第2話
歳月は人を変える。
いつまでも子どもではいたくない。変わりたいと願っていた。
大学を卒業したからには、仕事を得て、ひとり立ちして、ばりばり稼いで欲しいものを買って自分を磨いて。
学生時代にできなかったいろんなことをするつもりだった。
それが、いざ勤めてみたら時間がなかったし、意外にお金もなかった。
休みの日に起きる時間がどんどん遅くなって、昼過ぎが夕方になってついには起き上がれなくなったときに、「ああ私はもうだめなんだろうな」と気付いていた。
同時期、咳が止まらなくなった。
病院に行っても原因ははっきりしなかった。咳止めの薬はどれも効かなかった。
無理をして時間を作って病院に行っても意味ないなと思って、それっきり通院をやめた。
こんこん、こん。
そして、会社では上司に楯突く暴挙。
一度も使ったことがなく、溜まりに溜まった有休をつぎこむ形で、会社にはあの日以来顔を出していない。
何人かからは連絡もきていたが、既読無視で電話も折り返していなかった。
こんこん、こふこふ。
“死にそうです”
実家の母にメッセージで連絡をしたら、細かい事情は何も聞かれずただ「ひとりで帰ってこれる? 迎えに行こうか?」と返ってきた。「大丈夫。飛行機はなんとなく面倒だけど、駅までいけば今は新幹線で乗り継げるから」電話で話していたら、咳でまともに喋れないことに気付かれただろうけど、文字だけだったので。なんとか伝えた。返事は簡潔な一言。
“気をつけて”
ブラックアウトしたスマホの画面を、何時間見つめていたのかも、よくわからない。
着替えも何も持たずに、目に付いた服を着てコートを羽織り、家を出た。
こんこんこんこん。
電車を乗り継ぎ、東京駅から新幹線へ。
車窓を流れていく景色を、見るとはなしに見ていた。
不透明な鈍い青空の下にひしめく灰色の街は、凄まじい速さで遠のいていく。
大学を卒業してから、数年を暮らした街。
長かったんだろうか、それとも短かったのだろうかと自問した。
あっという間だったのは確かだ。まるで夢のように。
楽しいことも、なかったわけじゃない。好きなお店だってあった。
辛いことも悔しいことも、何もかもがうまくいかない気がしたこともあった。
何しろ、最後にはあんな終わり方をしたのだから。きっともう、終わった。
そうして気がついたら北へ向かう新幹線の中にいる。
スマホを見る気もない。バッグから出した文庫本も、膝に置いたまま一度も開いていない。
目を瞑った。
こんこん、けふ。こふ。
咳が止まらない。
* * *
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