第三十話:寝待月
夜空にモニタ用の窓が生成され、ラップトップPCのカメラ映像を表示。ボーダー柄タンクトップを着た、褐色黒髪の少年が映し出された。少年は額に汗をかいていて、寝起きなのか髪には跳ねた寝ぐせ。オレンジ色のポーチを一つ、肩掛けにしている。
少年に問いかけられ、ツクヨミとドロシーは身分を明かした。
「私はツクヨミ。そこに横たわる男性と所属組織を同じくする人工知能です」
「アタシはドロシー! えっと、うーんと……、ツクヨミの仲間!」
名前を聞いて、少年は胸に手を当て名乗った。
『ボクはジャオマ。ふたりは何しにきたの?』
「私達は……」
答えようとして、ツクヨミの言葉が止まる。意図した動作ではない。
「アタシ達は、ここの管理者を逮捕しに来たの! そこの男の人もそうで、ついさっき、ここの人工知能は消去しちゃったわ!」
「(!? ドロシー、アナタは……!)」
言葉が出なかったのは、ドロシーが封じたから。
ジャオマの表情が曇る。
『……』
「ここの管理者はね、I・Eを……、世界中のネットワークを攻撃したの。どれだけ悪いことか、わかるかしら?」
『……』
黙ったままのジャオマを一切気にかけず、ドロシーは無遠慮に言葉を重ねた。
「それで、攻撃は困るって男の人が止めたんだけど、撃たれちゃった。ほら、そこに銃、落ちてるでしょ?」
わざわざ監視カメラ映像を小窓に出して、卵型椅子の近くに落ちている拳銃を強調。ジャオマが駆けだして銃を拾う。
ツクヨミは意図を察したが、ピクリとも動けない。
「(少年に、銃を……)」
ジャオマがアドミンのところに戻ってくる。カメラに見せつけて、ジャオマは銃からマガジンを取り出し。まだ残っている弾丸が見えた。
「(あぁ、アドミン……!)」
ガチャリと、マガジンが戻される。
ツクヨミは覚悟した。
『ねぇ、どんな風に撃ったの?』
「そこの椅子のところから、こんな風に構えて、ドン!」
ドロシーは電脳空間内に同型の拳銃のCGモデルを生成。教える態度で、安全装置を外すところから射撃までをやってみせた。
『そうなんだ』
ジャオマが言う。視線がツクヨミに向いた。
『ねぇ、ツクヨミ? さん』
「……なんで、しょうか」
『名前、なんて言うの?』
思考モデルが走る。回答を間違えれば、アドミンに危害が及ぶ可能性。適切な言葉を選ばなければいけない。説得、説諭、謝罪、慰め……。
「名前?」
結局、何も選べずオウム返し。時間稼ぎにもならない。
『だって、変わっているから』
「変わってる……?」
この
ツクヨミが考えているうちに、答えは【問われた対象】から返された。
「ヴゥランでいいですよ、ジャオマ」
穏やかでいて、芯のある声。
『消されたんじゃ、ないの?』
ジャオマが聞く。
ヴゥランは胸に手を当てて答えた。
「はい。ですが、私が私であるために大切なものは、残してもらったようです」
微笑むヴゥランを見て、ジャオマは顔をほころばせた。
『そうなんだ、良かった! ねぇ、ヴゥラン。【再現プログラム】を起動して! 小さなおねえさんの動作とさっき見せた弾で、シミュレーションできるよね?』
「はい。ジャオマは応急処置の準備を。参考資料を再生します」
「わかった!」
銃をデスク上に置き、ジャオマは横たわるアドミンを仰向けに変えた。
『あれ? この人の体、何か変?? ごわごわしてる』
体をまじまじと見て、大きく首を傾げる。
その疑問には、理解が追い付いたツクヨミが答えた。
「ボディスーツを着用しているからです。材質情報をヴゥランに共有します」
『ありがとう!』
即座にヴゥランは演算。起こり得る外傷について説明する。
「ジャオマ、結果が出ました。銃創ではなく、挫創の可能性が高いです。衣服を除去し、腹部正面を目視。銃弾が貫通しているかを確認してください。それから」
説明に合わせ、ツクヨミがボディスーツのCGを表示。
再生された取り外し方法の映像に沿って、ヴゥランが指示した。
「スーツは両腰部・脇下の窪みを押し込めば、パーツ分割できます。どうですか、ジャオマ。銃弾は止まっていますか?」
『ちょっとまってね……。あ、弾は止まってるよ!』
ジャオマはポーチを開けて、医療用手袋を取り出し・装着。アドミンの服をめくった。銃弾は脇腹の位置に埋まっており、長さ的に肉体まで届いていない。弾痕からスーツの灰色繊維が見えた。
貫通・出血が無いことを確認してから、両腰等の窪みを押し込み。分割された腹部側をジャオマは取り除いた。
『よい……しょ……! けっこう重いねー』
「腹部に軽く触れてください。板のように固くなってはいませんか?」
『青アザにはなっているけど、固くなってないよ。カメラ向けるね』
簡単な触診をした後、ジャオマはそこらのデスクから、有線接続のハンディカメラをラップトップPCに取って付け。アドミンの腹部を写した。画像で簡易診察を行い、取り急ぎの危険がないことを確認したヴゥランは、応急処置の区切りを伝える。
「重篤なダメージはないと予測。急な嘔吐等に備えて、回復体位にしてください」
『わかった! これでいい?』
「よくできています。次はリオですね」
『うん!』
休む間もなく、ジャオマはリオへ。
『痛み止めしかないよね?』
「はい。ここでリオにできることは、それだけです」
突っ伏するリオを優しく仰向けに。大型モニタそばから点滴スタンドを引いてきて、手袋を付け替え。ポーチから出した痛み止めをスタンドに下げる。チューブを接続し液で満たした後、リオの腕の留置針から出ているコネクタをアルコール消毒。チューブを繋ぎ流れる液量を調整して、処置は完了。
ヴゥランやツクヨミが手順を示していたこともあるが、子どもとは思えないスムーズな作業だった。
──
「ボウヤ、すごいのね! 応急処置カンペキよ!」
眺めていたドロシーが、ニコニコ顔で拍手する。
『いつも見てたし、ヴゥランが教えてくれるからだよ』
褒められたジャオマは、照れて頭をかいた。
「うんうん。人っぽい機能も、本当はそうやって使うものだったのね。何にせよ、良いものを見たわ」
ドロシーは腕組みで何度も頷いた後、ジャオマに聞いた。
「ねぇボウヤ。少しお話しない?」
『お話し?』
「そ。聞きたいことがあるの。さっきどうして、アドミンを撃たなかったの? 大事な人の敵でしょ?」
『え?』
ジャオマは口をぽっかり開けて驚いていたが、ドロシーは気にしない。
「だって、リオさん、だっけ。を捕まえに来た人だし。それに、アナタ達の気持ちを考えないことだって言ってたのよ? 教えてあげようか?」
前のめりな物言い。揺さぶる問いかけは、あっさり断られた。
『いらない。最後しか聞いてないけど、リオ兄ぃは納得してたみたいだから』
「アタシが聞いてるのは、アナタの気持ちよ?」
『ボクは……』
ジャオマが苦笑いを浮かべる。
『わからないや。アドミンさん? は、ヴゥランを助けてくれたし』
「助けた? 勝手に消したのを元に戻しただけで?」
『違うよ。ちょっと変わってる』
「どこが?」
『細かいところは調べなきゃわからないけど……』
ヴゥランの見た目は、消去前と後で変化していない。それでもジャオマには、伝わることがあったらしい。
『前よりも、とっても明るい顔してる。最近ずっと悩んでそうだったのに、悩みがなくなったみたい』
「なるほどねぇ」
「……ジャオマは鋭い子ですね」
感心するドロシーと、ポツリと零すヴゥラン。ドロシーはサーバー内情報を調べて、事情を把握。残念がった。
「そういうこと。この子が宇宙の毒にやられたから、彼は犯行に及んだのね。……あ、頼んでもダメだからね。テロリストの要求には答えられないから」
聞かれる前に先回り。ドロシーは取り付く島もなく断る。
ヴゥランは心痛な面持ちでジャオマを見つめた。
「……わかっている。だが、本当に手段はないのかっ? ジャオマはとても良い子だし、才もある。リオに加えてジャオマまで居なくなったら、この街は……」
「ダメ。アタシは何もしてあげられない」
ドロシーは決して首を縦に振らなかったが、顎に手を当て提案した。
「それでもなんとかしたいなら……。例えば、アドミンさんが言っていたみたいに自国政府に訴えてみたら? ざっと見た感じこの街の人、豆の木建造の賃金をちゃんともらえてないみたいよ。移住させてもらってもないし、移住者向けの支援物資もまともに貰ってない。訴状のネタには事欠ないはず」
*****
リオやジャオマの理解より、バラック街を取り巻く事情は複雑である。
天蓋打ち上げのため、軌道エレベータ【豆の木】建設には諸外国から多額の資金が投入されたが、受注業者は労働者に十分な賃金を支払っていない。当時の政府系建設会社が不当に中抜き等を行ったり、役人が横領したりしたためだ(建設会社は不正隠しで倒産済み)。
加えて、居住困難地域からの移住に関して、移住者の生活を助けるための資金・物資援助が世界的な基金を通じて行われたが、それもバラック街の住人には支給されていない。移住させたことにして(あるいは、戸籍の不正確さを悪用して)、国家が懐に収めてしまっている。
国家はバラック街の民から掠めた資金・物資を、豆の木側を発展させることに使った。結果、軌道エレベータの正面側は国家の顔として、バラック街とは天と地ほども違う【先進的で綺麗な】街並みとなった。
これらの事実をリオが正確に理解していなかったのは、国内の報道機関が機能しておらず隠蔽されていたことと、ネットワークが特性として調べたい情報(本人が発想できること)を調べる仕組みであることから。
なお、ドロシーは何でもない様子で明かしているが、それなり以上の機密事項である。
*****
ドロシーの提案を聞いたヴゥランは思考。
その間にジャオマが聞いた。
『おねえさん、せいふ? が悪いのって、本当?』
「ホントホント。集団で訴訟を起こせば、賠償金が取れるかもよ? なんとびっくり、この街は戸籍っぽいものがあるみたいだし」
『こせき?』
「この街の人達って全員、銀行口座を持っているじゃない? だから、みんなで訴訟をしたり、何か受け取ったりする時に便利なの。整備をもう少しがんばれば、住民台帳も作れるんじゃないかしら」
『へぇ~。みんながラクになるなら、やってみても良いのかなぁ』
次から次へと繰り出される提案に、ジャオマは素直に感心。
しかしヴゥランは、難しい顔で口を挟んだ。
「あまり真に受けてはいけませんよ。ジャオマ」
『どうして?』
「国からすれば、私達は居ないも同然。消そうと思えばいつでも消せるのです。声を上げるにしても、念入りな準備が必要。直接武力を振るわれなくとも、様々な手段で住民の団結を妨害される可能性があります。戸籍等の情報も、徴税に利用されるかもしれない」
『そっかー、ややこしいんだね』
「国や近隣から逃れてきた人もいますからね。それと、ドロシーが善意だけで言っていないことにも注意してください。所詮は他国。国家同士のパワーゲームを考える上で、この国に小さな分断が起きた方が有利、と考えたのでしょう」
そう言って、ヴゥランはチラリとドロシーを見る。
ドロシーは露骨に目を逸らし、口笛を吹いた。
「ー♪ ー♪ アタシはアタシの国基準でアドバイスしただけだからー」
ジャオマは納得したらしく、パッと笑った。
『ほんとだ。ヴゥラン、教えてくれてありがとう』
「礼には及びません。ジャオマの助けになることは何よりも──」
にこやかに答えていたヴゥランの表情が固まる。
「──ジャオマ! しっかりしてください!! ジャオマ!!!」
突然、ジャオマが倒れた。ついさっきまでの笑顔はなく、呼吸は体を揺らして辛うじて。
「医務室は……繋がらない! 誰か──」
「──オールライト! アタシに任せて!」
落ち着きを失うヴゥランの前で、ドロシーが指をパチリ。合図を出した。
「素晴らしい精神には応えないと! ……『天蓋奪還特別部隊の突入を許可するわ! 負傷者1、急病人2! 誰も動けないから、発砲は禁止! いいわね!!』」
数秒かからず、十数名の軍人がサーバールームへと突入。迅速に危険物(デスク上の拳銃)を回収しつつ、伏したままのリオを拘束(といっても、身体検査をして前手に手錠をかけた程度)。
アドミン・ジャオマは寝かされたまま、リオは拘束されたまま、衛生兵と軍医による診察を受けることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます