腹を蹴ったり、唾を吐きかける者もいた。竜義隊とは侍とは名ばかりで、海賊も顔負けな粗暴な連中の集まりだった。“武士の情け”もなにもあったものではない。荒木はただひたすら嵐が去るのを耐えていた。


「もうよい」源田が号令をかけると、手下たちは下がった。そして、源田はリボルバーを受け取ると、十蔵の顔の前にちらつかせながら言った。


「和辻よ、わかったか。仲間がこんな無様な姿になっておるのに、お主はただ立っていることしかできぬではないか。情けないのう。無様じゃのう。銃の前じゃ、剣など役に立たぬのだ。お前がいくら剣技に長けておろうが、関係ない。こいつが火を吹けば一貫の終わり。お陀仏よ」言い終わるや否や、源田は十蔵の顔面や腹を銃で殴りつけた。


十蔵は意地でも倒れまいと、平然を装いながら持ちこたえた。そして、血を吐き捨てて源田を睨みつけた。


「フン、田舎侍が調子に乗りおって。まあ、荒木殿に免じて今日はこのくらいにしておいてやるわ。和辻よ、いいか。命あるうち、とっとと帰るんだな。お前さんには化け物退治などできはせぬ。せいぜい、女をかわいがってやるのだな、その可愛げのない猫のような女をな、フフフ」源田はいやらしい目つきでおキヌを見ると、去っていった。


荒木を足蹴にしていた手下も、それを合図に引いていった。荒木は、ずっと土下座の姿勢を崩さず持ち堪えた。それが、せめてもの意地だった。


宿に戻ると、おキヌは部屋にたくさんのご馳走を運んできた。二日分はありそうだ。何も言わないが竜義隊とのことを申し訳なく思っているのだろうと荒木は思った。


箸をつける前に「和辻殿に申し上げることがございます」と言って荒木は切り出した。


「実はこたびの化け物退治は少々、まつりごとが絡んでおるのでございます」


「林原さまと鴨居さま、ご家老どうしの覇権争いかの?」十蔵は汁をすすりながら言った。


「ご存じでしたか……」


「いや、源田殿の口ぶりから察しがついての。我らに競争させるおつもりなのかと。別々の命により化け物退治に駆り出された二つの集団。集団といっても我らは二人しかおらぬが」十蔵は自虐的な笑いを含みながら続けた。「林原さまと鴨居さまはなんでもかんでもいがみあっておられるのは皆知っておる。竜義隊のことは知らなんだが、鴨居さまの口聞きでできた軍隊であろう?」


「そのとおりにございます」


「やはりの。鴨居さまは西洋の武器にご執心らしいからの。そして、林原さまは……」


「申し上げにくいのですが、荒木家は父の代より林原さまとは昵懇の仲、よくしていただいております」


「それで、林原さまはそれがしに竜義隊の邪魔をさせるために荒木殿をよこしたと?」


「いえ、それはちが……いや、そうかもしれませぬ。しかしながら、私は……少なくとも私はそうは思うておりませぬ。ただ、化け物を倒し民の生活を取り戻すこと。それだけを……」


「分かり申した」十蔵は優しく笑いながら言った。「竜義隊は我らが憎くて仕方ないのであろうの。しかし、我らのなすべきことは一つ。それは、侍どうしがいがみあうことではあるまい。荒木殿は出立のときに、それがしが聞いたことを覚えておられるか?」


「え?」


「ハッハハ、もう忘れたのか? それがしは聞いたであろう? “これは善であるか”と」


「ああ、はい、確かにお聞きになりましたな」


「ではもう一度、お聞きする。これは“善”かの?」


「無論、“善”にございます!」荒木は槍のような眼光を十蔵に向けた。


「……フフ、よい目をしておられるの、荒木殿は」


「……」


「その目でおなごも落とすのでござろ?」十蔵はおどけて言った。


「わ、和辻殿!」


「あっはっは」十蔵は大笑いした。「荒木殿、はよ食おう。せっかくの飯が冷めてしまう」


「あ、そうでした」と荒木は言って、ご馳走を頬張った。


「これは、うまい! 忍びとは料理もうまいのですなあ」


「それは知らんがの。おキヌ殿は気の強いところもなかなかじゃ。大したおなごよのう」


「もしかして和辻殿も?」


「“も”とはなんじゃ“も”とは。アッハッハ。荒木殿、忍びの女は怖いぞ」


「本当ですか!?」


「知らんわ、相手したことなどないわ、ハハ」


「アハハ、からかわないでくだされ」


二人は食事の間中、ずっと会話が絶えなかった。

荒木は父が死んで以来、久しぶりに食事が楽しいものだということを思い出していた。








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