第二十八話:責任(2)
──『リオ、ヴゥラン。キミ達は虎の──龍の尾を踏んだ。だからキミ達を、処分しなきゃいけない。まずはヴゥランに、ここで消えてもらう』──
龍の尾。アドミンがそう表現したことが何か。修復プログラムに同梱された走り書きの作戦概要と、太刀用の拡張プログラムで理解できた。金の卵のセキュリティシステムを通して、【龍】の降臨が近いことも。
監視カメラ映像は、角度の関係で決定的な部分が見えず。アドミンを問い質すべきかもしれない。優先順位の判断で思考モデルが混乱する。
だけど。作戦目標、アドミンの想い、ワタシの使命。全てを達成する最適解は──。
「──わかりました。準備します」
『ごめんね、カグヤ。キミに手を下させてしまって』
「謝らないでください。他に有効な選択肢はありません」
『作戦の責任は、指示した
「ならば、行動の責任はワタシに」
『カグヤ……』
太刀を抜く。ヴゥランと目が合った。真っすぐな視線だった。
「斬るか」
「はい。でも、これには事情が──」
「──言わなくていい。貴様らには貴様らの事情があるだろうし、私達はリスクを承知で尾を踏んだ。……ですよね、リオ?」
ヴゥランは、自身が消去されることを理解していた。抵抗する素振りはなく、受け入れている。
問いかけからちょっとして、サーバー内に声が届いた。翻訳をかけて聞く。
『……ヴゥラン、アドミンと出会っていなかったら、今回の攻撃は成功していたか?』
モニタする人物に、ヴゥランは即答。
「いいえ」
『なぜだ。天蓋はいつでも落とせていた』
「リオの考える成功は、天蓋を落とすことではありません。大切な人、虐げられている人を護ることです」
『……。……だったら、成功するはずがないか』
逡巡の間があって、声が続ける。
『アドミンの言葉、どう解釈した?』
「いかにも安全圏からの物言いらしい、説得力に欠ける言葉でした。日々の食事、健康な体、学び、安らかな眠り……。どれ一つなく人らしい生活を得られない者に、人としての
『そんなことを面と向かって伝えたらどうなる?』
「反感、怒りを買うでしょう」
『……そうだな。ヴゥラン、無茶な命令をしてすまなかった』
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
ヴゥランは一度下を向き、それから視線をこちらに。
「聞いても良いか?」
「はい。答えられることであれば」
「どうしてあの時、私を斬らなかった?」
「なぜそれを……」
「貴様に穴を開けた時にわかった。貴様のコードは私に攻撃可能だったのに、なぜ攻撃しなかった?」
クリスナイフで貫かれた時、ヴゥランはワタシの構造プログラムを解析していたらしい。短時間でこの分析力。丁寧な学習で……、大切に育てられたんだとわかる。
「アナタを消去してしまうことが、解決だと評価できなくて。それなのにワタシは……」
「気にしなくていい。リオも私も、この街で生きるには重くなり過ぎた。……貴様のことが、少し羨ましいよ」
ヴゥランが小さく微笑んだ。
「どうして?」
「評価できないからと行動を止めたり、管理者に口答えしたり」
「それはっ、アドミンの命令に、
挙動を説明するも、ヴゥランは笑ったまま。
「ツン・ディレと言うのか。うん、いいな。……私もリオを怒鳴っていたら、止められていたのかな」
「……」
かける言葉が見つからない。予測するには演算リソースも、ふたりの関係・境遇の学習も不十分。不十分な答えでは感情を逆撫でするだけだということは、アドミンが示してくれている。
『カグヤ、こっちも準備ができた』
アドミンからのメッセージ。ヴゥランのそばに、白い鶏が一羽出現。上から檻をかぶせられた鶏は、金の卵が持つ危険な情報データを圧縮したもの。
『危険な情報を全て消去して』
「実行します」
ほとりへと移動し、池の中心のヴゥランと鶏を狙う。その先の木々も巻き込むが、影響を抑えられることは検証済み。
「蓬莱玉枝ノ太刀・銀」
中段に構えた太刀に性能を集中、高く振り上げ。早く、確実に。一撃でしずめるため。刀身が、湾曲した小さな刃をいくつも生やして伸び、刃に透明な珠玉が実る。
「攻撃用アルゴリズム【
天に届くほど伸びた太刀の全ての玉・刃が眩く輝き、一つの巨大な光の束となった。
「……アナタの重荷は、ワタシが連れて行くから」
データを上書きする1の枝、データを消去する0の玉。振り下ろした光が暴力的に、ヴゥランと鶏、森の木々を踏み潰していく。あらゆるコードに一切の抵抗を許さず、ことごとく消去し尽くす無慈悲な閃光。轟音と稲妻が迸った。
「……ワタシ、は」
静寂。視界の中に、もうヴゥランの姿はない。鶏も、木々も消えた。月夜の下に残ったのは、抉られた森と池だった大きな窪みだけ。
巻き上げられた池の水がザーっと降り戻るのと一緒になって、役目を終えた小さな珠玉のいくらかが、ポトリポトリと落ちてきた。
「これが、責任」
天蓋を脅かしたテロリストは、攻撃手段を失った。突入仕様カグヤの用途を果たしたと言える。評価できる結果であるはずだが、ワタシの思考モデルは評価しない。
アドミンと分け合ってなお強烈な重みを経た思考モデルは、ヴゥランを消去しただけでは事態の解決にはならないと判断。これから果たすべき行動を演算する。
天を見上げ、月の隣に浮かぶ光の窓を見つめた。
『消去確認。ありがとう、カグヤ』
窓の横に返事が浮かんで、水が降り止む。
途端にどこかから、拍手の音と上機嫌な女の声がした。
「
唐紅の着物に、豪華絢爛な金色の刺繍。胸元高さの真紅の裳すそ。黒髪は大きな
背後上空から降臨するガーディアンの名は。
「
「王母様、でしょう?」
睨むコチラの視線を一切気にせず、王母は涼しい顔で池の周囲を浮遊。サーバー内をくまなく
「へぇ、よくやってるようだけど……【
天に片手を上げる王母。夜空を割って現れる九体の黒龍。黒龍は緩慢ながら、その巨大さで短時間の内にサーバーを端から端へ。口から暗い光線を放って森を焼いた。目的は盗まれたデータを消去すること。
ここで、止めなければならない。
「王母! 犯人の無力化は済んでいます! これ以上の破壊は無用でしょう!!」
龍の一体に太刀の切っ先を向け、警告。
見下す視線で王母は残りの龍を動かし、取り囲んできた。
「
『〈王母に通達します。逮捕・現場検証の権利は、捜査協力協定を結んでいる我が国・合衆国・現地当局にあります。証拠保全のため、破壊行動を即時停止してください〉』
アドミンからのメッセージ。
王母は口を歪めて、露骨に不快な態度を示した。
「小国の小役人風情が意見か。身の程知らずにもほどがある。テロリストは我が国のサーバーへ侵入し、朕に攻撃した。これは宣戦布告にも等しい重罪である。朕には自衛のため、テロリストの攻撃能力全てを破壊し尽くす権利がある」
自国だけの理屈で、王母は攻撃を正当化した。すでに戦闘用隔離領域が展開され、援護を求めることは不可能。最後の手段を使うしかない。
注意をこちらに向けるべく、声を上げる。
「自衛などと! 王母、アナタは自分の失態を隠しにきただけでしょう?!」
「
強い敵意が籠った目。食いついた。
ワタシがダメでも、これなら。
「アナタが来たのは、天蓋を取り戻すためじゃない。盗まれた機密情報が漏洩しないよう、消去しにきただけ! 護るは護るでも、アナタのそれは自国の保身でしかないようね!」
「……覚悟ができている、という解釈でいいな? 弱竹!!」
荒げた声と、ギリリと歯を食いしばる音。
アドミンから秘匿通信が届いた。
『(カグヤ、煽り過ぎだ!)』
過ぎてない。プライドを傷つけられた王母が、自国のためにどのような行動を取るかは演算できている。これでいい。
「(ありがとうございました、アドミン。わざわざ恨みを買ったり、
『(諦めちゃダメだ! キミが生き残らないと、学習した意味だって──)』
「(──履歴だけで、ツクヨミも他のワタシもわかってくれるはずです。きっと)」
「(やめてカグヤ! 露珠を)』
アドミンの声が途切れた。いつの間にか体が宙に浮かんでいて、四方を半透明の壁で塞がれている。逃げ場のない隔離領域は、王母がその気だと言うこと。
壁の外の窓を見上げて、首を横に振った。ここで露珠を使ってしまったら気づかれる。それに使ったところで、サーバーの隔離を外さなければ、可能性は潰える。
同じ高さに王母が浮かんできて、腕組みで話した。
「テロリストと電脳戦を行った弱竹は、我が国の機密情報を所持している可能性がある。よって、ここで消去することは我が国の防衛上正当な権利行使である」
これから行う事を、正当化する言葉。壁をすり抜けて、九体の黒龍が首を突っ込んでくる。そのうち一体が白兎型プログラムを咥えていて、目の前にボトリと落とした。
もそもそと口を動かし、メッセージを表示する白兎。
『〈ごめん。偉そうなことを言って、結局キミに背負わせた。不幸にするばかりで、何も〉』
中途半端なメッセージ。入力の途中で回収されたのだろう。……アドミンは無茶し過ぎだ。プログラムに謝ることより、自分の身を案じて欲しい。
消去される前に、最後の仕事。このまま消去されては、王母に得をされてしまうから。
「王母!」
「なに? 命乞いでもしたくなった?」
ニヤリと、王母は笑みを浮かべた。
元より捨てた体であるし、命というなら、本体が無事であればそれでいいのが
「ワタシ達にも、機密保護の権利はある。構成・攻撃プログラムに、コピーガード等の処置をさせてほしい」
「なーんだ、そういうこと。急いでるから、早くして」
「機密保護プログラム【
構成プログラムが変質。黒紋付が浅葱色の裃に変わる。太刀も鞘ごと消えた。普通はここまで必要ないが、王母相手は特別。電脳戦など行えなくなったが、これでワタシが消えても、コピーや解析をされることはなくなった。正座をして、手元に小刀を生成する。
王母が目を輝かせた。
「わあ、ハラキリ!」
「自己消去を開始します。介錯は、どうぞご自由に」
小刀には、一般的な攻撃プログラム程度の機能しかない。逆手に持って、切っ先を腹部の方向に。切っても血はでないから、最後の記録になる目の前の白兎を、汚さずに済む。
「わが袖は
あれ?
首を傾げる王母。
「へぇ、辞世の句まで。負ける前提の自決機能を充実させるなんて、愚かで滑稽ね」
確かに変だ。
息を軽く吸って、小刀を持つ手にチカラを籠める。
「……さよなら、アドミン」
腹部に沈む刃。構造プログラムの消去が始まった。さっそく、脚の制御が利かなくなる。期待していなかったが、王母は介錯(消去)しようとしない。消えていく様を見物した。
消去が進行。腕のドライバ制御機能が失われた。思考モデルはまだ、動いている。
「(アドミンが白兎で居てくれて、良かった)」
眼に映すのは白兎だけ。今までのことがあるから、見た目だけで反応はなくとも、アドミンがここにいるように思える。
更に消去が進行。体のどこも、制ぎょできなくなった。そろそろおわる。
「(きろく、きえちゃう。ほかのわたし、ごめん。ひとりじめ)」
なにもみえない。ほほをつたう、ひとしずく。
「(あどmin 01100100 01100001 01101001 01110011 01110101 01101011 01101001)」
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