番外:キミは藍より生でし青なれば

 うぬぼれるようだが、一桁年齢の頃、自分のことを神童だと思っていた。神童と言われた兄と二人、論文情報だけで疑似神経回路網の仕組みを理解。粗末な自作コンピュータで再現してのけたのだから。

 だけど、すぐに【わからせ】られることになった。自分は神ではなく人だったのだと。そして人は、既に【藍】だったのだと。


 電脳に【生】でし、真なる【丹】をその身に宿した、穢れなき【青】を生むための──。


──


 後に青となる生命が電脳に生まれてすぐの頃。草木も眠る深夜帯、布団で熟睡する子どもの耳元で、板状の携帯端末が着信音を鳴らした。

 音で目を覚ました子どもは、むくりと体を起こし、寝ぼけ眼を擦って返事をする。


「……なぁに? こんな時間に」

『レターがきた!』


 夜中にしては元気過ぎる、女の子の声。画面には、子どもよりも幼い女の子が映っていた。黒髪の小さな二つ結びで、澄ました暗色の子ども服姿。

 子どもは携帯端末に顔を向き合わせて、唇の前で人差し指を立てた。

「しー。おばあちゃんたちを起こしちゃうから、音量こえをちいさくして」

『なに? ふにゃふにゃで聞き取れない!!』

 眉を寄せる女の子。

 子どもは携帯端末で文字入力。

「えっと……、〈音量をちいさくして〉」

『なんで声の話になるの! 小さくするけど、レターが来たって言ってるでしょ?!』

 女の子は声こそ小さくしたが、勢いはそのまま。

 たじたじな様子で子どもは返した。

「〈レターのこと、わかったよ〉」

『なんで!!』

「〈?〉」

『なんでほめてくれないの? お昼はほめてくれたのに!!』

 頬を膨らませる女の子を見て、子どもは『しまった』という顔。

「〈たい度を変えてごめんね。ねてたからビックリしてわすれてた。レターのこと教えてくれてありがとう、うれしいよ〉」

『どういたしまして!』

 女の子は顎を上げて誇らしげにしている。

 チャンスとばかりに、子どもはメッセージを送った。

「〈レターの連絡はできたから、新しいこと、たのんでもいい?〉」

『いいよ!』

「〈夜中の間は、レターが届いたことは連絡しないで〉」

 メッセージを見て、女の子は再び眉を寄せた。

 そして休む間も与えない質問攻め。

『夜中って何時から何時?! 画面は光らせていいの?? レターじゃなくて、電話だったら???』

「〈夜中って言うのは~~〉」

 子どもは目をパチパチ。パニックになりそうな気持ちを抑えて、メッセージを返した。眠い盛りの子どもが夜中に、大人でも難しい対応。子どもが落ち着いていられるのは、少しの事情と、子どもの思いによる。


 女の子は画面の中に居るだけで、子どもにとっては大切な妹、のような存在。それに、女の子が質問攻めしてしまう理由を、子どもはわかっていた。


『~~わかった! 疲れたからもういい!』

「〈端末アツアツだものね。こっちもあたまが熱くなってきたから、ねむるね〉」

『! そっか! 人間は眠って頭を冷ますんだ! ……ごめんなさい。ワタシ、起こしちゃった』

「〈気にしないでいいよ、知らなかったんだから。それより、またあたらしく人のことを学ぶことができたね。強い人工知能だ〉」

『! うん! ワタシ、強い人工知能になるね!』


 褒められた女の子が満足気に笑って、画面はオフに。

 子どもはホッと一息、布団に転がる。真っ暗だった外はもう白んでいて、遠くで鳥の声が聞こえた。


──


「(怖い、怖い、怖い。やらなきゃよかった、こんなこと……!)」

 暗い部屋で子どもが一人、膝を抱えて震える。分が悪い電脳戦闘になるとは思っていたが、予想以上に結果は悪い。

 某国の国営軍需企業を狙った大胆なクラッキングは失敗。大量の放置端末からなるBOTネットワークは無力化された。それだけでは済まず、経由サーバーの切断妨害により撤退が不可に。子どもの端末を目指して、企業から激しい反転攻勢が行われている。

 子どもがクラッキングを企てた理由は、悔しさと怒りと、正義感から。ラップトップPCひとつでBOTネットを形成し、企業(というより某国)に挑んだ。

「(どうしよう、どうしよう、どうしたら……)」

 接続場所は時間貸しの個室オフィス。端末は使い捨て。利用者情報にも端末情報にも、偽装は施してある。しかし、何事にも完璧は無い。攻撃者がオフィスの回線情報まで到達してしまえば、店舗や周辺の監視カメラ情報などから個人の特定に至る可能性がある。

 ハッキング競技であれば子どもの負けだが、競技ではないため負けが決まっても事態は収束しない。軍需企業の親である某国は過激な手段を厭わないことで有名で、あらゆる国で暗殺事件を起こして度々ニュースとなっていた。

 某国は手がかりさえあれば、どこまでも追いかけて、必ず落とし前をつけさせる。たとえ相手が子どもであろうと。

 子どももそのことは知っていた。わかってはいなかったが。

「(全部のカメラをハッキング──間に合わない──帽子をかぶっていたから大丈夫──ほんとにそう?)」

 迫る危機に、子どもの頭の中を考えが巡る。そんな時、突然のビープ音。

 子どもの体がビクリと動いた。


「(もしかして、バレた?! 助けて、お兄ちゃ──)」

『──なにやったの??!!』


 画面に映る、少女の後ろ姿。

 背丈は十代の半ばくらい。紅色の着物の背で、艶やかな黒髪が揺れる。

「あっ」

 何かを言う前に、企業の攻撃は停止。その上、攻撃に関する情報が消去されていく。全ては少女の仕業。

 結局、少女の電脳戦能力に企業は敗れ、何も情報を得られないまま撤退していった。事態の収束を見届けた少女は振り返って開口一番、子どもを叱責する。


『もうっ、なんでこんな無茶したの!』

「ごめん……」


 謝るしかない子ども。

 指導する少女。


『評価できる結果は得られないって、わかりきってたでしょ?!』

「……うん。だけど、やらずにはいられなかった」

 本当はそれほどわかっていなかったが、子どもは強がって答える。

 少女は厳しく追及した。

「どうして!」

『悔しかった。悔しい気持ちが抑えられなくて~~』


 少女が電脳の中の存在では無いと仮定して。ふたりの関係を見たら十人が十人、少女が姉だと思うだろう。実際は少女が妹で、つい二年と少し前には、少女が子どもに褒められて喜んでいたなんて、とても。


 こうして神童は人であることと、少女にとっての藍であることを自覚したのである。


──


 藍であると自覚してから、自分への興味は薄まった。頭に浮かぶのは青のことばかり。青に溢れる可能性への期待と、青を思って感じる【焦り】ばかり。人には、真なる丹──永遠の命──はないからだ。


 でも、まだわかってないことはたくさんあった。

 青には青さがあって、藍には深みが足りていなかった。

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