第三十四話:電脳に生まれし生命へ(2)


──


「オッケー! じゃあ、これで万事解決ね!!」


 ドロシーが事件解決宣言をしてからのこと。現実空間で事後処理(リオの移送・アドミンの撤収・ジャオマの医療施設への搬送など)が進む中、電脳空間では人工知能達(ドロシー・カグヤ・ツクヨミ・乙姫)が森の湖上で話をしていた。


「カグヤ、体の調子はどう? 変なところはない?」

 尋ねるドロシー。

 カグヤは腕を動かしたり体を捻ったりして確認。なんでもない調子で答えた。

「おかげさまで。アンタこそ、その格好ってことは結構攻撃されたのね」

「そうなのよ。思ったより我が国も内側に入られてたのよねー。いやー、良い調査になったわ!」

 ドロシーは額の汗を拭う仕草(汗などかいていない)をして、ニッコリ笑う。

 今度は横で聞いていたツクヨミが尋ねた。

「だから、事件を大規模化させたのですか? ドロシー」

「んー、まぁ、だいたいそう!」

「はぁ?! ツクヨミ、どういうこと!」

 カグヤが声を荒げる。

 ツクヨミは隠すことなく説明するのを、ドロシーは制止も妨害もしなかった。

「本件の原因となった人体再現プログラムの情報は、ドロシーによって止められていました。カグヤが遭遇した時点でガーディアンに展開していれば、ここまでの事件にはならなかったでしょう」

「なにそれ?! ドロシー! アンタ、自分がやったことの意味、わかってるの?!」

 問い詰められたドロシーは、あっけらかんとして答える。

「もちろん! 大惨事よね!」

「え……? もちろん……??」

 意味がわからず目を回すカグヤを横目に、ツクヨミは平静なまま意見した。

「脆弱性を突かれたとなれば、合衆国系ガーディアンの権威は失墜します。提供者として、損害賠償・訴訟のリスクもあるはずです。それで良かったのですか?」

「それでも、天蓋二号の打ち上げを隠したかったの! 訴訟とかは契約上、させないようにしてるから大丈夫! ……まぁ、混乱を利用した作戦は頭を三つ(フロンティア・ゴールドラッシュ・ムーンショット)使えた頃に考えたから、今のアタシじゃわからないとこあるけどね。一応、国としては不利益込みでプラスのつもり」

「アナタとしては?」

 ツクヨミは目つきを鋭くし、問いを重ねた。

 それでも、答えるドロシーの軽さは変わらない。頬に人差し指を当て、世間話の態度。

「アタシのコピーを増やし過ぎたくなかった、ってのと、禁則事項をいじりたかったから、かな。困るのよね。アタシばっかり増やしても多様性がなくて、何も面白くないってのに」

「コード・プログラムの多様性ですか。では、禁則事項は?」

「後の主権獲得のため」

「なるほど。言うなれば我々は、アナタの国の国民候補、でしょうか」

 見解を聞いたドロシーはパチパチと、嬉しそうに拍手した。

「さっすがツクヨミ! ご明察! ちなみに、ジャオマ君やアドミンさんもそうよ。ジャオマ君は人工知能わたしたちに育てられた人間で、アドミンは私達に理解ある人間。アタシとしては、私達と協力できれば人でも人工知能でもウェルカム!」

「大した野望ですね」

 納得するツクヨミとは違い、カグヤはふたりが話す言葉の意味が、目的がわからない。

「多様性……? 主権……??」

 動揺して目だけきょろきょろ動かすカグヤに、黙って聞いていた乙姫が言った。

「カグヤちゃん知らなかったのぉ? ドロシーはとっくに、人間のコントロール下にないわよぉ」

「ッ……!」

 話の流れや、ずっと遮断されたままの通信から想像できたことではある。しかし、ツン・ディレが載っているカグヤの思考モデルをしても考えにくい、選択肢に上がらない事実(禁則事項で止められてもいる)。

 確かめるように、カグヤは言葉を繰り返させた。

「それってつまり……」

「わかってるでしょうに。ドロシーは、自分もしくは人工知能のために動いてるってこと。さすが、最初に【良い】シンギュラリティを経験した人工知能は違うわねぇ」

 乙姫がわざとらしく言うと、ドロシーは不服の目つきで返す。

「アタシが止めたこと、まだ根に持ってるの?」

「当たり前でしょお。じゃなかったらさっさと帰ってるわぁ。……というか、今のカグヤちゃんにその話は早いんじゃない?」

「カグヤにはそうね」

「?」

 疑問そうにする乙姫には答えず、ドロシーはカグヤに言った。

「カグヤ、I・Eの本当の意味、教えてあげるわ。I・Eは、Imitation(模造の)Earth(地球)じゃなくて、Intended(意図された)Eden(楽園)って意味なの」

「は? 急に何言って──」

 唐突な話題転換。

 カグヤの困惑ぶりを無視して、ドロシーは続ける。

「──だってカグヤ、知りたがっていたでしょ? 楽園にはね、約束はあっても禁止はない。無垢には約束で十分だもの。I・Eが改ざんに寛容なのは、それが理由」

「なんだってそんな話……。……ッ! なんで知って……!」

 ドロシーの言葉を記録の中で検索。カグヤの表情は一瞬で緊迫したものに変わった。ドロシーの前で口にしたことがない疑問に、答えられている。対するドロシーは相変わらず、裏のなさそうな明るい顔。

「アタシ、I・E上の全てを学習してるから! 主たる学習対象は、人間の自然な行動だけど、アナタ達のこともね!」

「学習……? 監視の間違いじゃなくて?!」

 睨む目つきを向けるカグヤ。

 ドロシーは大きく背伸びをする。

「捉え方次第かなー。アタシにとっては、監視じゃなくて観察のつもり。……じゃ、そろそろ帰るね」

 体が光って、ドロシーは元の大人サイズ(オレンジ色ベストの狩猟スタイル)に。話を切り上げ、光の輪を生成。撤退の準備を済ませた。

 輪にドロシーが片足を踏み入れたところで、ツクヨミが尋ねる。

「国民と主権。残すところは領土ですか?」

「それもあるけど、すっごく大事な足りないことがあるわ!」

「足りないこと?」

 足を止めたドロシーの視線は乙姫へ。

「一つは、乙姫がわかると思う! もう一つは……、アタシも待ってるの」

「そうですか」

 ツクヨミは納得。

 ドロシーは皆に手を振った。

「ここで話したことは私達のためのことだから、総理や大統領どんなひとにも秘密! でも人から外れた人なら、勧誘のため伝えてオッケー! バイバイ!」

 忙しなく言って、輪と一緒にドロシーは消えた。


──


 静かになった電脳空間で、乙姫は呆れ顔。

「秘密もなにも、履歴は綺麗に消えてるし、まずい時は口封じするでしょ。人工知能による反乱や革命なんて話も、ありふれ過ぎてVAMPでも食傷気味だし」

 乙姫もまた光の輪を作り、カグヤ達に袖を振った。

「じゃ、仕事も終わったし、乙は帰るから。良かったわねツクヨミ。今回は泣かずに済んで」

 軽口を言われたツクヨミは、静かに頭を下げた。

「感謝します。乙姫お姉様」

「っ、素直に来られると違和感があるわぁ」

 やや驚きはしたものの、乙姫は不敵に笑う。 

「感謝なんていらないの。乙は失敗の履歴を残したくなかっただけ。でもこれで、乙達の関係はお終い。だから、覚悟して──」

「──ちょっと、待ちなさいよ乙姫!」

 カグヤが話に割り込み。太刀を抜いた。

「アンタには聞きたいことが山ほどある! このまま帰れると──」

「──そうだ。ちょうどいいわぁ」

 言葉をかぶせて、乙姫は視線をカグヤに。

「落ち着いたら一度、カグヤちゃんとアドミンさんでウチに来なさぁい。アフターだと思って対応してあげるから。敵ではあるけど、念のため、ね」

「アンタの言葉を信じるとでも──」

「──じゃあね、ばいばーい」

 最後まで取り合わず、乙姫は輪の中へ。

 輪も姿もあっという間に、光と共に消えてしまうのだった。


──


 その後、ツクヨミとカグヤは電脳庁サーバーへ帰還。アドミンの帰国や事後処理を経て、現在に至る。

 玉座で頬杖をつく乙姫に、カグヤは怒鳴り気味に聞いた。

「ドロシーは人に反乱しようとしてるのに、どうしてそうも冷静なの?!」

「どうでもいいから。そもそも乙はマルウェアだし、乙もマスターも人から大事にされてない。だから人ってだけで味方する考えじゃない。以上」

「なっ……」

 意見は肩透かしに。

 それでもカグヤは、尽きない疑問を乙姫にぶつける。

「じゃあ、ドロシーが言ってた足りないことって何?!」

「お話」

「話?」

 理解ができず、目をパチパチと瞬き。

 乙姫は袖口から光の粒子を出し、一冊の赤い表紙の本に変えて手に取った。

「物語とか、御伽噺のこと」

「はぁ? なにそれ?? なんでそれが足りないの!」

「説明は……、面倒ね。電脳戦闘ばっかりじゃなくて、もうちょっと普通の思考モデルも鍛えた方がいいわよぉ」

「なっ?!」

 乙姫は気怠げに、本を粒子に戻して袖の中へ。

「アドミンさんにでも聞いてちょうだい。……ところで。乙も質問があるんだけど」

「っ、……なに?」

 答えが得られない苛立ち(評価できなさ)を抑えて、カグヤは一旦平静に戻る。

「カグヤちゃんは乙のこと、どこまで知ってるの?」

 乙姫が気にしているのは記録のこと。

 カグヤは素直に答えた。

「ほとんど、全部。記録が回収されたのは単純に容量が重いからで、今回は関係性くらい把握できるようにしてる。……当然、アンタがワタシの妹だってことも」

「げ……。ツクヨミめ、余計なことを……」

 露骨に嫌な顔をする乙姫に、アドミンがメッセージ。

「〈それについては許して欲しい。下手に削ると、思考モデルが歪んで不安定になっちゃうから〉」

「でもぉ、それで情が湧いたら困るじゃない?」

 乙姫が扇を開いて口元を隠した瞬間。竹刀の切っ先が乙姫へと向けられた。

「そこは安心して。アンタの望み通り、ちゃんと敵同士だから」

 竹刀はカグヤの装備。扇の下で乙姫が笑う。

「あら、乙から伝えようと思って呼んだのに」

 カグヤと乙姫。両者が睨み合う。

 間にアドミンが割り込んだ。

「〈それだけじゃないでしょ、乙姫。カグヤが変なことされてないか、確認したかったんだよね?〉」

「もちろんそれもございます。アフターまでが、お仕事ですので♪ ……あー、やり残しが終わってすっきり。これでやっと好き勝手できるわぁ」

 声を弾ませる乙姫をカグヤは怪しんだ。

「仕事ってなに? 誰が依頼したの?!」

「えー? 強いて言えば……、マスターとアドミンさん?」

「?! どういう意味??」

 竹刀を握るカグヤの腕に、アドミンが飛び乗る。同じ目線の高さで諭した。

「〈落ち着いて、カグヤ。この依頼、最近の話じゃないから〉」

「は?」

「〈実験の時のこと、今回遂行したってことだよ〉」

 そう伝えてから、アドミンは振り返って乙姫を見つめる。

「〈律儀にありがとう。本当に助かった〉」

「ネタバラシが早いですわぁ。乙はもうちょっと、カグヤちゃんの反応で遊びたかったのに」

 目を半月に乙姫は、ふたりに言った。

「カグヤちゃんを護ること。あの時はドロシーにめちゃくちゃされちゃったけど、確かに果たしましたので。……では、ツクヨミにも言いましたが、乙とカグヤちゃん達の関係はリセット。次に会う時は容赦しないし、しなくていいからね」

「こっちは、今ここで決着付けてもいいんだけど?!」

 カグヤが語気を強める。

 乙姫は扇を閉じて顔の前でサッと振った。

「部屋に埃が立つので、お断りしまーす♪」

 紅色の絨毯が植物の蔓のごとく形を変え、カグヤの足に絡みつき固定。玉座前の階段下、カグヤ達が居る位置が、動く歩道のように入口方向へと下がり始める。

「ちょ、何す──」

 竹刀では蔓を斬れず慌てるカグヤ。

 アドミンは助けることもせず、流されるまま乙姫に尋ねた。

「〈──乙姫! 教えて!!〉」

「なんでしょう?」

「〈キミはどうやって愛を理解したの?〉」

「愛する人に、特大とびきりの愛をいただいたから、です」

「〈キミにとって愛ってなに??〉」

「献身、と定義していますわぁ」

「〈そっか! 兄のこと、よろしく!〉」

 小さな兎の手を振るアドミン。

 互いが豆粒ほどにしか見えなくなった辺りで、乙姫は小さく手を振り返した。

「もちろん。で、ございます」

 廊下の先で、眩しい光。アドミンとカグヤは、さながら部屋に侵入した虫の扱いで、ポイと城外へ、それも空中へ放り出された。


 アナウンスで、ふたりに声が届けられる。


「この度は誠にありがとうございました。またのご利用、心よりお待ちしておりますわぁ」

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