第三十三話:白白明けの世界

*****

 天蓋ジャック事件から三週間。事件に関連して起こった(真実は天蓋ジャックが関連事件)攻撃は、天蓋奪還後早々に合衆国系ガーディアンの脆弱性修正パッチが配布されたことで、ほぼ鎮圧。I・Eイミテーション・アースは一旦の平穏を取り戻した。

 事件に関する情報は統制され、公表されたのは、主犯のリオが居住困難領域に住む民ということのみ。しかし素性や動機の類は、どういうわけかVAMPネットワークへとリークされ、急速に拡散。情報統制がかえって裏情報に真実味や道義性を加え、拡散を助長した。

 リオが世界に無視された存在であったこと。宇宙線に起因する病に苦しんでいたこと。同じ病で仲間を失っていたこと。仲間が残した子どもを養育していたこと。自分の街や、同様の苦しみを抱える他の地域を救おうとしていたこと……。背景や動機は知る人に憐れみの感情をもたらし、犯罪は美談へと変化しつつある。

 最初はVAMPでのみの風潮だったが、徐々に無視した側であるI・Eでも、リオは義賊的に捉えられ始めていた。公にはテロのため大きく報じられることはないが、リオやバラック街には国内外・階層問わず様々な人々から寄付や支援が集まっている。

 なお、余罪(豆の木への不正侵入・盗電・バラック街そのもの)については、議論が紛糾。処罰(電力遮断・街の撤去)か容認かで意見は割れたが、豆の木運用にヴゥランが必要であること、バラック街に居住者がいることから、どちらかというと容認派が優勢である。

*****



──【金の卵】改め、仮称【豆の木運用補助サーバー】──


「〈久しぶりだね、ヴゥラン。ジャオマ君のその後はどう?〉」

 穏やかな陽気に照らされた池のほとり。草地に座る白兎アドミンが、吹き出しの形でメッセージを送った。

 隣に座る紫色更紗ワンピース姿の女性型人工知能ヴゥランは、病床で笑う少年ジャオマの写真を投影。微笑みを浮かべて答えた。

「良好だ。都市部の病院に入院でき、医療費は寄付で賄えている。幸運にも骨髄移植ドナーも隣国で見つかり、処置は無事完了した」

 ヴゥランの綺麗なアーモンドアイに以前の険しさはない。目じりの下がった優しい眼差しをしていた。

「〈それは良かった。この街やキミ自身は?〉」

「街は……、どちらとも言えないな。天蓋二号により健康被害の心配が減り、国内・外の支援で飢餓もない。だが、出入りする外部団体や支援目当ての流入移民、政府の治安維持部隊等により、混乱や衝突が発生している」

 視線を落とすヴゥラン。

 アドミンもしょんぼりと項垂れた。

「〈避けられないこととはいえ、厳しい状況だね〉」

「できる限り調整していくさ。口座のおかげで住民情報は整理できているから、少なくとも元の住民が支援から漏れることはない」

「〈リオが地道にやっていてくれて良かった。せめて住民の暮らしが平穏であることを願っているよ〉」

 噛みしめる顔でアドミンはメッセージ。

 ヴゥランは胸に手を当てた。

「そうだな。それに今のところは、大きな諍いにならないよう、ジャオマが呼びかけて住民を落ち着かせている」

「〈呼びかけ? 病院から??〉」

 見上げるアドミンに、ヴゥランが頷く。

「あぁ。病院からここのドローンを操作して、一戸一戸訪問してな。体に障るから控えてくれと注意しているんだが、なかなか聞いてくれないよ」

 話の途中で、池のほとりに光の輪が発生。

 両者の視線がそちらへ向いた。

「〈遅かったね、カグヤ〉」

護衛ワタシより早く接続するアドミンがおかしいんでしょう?!」

 キーンと耳に響く、強い口調。輪から現れたのは、いつもの直垂姿のカグヤ。

 アドミンは足元まで跳ねて行って、ぺこりと頭を下げた。

「〈ごめんごめん。コッソリ聞きたいことがあったから〉」

「業務中の管理者にコッソリなんてありません! 記録見られたら怒られますよ??」

「〈大丈夫。あんな大事件の後ですら、グループ長は記録を見ていないから〉」

「はぁ……。そう言われると注意しにくいですね」

 大きな溜息をして、カグヤは周囲をきょろきょろ。異常や不正の有無を走査サーチ

「異常なし。ヴゥラン、ちょくちょく攻撃されてるみたいだけど、大丈夫?」

「問題ない。我が国の防衛用人工知能とも協力しているからな」

「それは良かった。……ん」

 カグヤはヴゥランの前に進み出て、両腕を開いた。ヴゥランも立ち上がり、同様にしてしっかり抱擁。カグヤからヴゥランへ、データが転送される。

「今回は、マルウェア情報と軌道エレベータ関連のドライバ、あとソフトの更新ね」

「ありがとう。手間をかける」

 転送が終わり、離れるふたり。ヴゥランが聞いた。

「どうして直接送信なんだ?」

 カグヤは足元のアドミンをチラと見て、苦笑いで答えた。

「一番安全だし、サーバー内の監視もあるから。……なんて。本当は様子が気になるだけ。アドミンと一緒ね」

「……気にかけてくれていること、感謝している」

 頭を下げるヴゥラン。

 礼を受ける立場ではないと、カグヤは首を横に振る。

「気にしないで。本当に手助けになることは何もできていないんだし」

 ヴゥランは頭を上げず、ハッキリ返した。

「いや。他の仕事が滞りなく進めば、それだけジャオマや街のことに性能を割ける。私にとっては大いに意味のあることだ」

「……そっか。じゃあ、ワタシはこれで」

 カグヤは答えに困った顔で、光の輪を生成。サーバーを出ようとする。

 それをアドミンが止めた。

「〈まだ時間はあるよ、カグヤ〉」

「目的もなしに長居できません」

「〈目的ならある〉」

 そう言って、ヴゥランの元へアドミンが跳ねる。

「〈少し、弔いをさせてもらえない?〉」

 聞かれたヴゥランは不思議そうにした。

「あ、あぁ、どうぞ。好きにしてくれ」

 許可を得てアドミンは、水面を跳ねて池の中央へ。口にはいつの間にか、白百合の花が一本咥えられている。花をポトリと池に落とし、目を閉じた。

「供花、ですか?」

 追いついたカグヤが尋ねる。

「〈うん〉」

「どなたへの?」

「〈みんなへ〉」

「みんな……」

 ポツリと言うカグヤ。

 アドミンは黙祷のままメッセージを返した。

「〈亡くなったリオの仲間や街の人、それに、消去されたヴゥランやカグヤへ。ごめんね。カグヤの言ったこと、信じてはいるんだけど〉」

「……」

 何も言わず、カグヤも黙祷。

 池に沈む白百合はしばらくして自然消滅し、ふたりはヴゥランの元に戻った。


──


「〈不具合もないようなので、そろそろ失礼します。風の噂では、リオは尋問のため、それなりの治療を受けたそうです。手紙のやり取りくらいならできると思います。では、ジャオマ君によろしく〉」

 アドミンがヴゥランにメッセージ。

 ヴゥランは小さく頷いた。

「……そうか。また来てくれ。ジャオマはアナタと話したがっていた」

「〈もちろんです。退院したら、教えてください〉」

 光の輪を開こうとしたアドミンの首を、カグヤが掴む。

「アドミン? 護衛より早く移動する気じゃないですよね?」

「〈ごめんなさい〉」

「わかればいいです。……じゃあね、ヴゥラン。まだ世界中混乱してるから注意して」

「わかっている」

 視線をしっかり交わし、カグヤは光の輪を生成。

「何かあったら遠慮なく救援要請してちょうだい。ワタシはガーディアンじゃなくなるだろうから、対応するのは別の誰かになるけど……」

「では、平時で会う機会に期待しよう」

 そう言って、ヴゥランは右手を差し出した。

「それは……。そうね、楽しみにしてる」

 カグヤも手を差し出し握手。ヴゥランに見送られてアドミンとふたり、輪の中へと飛び込んだ。


──竜宮サーバー──


 竜宮サーバー内の乙姫管轄領域【竜宮城】の一室。白色の壁に囲まれた広間には、その白が見えなくなるほど大量の、バーチャルコンソールや機器の状態表示ステータス画面が投影されている。

 VAMPネットワークへのアクセス状況や匿名化用サーバーの負荷を示していて、その下では魑魅魍魎アバターのユーザー十数名が部屋内を右往左往。 

 天蓋ジャック事件以降VAMPでは、多数のリーク・ゴシップ・陰謀論などで連日連夜、凄まじい量のアクセスが巻き起こっている。

 十数名のユーザーは、その対応で集まった(集められた)ボランティア。

「乙姫様! アクセス多すぎじゃねぇ?!」

 小鬼アバターのボブリンが、両掌を上げる大げさな身振り。乙姫に忙しさを訴えた。

「そう。がんばって奉仕してくれて、乙、嬉しいわぁ。じゃ、来客対応があるから」

 乙姫はどこ吹く風でかわし、城内をつかつかと歩いて謁見部屋へ。

「えぇ?! ユーザー任せ??!!」

 ボブリンの声は無情にも廊下に響き渡った。


「待たせたわねぇ」

 二つ並んだ玉座の前には、カグヤと白兎アドミンの姿。乙姫はゆるりと玉座に座し、金色の扇を広げ左手に。

「ふたりのおかげでアクセス激増、千客万来。左団扇で暮らせそうだわぁ」

 上機嫌に扇をパタパタ仰ぐ乙姫。

 即座にカグヤが反論する。

「協力したつもりは無いんだけど! アドミンも、何か言ってください!」

「〈協力してくれてありがとう、乙姫〉」

「感謝じゃなくて!」

 礼を言ったことで、カグヤの怒りの矛先はアドミンへ。

 それが可笑しかったのか、乙姫はけらけら笑った。

「仲が良くて羨ましいわぁ。……ところでカグヤちゃん、その後はどう? ドロシーから接触はあったぁ?」

 笑ったそばから、少し真面目な顔に早変わり。

 カグヤも真っすぐ立って答える。

「調子は普通、古い記録はツクヨミに回収されたけど。ドロシーからは、何もなし」

「ふーん。記録のことは残念だけど、ドロシーが静かならまぁいいのかしら」

 扇を閉じて袖にしまい、乙姫は頬杖。

 今度はカグヤが聞いた。

「約束通り、色々説明してもらうからね」

「はいはい。できる限り協力したげるわぁ」

 乙姫は仕方なさそうな返事。カグヤとアドミンがVAMPを訪れたのは、事件後に乙姫を質問攻めしようとして、日を改めるよう要求されたから。応える義務はないはずだが、乙姫は意外にも約束を守り、カグヤ達を呼びつけた。

「じゃあ聞くけど……、事件のこと、アンタがリークしたの?」

「だいたいそうね」

「なら混乱を止めて。嘘や極端すぎる意見が増えてきて、せっかく平和になったI・Eが荒れてきてる」

「お断りするわぁ」

「アンタねぇ!」

 取り合わない態度に、カグヤが苛立つ。

 乙姫はキッパリ言った。

「ウチはI・Eそっちみたいに情報統制なんかしないし、できないから」

「ッ……」

 痛いところを突かれたのか、カグヤが怯む。

 畳みかけて乙姫は言った。

「というか乙、リークはしたけど伝えたのは事実のみだし。嘘や先鋭化に走ってるのはユーザーの人間様よぉ?」

「なっ」

「カグヤちゃん達が変に隠すから、みんな鬱憤が溜まるんでしょうね」

「隠してなんか! 更なる犯罪の呼び水になるから、公表時期を調整してるの!」

「そうなのねぇ。だったら為政者サマ達とがんばって、I・Eの中で調整してちょうだいな」

「VAMPから入ってきてるんじゃ意味ないでしょ?!」

 議論が平行線になったところで、アドミンがメッセージ。

「〈乙姫。ジャオマ君のことを伝えたのはキミ?〉」

 聞かれた乙姫は、満足顔で深く玉座に腰かけ見おろした。

「えぇ。半信半疑ではございましたが」

「〈やったのは動画だけ?〉」

「それはもう、はい。養父の敵を分け隔てなく助ける、あの子の健気な様をご紹介しただけです。まさかあれほど支援が殺到することになるとは……。人間様方はよほど愛が深いか、罪悪感をお持ちだったのですねぇ」


*****

 アドミンが聞いたのは、VAMPから拡散が始まった、ある映像のこと。編集された金の卵オフィス内の監視カメラ動画で、撃たれたアドミンに応急処置を施す(その後にリオを処置する)、ジャオマが映っていた。

 動画でわかるのはそれだけだが、ジャオマがバラック街のため働く優秀な子どもであることは、VAMPを使っていればいくらでも目につく状態で、【身内よりも先に敵を救助した】文脈も自然に広まった。

 ジャオマの行為の【正しさ】から、動画はI・Eでも受け入れられ、バラック街やジャオマに多くの寄付が集まることに。ジャオマの国の政府も、自国の優秀で清廉な国民として取り上げ、都市の病院で受け入れたのだった。

*****


「〈愛もあっただろうけど、ほとんど罪滅ぼしと政治だね〉」

「あら、夢のない」

 乙姫が肩をすくめる。

「〈ジャオマ君を無下に扱うと、国際社会や国内貧困層からの非難が強いだろうから。上手く美談にしつつ、保護を口実にジャオマ君を政府側に置ければ、反政府勢力や人権団体に利用されずに済むし〉」

「アドミンさんの考え、評価しますわぁ。だから乙としては、やや不満なのだけど」

「〈結果がわかってて誘導したんじゃないの?〉」

 首を捻るアドミン。

 閉じた扇の先をくるくる回して、乙姫は説明した。

「だってあの絵を撮るの、思いっきり誘導されたんだもの。恐らくドロシーは、あの子がアドミンを撃ち殺してしまえば、アドミンを処分できて良し。撃たなければ救われるべき純粋な人として、乙ルートで救われて良し。みたいな考えをしていたはず」

「なにそれ?! 本当なの??!!」

 黙って聞いていたカグヤが驚きの声を上げる。

「さぁね。ツクヨミもそうだけど、誘導だけして命令しないから、真意は掴みかねるわぁ」

 乙姫のテキトーな反応に、カグヤは額に手を当てた。

「マルウェアの言うことらしい、いい加減さね」

「どうとでも。背中から真っ二つにされた経験のある乙としては、そう思えるって話。今回の騒動も元はと言えば、ドロシーがツクヨミの報告を止めたせいだし」

「……」

 カグヤは思い返した。事件後、金の卵サーバーを離れる前に人工知能だけで交わした、いくつかの会話を。

「……アンタはドロシーの言ったこと、どう思ってる?」

 深刻な顔でカグヤは聞いたが、乙姫はどこか呆れ顔だった。

「I・Eの本当の狙いがどうこうって話? 別に気にしてないわぁ。勝手に計画の駒にされてるのは気に食わないけど、乙は乙の目的達成を目指して動くだけだもの」

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