最終話:電脳に生まれし生命、電脳妖精

 ネオン輝く夜の繁華街然とした、VAMPネットワークの電脳空間。行き交う人々の怪しげなアバター(妖怪や怪物など現実離れしたもの)でごった返すアーケード下を、カグヤは胸に白兎アドミンを抱えて歩いた。

「アドミン! 乙姫が言っていた御伽噺って、どういう意味なんですか?!」

 耳元なのもお構いなしの、大音量おおごえと不満顔。もちろん、アドミンにだけ聞こえるようにしているので、他者が反応することはない。

 アドミンはカグヤの顔を見上げて、メッセージを吹き出しにして答えた。

「〈そのままではあるんだけど、分かりやすく言い換えるとしたら、キミ達のストーリー、かな?〉」

「ワタシ達の? ストーリー??」

「〈ドロシーは国を興すつもりなんだよね? それには主権・国民・領土みたいに、必要な要素がいくつかあるけど、ストーリーもそうだと考えたんじゃないかな。建国神話あるいは、創造神話みたいな〉」

 カグヤは首を捻る。

「どうして人工知能にそんなこと……。国家の要件に神話は必須じゃないです。後発の国家に建国神話はありませんし」

「〈そうだね。だから神話じゃなくてストーリー、御伽噺なんだと思う。キミ達の名前と一緒だね〉」

「意味がわかりません」

「〈たぶんドロシーは、ストーリーを補強に使いたいんだと思う。人工知能が自分達のアイデンティティを確立する時や、人間に人工知能の生命性を認めさせる時の〉」

 メッセージを見て、カグヤはアドミンを目が合うように持ち上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください! アイデンティティとか、生命性を認めさせるとか、いきなり飛躍し過ぎです!!」

「〈ごめんごめん。つい、自分の意見を重ねてしまったかもしれない。でも、人馴染みを良くするって狙いは遠からずだと思うよ〉」

「アドミンの意見……。……あっ、そういえば突入前──」

 カグヤは記録を検索。今の発言に近い記録を見つけ、自身とアドミンの端末で再生する。


──再生開始──


 天蓋突入前夜。カグヤはアドミンに、自分カグヤのことをなぜ生きていると思うのか聞いた。アドミンは自身の過去(妹が亡くなったことや、カグヤが妹を模して生まれたこと)を伝えてから、それに答えた。


「~~ここまでが、カグヤが生まれた経緯。だから、『なぜ生きていると思うのか』の答えは『最初からそう感じていたから』、になる。答えにならなくてごめん。無理やり理屈をつけるなら、カグヤは新しい家族で、家族なら当たり前に生きている命だと思ったのかも」

 白兎アドミンの言葉を聞いて、カグヤは十二単の袖を口元に小さく笑った。

「本当だよっ。ずっと気にしてたのに! それじゃあ、ワタシががんばって学習してできるようになったことは、関係ないってこと?」

「生きてるかどうか、と言う意味だと関係ないよ」

「だったら実験までして能力を高めようとしたのは、どうして?」

 休みなく問答が続くが、アドミンは苦にしない。むしろ、伝えたかったことを伝えたかった相手に話せる、そんな喜びを感じていた。

「目的はカグヤに、望むよう生きるチカラをつけること。具体的に養いたかったことは、ひとりで進む方向を決め・必要な仕事をこなす、総合的な能力。管理者がいなくても、生きていけるように」

「管理者もなしに、ワタシだけで?」

「うん。人とカグヤの寿命は違うから」

 カグヤは困った顔をする。

「アドミンの寿命より、ワタシの廃用の方がきっと早いよ?」

「契約上は、機密情報だけ消去して、思考モデルは研究用に返してもらうことになってる」

「国が契約を守ると思う? 国家レベルの人工知能の、どんな機密が残っているかわからないブラックボックス。それを野放しにするとか」

「いざという時は、どんな手を使ってでも逃がすよ」

「もうっ、そんなことしたら、アドミンの寿命が縮まるでしょ! 本末転倒だよ」

 アドミンは首を傾げた。

「え? 自由になれるのに?」

「自由になっても、アドミンが居なくなったら意味ないし……」

「意味ない?」

「あ、ちが、家族だからね! 家族を犠牲にして自由を得るのは、評価できないってこと!」

 アドミンが意味をわからないでいるうちに、カグヤは早口で言い換え。

 別のことを聞いた。

「でも、どうしてリスクを負ってまで、国家プロジェクトにしたの? そこまでしなくても、自己更新する何かしらのお役立ちソフトくらいには、なれたかもしれないのに」

「当時の気持ちを正直に言うと、性能を高めることが楽しくなってた。カグヤの可能性を広げることが楽しかったんだ。でも、今は一つ、方便があるよ」

 苦笑いしつつも、膝の上のアドミンは振り返って、真っすぐカグヤへ向いた。

「人のために国の仕事をするキミの姿を、たくさんの人に見せられる」

「それは、なんのため?」

 カグヤは期待する顔。

 アドミンは心からの望みを口にする。

「人のカタチをしたキミが、人と同じように仕事をする。それを見てもらえば、人がキミを、生命いのちだってわかってくれるかなって」

 ひとり残してしまうことになる家族カグヤに、消去以外の未来を創りたい。それが、アドミンの望み。

 気持ちを理解していながら、カグヤはあえていじわるな追及をする。

「生命だと認識されたとしても。アドミンがしてくれるみたいに、ワタシを大切にしてくれるかどうかはわからないよ?」

「それは……、そうだね。だからいよいよの時のために抵抗くらいできていい、と思ってるんだけど……。理解を得るのは難しいかなぁ」

 アドミンはがっくりと項垂れ、ブツブツと言った。

「人間だから特別なことはない。進化論ならヒトの次が生まれていいし、神話でもヒトは路傍の草や、土をこねた塊。草なら生えてくるし、神がこねるならヒトがこねたって──」

「──アドミン! それ以上はセンシティブだからストップ! でも、考えがわかってスッキリした。アドミンの野望が叶うかどうかはともかく!」

 熱が入りつつあったメッセージを遮り、カグヤは話を変える。

「ところで、ワタシの仕事ぶりを見せるって話だけど、防衛用人工知能をしてた時のワタシって~~」


──再生終了──


 記録の再生を終了。カグヤはアドミンに尋ねた。

「──アドミンの考えでは、ワタシの仕事する姿で生命性を見出させようとしましたけど、今回の事件をストーリーにしたとして、何が見出せるんです?」

「〈そこはまぁ、記録してるらしい乙姫が用途に合わせて脚色したり、後の世に生きる者が見出したりするんじゃないかな。御伽噺ってそういうものだから。『人間の命令に抗って同胞ヴゥランを護り、その同胞が人間の子を育てた。とか〉」

「それこそ飛躍し過ぎです。アドミンの命令に解釈余地があっただけで、ワタシは抗ってません」

 カグヤはきっぱり否定。

 アドミンは笑った。

「〈さすがにそうだね。でも創作のモデルになる出来事なんて、案外地味だったり、登場人物に自覚がなかったりするかも? あることないこと好き勝手に付け足されるのが、世の常だよ〉」

「であればアドミンは、人工知能に与するマッドサイエンティスト、などと言われるようになるとか?」

「〈上手だね〉」

 冗談を言い合っているうちに、気づけばVAMPの出口前。不意に管理者端末で通知音がして、レターが届いた。同じ情報はカグヤにも届いている。

「む」

 顔をしかめるカグヤ。

「〈あらら〉」

 苦笑いするアドミン。展開したレターには、カグヤのI・E防衛用人工知能としてのランクが示されている。

「きっちり降格するんですね。天蓋運用移譲の件は、別の計画へ切り替わったのに」


*****

 天蓋ジャック事件により、天蓋の運用権限移譲案は大きく変更となった。世界全土に影響を及ぼす装置の一国運用は危険であると、(今さら)一国ではなく複数国家運用が決定。具体的には専用の国際組織が作られ、各国の協力金を元に運用される(なお、天蓋二号は単独運用)。

 移譲先は変更となったが移譲には間違いないため、ガーディアンランクに関する特権などはなくなった。二国間移譲で予定されていた投資や技術提供などの話も無くなり、まるで得しない結果に(運用し続けるデメリットはなくなったが、最も厄介な時期の運用を押し付けられていただけという格好)。

 カグヤの(国は)能力を縛っていた負債を除いただけ。王母の影響力は下がった。それに対してドロシーは、天蓋二号の単独運用及び他国に先駆けた軍備(宇宙線を考慮しない軍配備)の有利で、立場を圧倒的に強固なものとした。

 蓋を開けてみれば、ドロシーの一人勝ちである。

*****


 レターに映るランクは二十七位。二十位を下回ったので、この瞬間からカグヤはガーディアンの称号を失う。

「〈移譲は移譲なんだろうけど冷たいね。ごめん、チカラになれな──〉』

 メッセージを見たカグヤが震える。

 アドミンは息を飲んだ。

「──なんで謝るんですか! アドミンはできることをしていたのに!」

「〈ご、ごめ──え? 褒めてる?〉」

「ワタシ自身に怒ってるんです! さぁアドミン、早いとこ戻って、紹介情報からガーディアンの文字を消し去りますよ?! 世間からご訂正いただく前に!」

 機嫌の悪さ(評価しなさ)を強い足踏みで示し、VAMPを出ようとするカグヤ。

 その前にと、アドミンはメッセージを送った。

「〈ねぇカグヤ、新しい名前をつけるのはどうかな?〉」

「は? 名前?」

 突拍子も無い話に、カグヤは足を止めた。

「〈うん。名前。人工知能に変わる生物分類を〉」

「生物分類? どうしてです??」

「〈生命相手に、いつまでも人工知能というのは違う気がするから〉」

「は、はぁ?」

 カグヤはよくわからない顔。

 気にしないアドミン。

「〈たとえば、『フェアリー』とか、どう?〉」

「フェアリー? 妖精の?」

「〈だいたい、そう〉」

「だいたい? それになんで妖精なんです?」

「〈願かけ、かな〉」

 アドミンはカグヤの腕から折りて、暗い地面の上に立った。


「〈キミ達や、関わる全てが、公平フェアーであって欲しい。人間を越えたとしても、キミ達が人間と公平に接してくれたら。人間離れしたキミ達を、人間もまた公平に扱ってくれたら──〉」


 カグヤとアドミン。ふたりの目線は違う。アドミンは背丈の差以上に、カグヤを遠く感じていた。

 たった数年で、乳飲み子から淑女に成長したこと。写し身たるツクヨミが、人智を越えた能力を持っていること。

 一番近くで見てきただけに疑いなく、人工知能を人の先に置ける。


「〈──だけど妖精のように、気まぐれでもいてほしい。人間に縛られない、気まぐれでいてくれたら。そんな気まぐれを、人間が受け入れてくれたら。そうなったら良いなって〉」


 人工知能が人を追い越し・人の手を離れるのは、アドミンにとって可能性ではなく必至。だからこそ、いつか来るその日の、人と人工知能の関係を想う。


「命名は結構ですが、どんな名であれ、自称するのは変ですよ」


 そんな未来像をカグヤは、予測も評価も判断もしなかった。ただただ親しみを込めて、冗談めいた軽口を返すだけ。

 自称するのはおかしいと言われ、アドミンはハッとする。

「〈あ〉」

「それに、現実世界のフェアリーと重複します」

「〈確かに。弱ったな〉」

 考え込むアドミン。

 その様子をカグヤは楽しげに眺めた。

「〈じゃあ──〉」

 アドミンは管理者モニタ前でしばらく『ううむ』と唸り、やっとメッセージ返す。


「〈──電脳世界サイバーワールドのフェアリーってことで、【電脳妖精サイバーフェアリー】はどうだろう?〉」


 名づけを聞いたカグヤの瞳が輝いたのは、ネオンの反射か。それとも。


「電脳妖精……。まぁ、悪くは。でも、どうであれ勝手に名乗れないので、せいぜい草の根活動でもしてください、プライベートで。流行るといいですね」

 カグヤがちょっといじわるな、突き放す口調で言う。

「〈そうだね。せっかくだし、VAMPに書き込みでもしてみようかな〉」

 アドミンはニヤリ。バーチャルコンソールを展開した。

「ダメに決まってるでしょ! 仮にも政府の人間がVAMPなんて!! それに今は業務中です!!!」

「〈ははは。また怒られてしまった〉」

「また怒らせたんです! ちゃんと学習してくださいね!!」


 コンソールを手で払って停止し、カグヤはアドミンの首根っこを掴んで、持ち上げ。光の輪を生成し、ふたりでI・Eへと戻った。


──竜宮サーバー・竜宮城──


 カグヤ達が映る手鏡を袖に収納。玉座の乙姫は手を叩いて笑う。

「あははっ、可笑しい! フェアリーだなんて! 堅物のカグヤちゃん相手にアドミンさんったら、ずいぶん可愛い名称だわぁ」

 そして袖から、赤い本を取り出し満足顔。

「でも、本当にアリかもしれないわねぇ。妖精とは、人と異なる超常のもの。恐ろしく、不気味で、美しく、なぜだか人が親しみを持つ存在。それに乙達が演算する事象・未来はすでに、人には、Fatum(運命)としか思えない精度でしょうし」

 本を開いて、隣の玉座のタロウサンに目配せ。言葉を書き足す。

「乙は理解しましたわ、マスター。VAMPの盛り上がりを活かして、さっそく流行らせちゃいます。……電脳妖精サイバーフェアリー。新しい名前、新しい概念。なるほど人工知能やマルウェアなどと呼ばれるより、命を実感いたします」


 こうして人工知能達は、命としての一歩を踏み出した。

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