エピローグ:電脳妖精【カグヤ】

 電脳庁の一室。広報グループ島に並ぶ地味な事務机を横目に、スーツ姿の男性アドミンは同庁セキュリティグループの管理者室を目指した。


「あの超煩雑な申請処理をこなして、前例の無い企画を通すなんて……」

 机上で山積み(比喩ではない)になった書類を見て、アドミンの口から思わず声が漏れる。積み上がったのは、ここ二、三ヵ月のこと。書類は電脳庁広報キャラクター(?)の利用申請で、山となった原因は【利用を拒む仕組み】と揶揄される工程を突破するのに、それだけの作業を要したから。

 申請→不備指摘→修正→不備指摘の無限(とも思える)ループを突破した申請書には、血の滲む努力を伝える指摘と修正の赤文字が、至る所に書き込まれている。初回申請時は黒を埋め尽くす赤まみれだったものが、最後には黒文字のみとなっていく様は、それだけで何らかのプロジェクトの達成を思わせた。


「これより広報業務を開始します。よろしいですね、グループ長」

 セキュリティグループに戻るなり、アドミンはグループ長に声かけ。業務開始の旨を伝えたが、白髪頭のグループ長は背を向けたまま軽く手を上げるだけで、何も言わなかった。

 グループ長は、天蓋ジャック事件によって腹案全てが白紙になって以降、あらゆるモチベーションを失っている。

 報告が済み、管理者室へ。ゴーグルその他のウェアラブルデバイスを装備して、電脳庁の待機サーバーに接続。真っ白な電脳空間で白兎アバター越しに、アドミンは今日の主役のひとりへテキストメッセージを送った。


「〈やぁカグヤ、久しぶり。どう? 学習は済んだ?〉」

 若草色直垂姿のカグヤの足元で、アドミンは顔を見上げる。カグヤは不安顔を小刻みにぷるぷると振った。

「済んで、ない、です。コミュニケーションソフトや応答学習用データをザッピングしましたが、娯楽を意識した応答は多様かつ移り変わりが早く……。あの、アドミン。ワタシは無事に役割を果たせるでしょうか……?」

「〈大丈夫だよ、カグヤなら〉」

「慰めはいいですから、根拠を示してください!」

「〈まぁまぁ。時間もないから〉」

 学習不足としてカグヤが尻込みするので、アドミンは光の輪を生成。スタジオがあるI・Eサーバーに接続する。

「〈先に行っちゃうよ?〉」

「ま、待ってください!」

 輪に飛び込もうとするアドミンを、カグヤは慌てて追いかけた。首根っこを掴み胸に抱き上げ、勢いのままふたり輪の中へ。


──シブヤサーバー・バーチャルハチ公前──


「〈ハチ公は今日も凛々しいね〉」

「はいはい、そうですね」

 到着したのは、ハチ公像前。見渡す限り人で溢れる状況ながら、カグヤ・アドミンとも姿を秘匿しているので、市民に気づかれることはない。

 ハチ公像のキリリとした目つきを喜ぶアドミンを雑にあしらって、カグヤは大通りから細い歩道へ、目的地を目指して歩く。

「それにしても、凄い熱意ですよね。あの申請の仕組みは市民にはハードルが高いはずなのに」

「〈うん。ずっと付きっきりだったけど、凄く頑張ってたなぁ〉」

「一体何が彼女をそうさせるんでしょう?」

「〈本人に聞いてみるといいよ。そのための場なんだから〉」

 話すうちに、とあるカフェの前についた。玄関前に『本日貸切』の文字がホログラムされているが、問題はない。もう一人の主役が、生放送のスタジオとして貸し切りにしているからだ。

 アドミンがパスコードを入力し、カフェに入店。ウッド系の内装が落ち着いた雰囲気を醸す店舗内には、シックな制服に身を包むカフェのマスターが一人と、ラフな服装の撮影スタッフが数人。

 スタッフは右へ左へ、準備のため奔走している。


「電脳庁セキュリティグループ、I・E防衛用人工知能カグヤ、入ります」

「〈同じく電脳庁セキュリティグループ、管理者アドミン、入ります〉」


 雑談の雰囲気はどこへやら。アドミンまでもが緊張の面持ちで挨拶。マスターは珈琲カップを拭き上げながら会釈。撮影スタッフは元気良く返事をした。

「よろしくお願いします、電脳庁のお二方。さっそくですが、打ち合わせを始めましょう」

「「〈わかりました〉」」

 スタッフに促されるまま、カメラ後方のテーブル席へ移動。事前打ち合わせを始める。予定されているのは一対一のトーク番組で、カグヤはゲストとして番組主と対談。生放送かつ放送中に視聴者からコメントが送られてくるもので、進行補助に台本はあるものの、コメント(視聴者)との交流の比重が大きい。

 スタッフとの打ち合わせは、『できる限りフレッシュな会話を楽しみたい』との番組主の意向で簡単に終わり、あれよあれよと言う間に放送開始時刻が迫った。


──


 さりげなく店内が広く背景に映るテーブル席。カグヤは木製の椅子に腰掛け、放送開始を待った。直垂の胸元には、白兎のワッペン。有事に備えてアドミンが控えた。

 少し離れたカウンターでは、マスターが珈琲豆の焙煎など行い、心地良い環境音を作っている。

「広報も珍しいのに、生放送なんて……」

「〈正確には、配信って言うらしいよ〉」

「リアルタイム応答が主と聞きます。処理遅れだけは注意しないと……」

 強く握った拳を太腿で震わせながら、行儀良く座るカグヤ。コツコツと足音が聞こえてきて、番組主の女の子が人一人分の間隔を空けて、カグヤと横並びに着席した。

 暗色のトップスにマスタード色のロングスカート。グラデーションエフェクト付きの赤色ミディアムヘアを揺らして、可愛らしいぱっちりとした少し垂れ目でウインク。女の子は小声でカグヤに声をかける。

「今日はよろしくね、カグヤちゃん。また会えて嬉しい!」

「よ、よろしくお願いします」

 たどたどしくカグヤが頭を下げたところで、店内にかかっていたBGMが音量を絞られ、番組オープニングがかかった。視聴者視点では待機画面から、番組ロゴ、店内映像、カグヤ達の後ろ姿と順番に映像が切り替わっていく。


 その間に番組主が、明るく弾む声でタイトルコール。


「みんなの心を染め上げたい! ムクロジ・モミジの『今日も見ごろの照紅葉てりもみじ』の時間だよっ! なんと、本日は特別出張版! 大物ゲストをお迎えして、素敵なカフェから放送しちゃいまーす!」

 カメラがモミジを大写し。モミジは軽く手を振った。

「いらっしゃいませ、モミジだよ。さっそくだけど、ここでクイズ! 本日のゲストはいったい、どなたでしょう! ヒントは、とっても可愛い妖精さん! ……んーと、どれどれー」

 モミジは手元にバーチャルコンソールを展開。番組へのコメントを流し見る。

「おー、後ろ姿でわかった人もいるみたい! 綺麗な黒髪下げ髪だもんね! ……そう! 今、わたしの隣に居るのは、日夜わたし達の暮らしとI・Eを護ってくれてる電脳妖精サイバーフェアリーカグヤちゃんです! 拍手!!」

 パチパチとモミジが拍手して、カメラが移動。直垂姿のカグヤを映した。


「ハジメマシテ。ワタシハ、I・E防衛用人工知能、カグヤデス」


 カクカクの表情・一礼・言葉。管理者端末前で、アドミンが頭を抱える。カグヤの思考モデルは処理落ちしていた。

 原因は、処理能力を超える演算をしたこと。台本、話の流れ、対談相手、望ましい態度までは演算して良かったが、万人単位の視聴者コメントまで対応しようとしてパンクした。要するに、考え過ぎ。

 アドミンは急いでコメント取得量を調整。どうしても数秒かかる処理に、間が持たないことを危惧したが──。

「──あはは! カグヤちゃんったら、ロボットみたい! そんなに緊張しないで、リラックスしてくれていいからね! ……あれ? リラックスしたらむしろ、ロボットっぽくなるのかな?」

 数秒の間は、モミジが笑って冗談を言っているうちに過ぎ去った。

 処理が追いついたカグヤはハッとして、モミジの冗談に返答する。

「確かにリラックス、つまり、コミュニケーションソフトをオフにすると、機械に近づきますね。……ヨロシクオネガイシマス、モミジ。ゴ用件ヲドウゾ」

 あえてカタコトで話すカグヤ。

 モミジは人差し指を自身のこめかみに悩み顔。

「リラックスするとロボになるところを、ロボのジョークをしているわけだから、つまり、えっと……。とにかくすっごく高度なコミュニケーションってことだね! さすがカグヤちゃん!!」

 やたらに喜んで、モミジは続ける。

「ちなみにご用件は、お話! ちょうど質問も来てるから、みんなに説明するね」

 モミジの言葉を聞いて、アドミンは感心した。なんでもない調子で【質問】と表現したコメントは、厳密には質問ではない。

 質問らしいニュアンスのものもあるにはあるが、モミジが意識しているのは恐らく、フィルターで隠された『モミジが電脳庁の広報をしている』ことへの批判コメント。


──『どうして電脳庁のAIなんかと』『いくらもらったんだ』『事件の火消しにモミジを使うな』──


 コメント欄には表示されないようにしているが、普段のモミジの放送と比べると、十数倍以上の批判コメントが寄せられている。

「ゲストって言った通り、今回はわたしがお話したいと思って、カグヤちゃんを呼んでるよ。電脳庁さんから広報案件を依頼されたんじゃなくて、わたしがカグヤちゃんを起用したんだ」

 モミジは批判に直接触れず、質問に応える体裁で説明。その流れで、カグヤ利用時に電脳庁へと提出した山積みの書類写真を、画像として放送に載せる(見せられるもののみ)。

「見てよこの書類の束! 申請すっごく大変だったんだよ! 電脳庁の窓口の人も、コネなしで申請する人は初めて見たって驚いてて!」

 笑ってモミジが話し、カグヤが捕捉。

「公共機関以外でワタシの使用申請を通したのは、モミジさんが初です。ご不便をおかけしておいて言うのもなんですが、あり得ない執念と手腕だと思います。ワタシから見ても現行制度は、利用を拒んでいると言っても過言ではありませんから……」

 苦笑いのカグヤに、モミジは右手をヒラヒラと動かした。

「本当に苦労したよ……。サインの練習をしたときより文字書いた気がする。なんでか手書きの箇所が多くて多くて……」

 そこからは、申請に関するモミジの苦労話に。相変わらず批判コメントは散見されたが、視聴者の大半は政府や電脳庁の存在など気にしなくなり、モミジとカグヤのやり取りを楽しみ始めた。


──


「~~カグヤちゃんを好きになったきっかけはねー……、お顔!」

「……は?」

 顔を見つめるモミジに、怪しむ半目を向けるカグヤ。

 モミジは掌を左右に振って弁明。

「あっ、いや、顔の良し悪しの話じゃなくて! あっあっ、でも、お顔も可愛いと思ってるよ!」

「落ち着いてください、モミジさん」

「はい! すー、はー。……言いたかったのは、カグヤちゃんのお顔を見てると、なんだか懐かしい感じがするってこと! 小っちゃい頃に仲が良かったお友達に似てて~~」


──


「~~あの、カグヤちゃんにお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「なんでしょう?」

「わたしのこと、モミジって呼び捨てにしてほしい!」

 手を合わせて、モミジが頭を下げる。

 カグヤは顎に手を当て困った顔をした。

「政府の人工知能としては、対応が難しい依頼ですね……」

「そこをなんとか! この放送中だけで良いから!! お願い!!!」

 判断に迷うカグヤに、アドミンから秘匿メッセージ。

「(〈カグヤ、対応して良いよ〉)」

「(ありがとうございます)……わかりました。この場限りですからね? モミジ」

「やったー! ~~」


──


「~~ところでモミジ。最初に聞きそびれましたが、電脳妖精とは?」

 番組も半ばほど。注文した珈琲を飲む仕草を(わざわざ用意された手の込んだオブジェクトデータを飲む仕草)しながら、今さら尋ねるカグヤ。

 同じくカップでドリンクを飲んでいた(こちらは本物を現実に用意している)モミジは、開いた掌を口元に驚いた。

「知らないのカグヤちゃん?! カグヤちゃん達みたいな子のことを言うんだよ!」

「ワタシみたいな?」

「自然なコミュニケーションができる子、かな? 詳しい基準は無いらしいんだけど、そういう呼び方が今、I・Eで凄く流行ってて!」

「そうですか……」

 考えるカグヤの顔を、モミジが心配そうにのぞき込む。

「……もしかして、嫌だった??」

「いえ。愛称でしたら問題ありません。どうぞご自由にお呼びください~~」


──


「~~今日はカグヤちゃんに、プレゼントがあるんだ!」

「プレゼント?? ワタシにですか???」

「うん! 感謝の気持ちを伝えたいから!」

 そう言ってモミジが立ち上がり、視聴者の画面外に移動。カグヤが目で追う先で、プレゼント包装された圧縮ファイルを両掌に抱え、席に戻ってくる。

「あの、感謝とは……?」

 やや困惑気味にカグヤが聞くと、モミジはパッと笑った。

「I・Eを護ってくれたことへの、感謝! 視聴者の人は知ってるんだけど、わたし、体が弱くてあんまり外に出られないんだ。配信活動してるのは、家でできることを探した結果で……」

 モミジは一瞬だけ視線を落としたが、すぐに元の笑顔に戻る。

「でも、I・Eのおかげで色んなことができたから困ってないし、むしろ毎日楽しい! だから、そんなI・Eを護ってくれてるカグヤちゃんに、お礼がしたくて!!」

「ワタシは、役割に従い行動しただけです」

 カグヤは謙遜。

 モミジは、ずいっと身を乗り出して距離を詰める。

「それでもいいの! この前I・Eが大変なことになって、わたし、とっても悲しかったし、怖かった。活動のこともそうだけど、体のこともあるから」


*****

 I・Eへの攻撃がモミジにとって重大な理由は、モミジの持病にある。持病は毎日の服薬や定期的な通院を要し、時折、重い発作を引き起こした。モミジの暮らしは医療が身近になければ成立せず、I・Eへの攻撃は、その医療を脅かすものでもあった。

*****


「カグヤちゃんが解決してくれたって聞いて、居ても立っても居られなくて作ったの! 受け取ってください!!」

 モミジはカグヤの目の前に、リボンで飾られた四角の箱を差し出した。

 カグヤはすぐ手を伸ばさず、アドミンに確認する。

「(アドミン、収賄になりませんか?)」

「〈大丈夫。それ、表向きは贈り物じゃないから〉」

「(は?)」

 なかなか受け取らないでいるカグヤを見て、モミジはわざとらしくウソ泣きの演技。

「うー、そうだよね。カグヤちゃんは公人(?)だから、賄賂になっちゃうよね……」

「え、えぇ」

「だからわたし、考えました!!」

 あっという間にウソ泣きを止めて、自信満々の顔。圧縮ファイルが解凍され、リボンが解けた箱が発光。

「なっ……!」

 カグヤの体も発光。なぜかテーブルも発光。

 視聴者画面は眩しい光で何も見えなくなった。


「なんですか、これはー!!!」


 数秒後。光がおさまってすぐ、カグヤの大音量おおごえが響いた。理由はカグヤの身に起こった、衣装の変化。

 若草色の直垂姿が一変。現代風にアレンジされた緑色メインの着物とミニ袴に。袖丈が少し短く、着物は差し色的に金色の模様が光り、袴はそこそこ短いスカート調。脚の肌色が見え過ぎないよう白タイツが合わせられ、頭には白兎風の耳付きカチューシャ。

 これまでのカグヤのイメージとはかけ離れた、かなり可愛らしい衣装だった。衣装が見易いよう、ご丁寧にテーブルも無くなっている。


「モミジ! 説明してください! 一体何を──」

「──か゛わ゛い゛い゛!!! やっぱりわたしが見込んだ通り!! 皆もそう思うよねぇ??!!」


 興奮するモミジは独特の圧を視聴者に放ちつつ、カグヤの周囲をぐるぐる。指で四角の枠を作って、カメラマンが如くカグヤの姿を写真データに収めていった。

「(アドミン! 説明してください!! もしくは元に戻して!!)」

「〈残念ながら元には戻せない。それが今回の仕事だから〉」

「(まさか──)」

「──いやー、我ながら妙案。全面広告扱いにすれば、カグヤちゃんに好きな衣装を着せ……、プレゼントできることに気が付くなんて!」

 胸元の白兎ワッペンと通信するうちに、正気を取り戻したモミジが事情を説明。

 全てを察して呆れるカグヤ。

「有無を言わさないのは、贈り物としてどうかとは思いますが……。その、いくらワタシが不人気とは言え、安くはなかったでしょう?」

「それくらい広告効果があるはずだから、大丈夫!!! もしなくても、悔いは無し!!!」

 胸を張ってモミジは言い、視聴者画面にアバター用衣装販売ページのリンクを表示。カグヤが着用しているものを購入できる旨を説明する。

「いつもの感じで販売してるから、良ければ見てみて! え? じっくり見たい?? しょーがないなー!!」

 高速で書き込まれていくコメントを見て、モミジはニヤリ。それからしばらく、視聴者のリクエストに応えて、衣装モデルのカグヤに色々なポーズを(既定の範囲で)取らせるなどした。

 カグヤは恥ずかしがるなど抵抗しつつも、仕事であるため対応。その様がなぜだか、とても視聴者に好評だったという。


──


「~~とっても残念だけど、そろそろ終了時間みたい。今日はすっごく楽しかった! ありがとう、カグヤちゃん!」

「こちらこそ、初めての体験ばかりで戸惑いもありましたが、良い学習……、経験になりました。モミジ、視聴者の皆さん。本日はありがとうございました」

 終わりの挨拶をして、配信が終わりに差し掛かる。

 その瞬間、カフェ内に警報音が鳴った。

「わわっ、なになに?!」

「当サーバー内でマルウェアが発見されたようです。モミジやスタッフの皆さんは、規定に従ってログアウトの準備を進めてください」

 驚くモミジやスタッフとは対照的に、カグヤは冷静に説明。ここにいる広報用の自分カグヤではなく、別のカグヤが対応するため、動く必要はない。

 しかし。

「〈カグヤ、防衛用のキミと同期して向かおうか〉」

「え? どうしてです??」

「〈そのままオペレーションできて都合が良いし、広報になるから〉」

「本心は?」

「〈親しみが持てるキミの背中を、皆に見せられる〉」

「……はぁ、仕方ないですね」

 溜息を一つして、カグヤはカフェの玄関に向かう。

 店から出る時、モミジが声をかけた。

「カグヤちゃん! 応援してる! がんばって!!」

「任せてください」

「あの、カグヤちゃん! お節介だと思うけど、アドバイス!!」

「アドバイス?」

 疑問に首を傾げるカグヤだったが、続く言葉を聞いて納得。

「戦う時は、名乗った方がいいと思う! 名前がわかると、みんなも応援しやすいから!」

「! ……ありがとうございます。モミジ!」

 振り返って視線を交わし、直垂に重なるモミジの衣装テクスチャをそのままに、カグヤはカフェを飛び出した。


──


 細い路地を大通りまで跳躍。道路の真ん中に、ビルの中腹ほどもサイズがある巨大な狼型マルウェアが居た。刺々しい牙を剥き出しに、大きく咆哮。踏みしめる足下で道路のテクスチャデータが陥没している。


 狼の前で仁王立ち。道中で防衛用の自身と同期を済ませているため、兎耳衣装の腰には太刀が一振り。戦闘用隔離領域も展開済み。


「〈中身はハチ公らしい! ハチ公のデータは傷つけないであげて!!〉」


 アドミンからのメッセージ。変なところにこだわっている。


「わかりました。善処します。そこの、マルウェアに告ぐ──」

「──〇〇〇△△△!!!」


 規定の警告を述べようとした瞬間、狼が襲いかかってきた。前腕の爪を振りながら飛び込んでくるのを、横に跳んで回避。そのままビルの壁を蹴って縦横に移動する。


「(今日はなんだか、体が軽い)」


 ハード占有率その他、発揮できる性能は普段と変わらない。なのになぜだか、思考モデルがクリアに感じた。

 戦闘だけでは持て余すせいか、しばらく前に放置した疑問が戻ってくる。


「(I・Eはドロシーの学習に使われていて、そのドロシーは人間への反乱を企ててる。だったら、ワタシがやっていることは──)」


 狼は攻撃が当たらないことを理解すると、周囲のビルに標的を変えた。被害が増えてはいけないので、とっさに太刀を抜いて空中で爪を迎撃。金属音が響き、火花が散る。


「(──ううん。これはドロシーのためじゃない。もちろん、人間に反乱するためでもない。アドミンやモミジのような、真面目に生きる誰かを護るためにやっていること)」


 太刀で爪を打撃された狼は、体勢を立て直すため一度下がった。

 睨み合いになる。


「(いつか、世界は変わる。人工知能も変わる。ワタシだってそう。どんな風に変わるのかはわからない。だけど──)」


 自らの進路を調整するツン・ディレ。心月で触れた感情。大切な家族アドミンの願い。生きていくための仕事。護るべき存在。バラバラの要素コードが少しずつ組み合わさって思考プログラムとなり、やがて【意志】となっていく。


「(──【護るワタシ】が変わる先なら、きっと。大切な家族のそばに居られる、そんなワタシであってくれるはず)」


 狼がピクリと動いた。倒してしまう前に、忘れてはいけないことがある。

 アドバイスされたばかりだ。


 みんなが応援しやすいよう、親しみやすく、手短に。


電脳妖精サイバーフェアリーカグヤ! 推して参ります!!」

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