第二十七話:責任(1)

『アドミン! なんでこんな無茶したんですか!!』

 ラップトップPCのスピーカーを通して聞こえる、カグヤの声。PCによる性能補助とデータパックでの修復が、上手くいったみたいで良かった。芯の強い声と瞳で表現しているのは、管理者こちらの浅はかな判断への怒り(評価できなさ)と、たぶん、心配。

 ツクヨミが警告した通りになったのだから、そういう反応にもなる。

 猶予がないので指示を急ごう。

「責任を、果たすため」

『責任? 作戦立案やワタシの改良承認だけで、管理者としては十分──』

「──違う。人としての、責任」

『人として?? アドミン、声が震えているようですが……』

 カグヤが首を捻っている。声のふらつきを抑えたいところだが、難しい。

「一つは、人工知能に指示する人として。もう一つは、同じ地球に生きる人として。……金の卵の人工知能さん、ちょっといい?」

 少し間を置いて、怪しむ目つきながら反応があった。

『……要求はなんだ?』

「名前を、教えて」

『……ヴゥランだ。人工知能共々、解析してわかっていることを聞いてくるな』

 意外にもヴゥランは素直に答えてくれた。……姿を見て気づいたが、どこかで見かけた気がする。どこだったかな。

「ありがとう、ヴゥラン。キミとリオに、伝えないと、いけないことがある」

『……。その前に、リオは無事なのか?』

「難しい質問だ。誓って何も、していないけど、リオは今、苦しんで倒れている」

 倒れているリオのことを伝えると、ヴゥランは敵意のこもった視線をこちらに向けた。

『信じられるか! 貴様らの言うことなんかっ……!』

「自分の目で、確かめて欲しい」

 監視カメラの偽装を解除。カグヤとヴゥランに、元の映像を確認してもらう。またカグヤに怒られてしまうかもしれないから、先回りして伝える。リオにも伝えたいので、翻訳と読み上げを加えた。


「リオ、ヴゥラン。キミ達は虎の──龍の尾を踏んだ。だからキミ達を、処分しなきゃいけない。まずはヴゥランに、ここで消えてもらう」


──


*****

 十数分前、データセンター金の卵入口に接近する一人の男を、監視カメラが捉えた。見た目は、この国で多くの店舗を持つファストフードチェーンの制服姿で、手提げ鞄が一つ。来客予定はないが、防犯システムの分類上は関係者であったため、門から玄関扉まで警報は鳴らなかった。

 防犯システムはこの後、監視カメラとセンター内無線通信装置がクラッキングを受け、偽装映像(異常のない映像のループ)を流されている。

 実際には、男は正面扉から堂々とセンター内に侵入。並び立つサーバーにクラッキング用のしかけ(攻撃プログラム入りの小型記録媒体の差し込み)をしつつ、最深部まで進んだ。

*****


──「幻覚ハルシネーションだ! ヴゥラン、しっかりしろ!!」──


 聞こえる声に気を引かれながらも、デスク陰にラップトップPCを設置し、攻撃・修復プログラムを起動。疑われないよう離れて、大型モニタに向いた卵型の大型椅子の背に声をかけた。

「リオ!」

「……?! まさかタロウサ──違う。アドミンだな?」

 椅子が回り、リオと向き合う。酷くやつれて病衣姿のリオは、体を重そうにしてゆっくり立ち上がった。

「偽装したつもりだったが、さすがにわかるか」

 時計型の携帯端末で翻訳。こちらの言葉も翻訳して読み上げさせる。

「〈南洋群島で使った拡張プログラムが決め手です。月影型にあそこまで適応するプログラム作成スキルを持っているのは、兄を除いてリオしか知りません。普通の捜査であれば、ここを特定するにはもっと時間を要したでしょう〉」

「努力が仇になったか。……いや、タロウサンから与えられたものに、いつまでも頼っていた結果だな。ここへはどうやって?」

「〈街には、廃棄食品の横流しトラックに乗って。金の卵には、古い監視カメラと無線ネットワークの脆弱性を利用して侵入しました〉」

 無機質な読み上げソフトの声を聞いて、リオが天を仰ぐ。

「チカラの無さが恨めしいよ。笑えるだろ? 廃棄食品を買い取ってる状況も、お古の設備の状態も、あの時のままだ」

「〈I・Eへの攻撃を止めてください〉」

「お構いなしか。もう後戻りはできないし、する気もない。オレ達には時間がないからな」

「っ……」

 半歩、足が下がる。リオはおもむろにデスクから拳銃を取り、銃口を向けてきた。トリガーに指がかかっている。思わず息が詰まった。……それでも。

「〈だったら、力づくでも止めます〉」

「最初からそのつもりのくせに。だが、どうして一人で来た? 軍人くらい連れてきてるんだろ?」

 リオの言う通り、バラック街に入るまでは十数名の軍人(自国・合衆国合同チーム)と一緒だったが、到着してすぐ置き去りにした。連れてきたらどうなるかなんて、わかりきっている。

「〈リオと話したかった〉」

「説得でもする気か?」

「〈いや〉」

「だったらなんだ?」

「〈否定しに来た〉」

「否定?」

 意図がつかめず、リオは眉間に皺を寄せている。息を一つ、覚悟を。

「〈……リオは間違った。現状を変えるために、何も知らない多くの人を危険に晒している〉」

「知っているとも。だが、全ては何も知ろうとしない連中に、オレ達の痛みを伝えるためだ」

「〈それじゃ伝わらない。リオ達だけじゃなく、近い境遇の人までもが危険だと誤解されて、分断を生む〉」

「切り離したヤツらが、どの口で!」

 リオが語気を強めた。腕に力が伝わって、銃が揺れる。血の気が引いて、手足が冷たく感じた。

「〈暴力的な方法じゃ、何も解決しない。リオだってわかっているはず〉」

「わかってるさ! ならどうしたら良かった?! 平和的な解決をみる前にオレは死ぬ! 仲間はとっくに死んだ! 解決を託そうにも、次の世代も、ジャオマだって死ぬんだぞ!!」

 悲痛な叫び。リオの体は震えていて、立っているのもやっとに見える。

「じわじわ弱って野垂れ死ぬまでの間で、なんとかしろって言うのか!? 宇宙の毒に耐性を得たミュータントに、もしくは赤い森の獣のようになれることを祈って、命を繋げと!! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」

 リオが一歩踏み出す。返答を口に出すのは苦しかった。けれど、翻訳して読み上げる音声は、心情とは裏腹に、嫌になるくらい冷静で。

 ……それで良かったのかもしれない。下手に取り繕わないほうが、よっぽど真実なのだから。

「〈キミ達は戦う相手を間違ってる。その感情は世界秩序を維持しようとした我々ではなく、最初にキミ達を居ないものとした自国政府に訴えるべきことで──〉」

「──黙れ! 話を逸らすな!!」

 銃声。足元で火花が散った。

「そんなことをしてみろ! 居ない扱いのオレ達がどうなるか、考えればわかるだろう?!」

「〈よその国なら、攻撃していいと?〉」

「オレ達が蝕まれたのは、お前達が金の有無ばかりを、自分達の安全ばかりを気にして、弱者を護ろうとしなかったからだ!」

「〈護ろうとはしていた。順番があっただけで〉」

「だけ、だとぉ?!」

 ついに、逆鱗に触れた。

 怒号と共に、再びの銃声。熱い。

「あ……、あ……」

 両手で顔を覆ってうずくまるリオが見える。あぁ、視界が暗く……。


『アドミン! なんでこんな無茶したんですか!!』


 カグヤの声で目が覚めた。


──


 アドミンが金の卵に侵入してしばらく経っても、軍人達はバラック街の住民に進路を塞がれている。長く厚い人だかりが路地に殺到。銃で威圧して少しずつ引かせるも、なかなか先へ進めない。

*****

 軍人とアドミンは、ファストフードチェーンの食品廃棄トラックに乗って、バラック街の入口を通過。トラックはやや外れの広場に停車した。当初は、アドミン・軍人が一緒に金の卵まで進み、重火器や爆発物を駆使してセキュリティ突破する予定だった。

 そうならなかったのは、停車した時点でトラックが住民に取り囲まれたことと、軍人が荷台に隠れていたことによる。食糧を求める住民によって軍人が降車できないでいるうちに、アドミンは運転席を降り、裏路地を通って金の卵を目指した。

 食料廃棄トラックに紛れ込む作戦は、アドミンが提案している。閉鎖的なバラック街に複数人を侵入させるため、唯一自然に出入りできる食品廃棄トラックを利用する案で、アドミンは出発前から到着時の混乱を予想しつつも軍人に伝えず、また、自分だけはスムーズに降車できるよう運転席(助手席に本物の運転手を配置)に乗った。

 到着後アドミンは、荷下ろしを本物の運転手に頼み、住民には「トイレに行く」、「リオと報酬の件で話がある」などと嘘をついて、まんまと人混みを脱した。もともと運転手には住民の警戒心が比較的薄く、追い打ちにリオの名を出したから可能なことであった。

*****

『(もしもーし。天蓋を無事奪還できたから、これからそっちを無力化するわ)』

 ドロシーの声。リーダー格の軍人に、秘匿通信が届いた。住人と押し合いになりながら、軍人が状況を説明する。

「(はー? まだ足止めをくらってるー?! ……まぁいいわ。接近後は、アタシが指示するまでしちゃダメだからね)」

 指示にリーダーが返事をした直後、バラック街に警報音が鳴り響いた。宇宙線警報で、集まっていた住民はそれを聞くなり、子どもや若者は同じ方向に、それ以外は四方八方散り散りに避難していく。

 リーダーは携行の線量計を確認したが、どういうことか、宇宙線など全く検知されない。意味を理解したのは、そのちょっと後。子ども達が目指す方向の先に、テロリストのアジト、データセンター〈金の卵〉があった。

 包囲を脱した軍人達はすぐさま、ドロシーによってされた路地を進んだ。

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