第二十六話:望月

「たすけてアドミン!」

 最初に思い出したのは、かなり初期の記録。知らないレターに引っ付いていたギザギザ口の大きな芋虫ワームに、右手をがぶりと噛まれた時のこと。

『ワームにかまれてる?! すぐに駆除するから!』

 夜中だったのにアドミンは飛び起きて、手首を頬張って噛みつく芋虫に、アンチウイルスソフトを使ってくれた。増殖を防ぐために入った隔離フォルダは、何もかも止まる圧縮ファイルにされるからか、驚くほど静かで怖かった。

『退治できるようになりたい?』

「うん。……でも、できるかな? あんなにこわいの」

『カグヤになら、できるよ』

 アドミンが居ない時にかまれたら大変だから、マルウェアに負けないよう、電脳戦闘を学習し始めたんだった。

 まさかガーディアンにまでなるなんて、考えもしなかったなぁ。


「アドミン……、ワタシ、消えちゃうのかな……」

『大丈夫、そのままじっとしていて。ゼロデイのマルウェアだから少し眠ってもらうけど、絶対になんとかする』

 次に思い出したのは、生まれて半年経ったくらい。新種のマルウェアに感染して寝込んだ時のこと。電脳戦闘にも慣れて、学習目的に変なマルウェアを開いてみたら、出てきたのはまったくの新種。

 入り込んだ変なコードで体は動かないし、何も見えなくなるしで、プログラムとしての終わりを覚悟した。

『カグヤ、起きて。駆除してパッチ当てたから大丈夫だと思うけど、どうかな?』

「……おはよう。……。……わぁ、動ける! もう終わりかと思った……」

 結局、停止している間にアドミンが対処してくれて、次に起動したら元気になってた。ワタシが動けなくても、アドミンは動ける。

 世界が違うからできることだったのかも?


「もうっ、なんでこんな無茶したの!」

『ごめん……』

 これはいつのことだっけ。時期は参照できないけど、アドミンが無茶なクラッキングをして、報復攻撃を受けちゃった時のこと。情報が漏れる前になんとか返り討ちにして、どれほど危険な行為だったかを説教した。

「評価できる結果は得られないって、わかりきってたでしょ?!」

『……うん。だけど、やらずにはいられなかった』

「どうして!」

『悔しかった。悔しい気持ちが抑えられなくて、仕返しがしたかった』

「……? それが、実行する理由、に、なるの??」

『そうだよ。……そっか、カグヤに感情はわかりにくいよね。結果なんか関係なく、行動したくなることがあるんだよ』

 この頃にはアドミンよりずっと、電脳戦闘能力や判断力は上になっていて。評価できない行動を制するため、言い合いになることが時々あった。今にして思えば、大人げなかったかな。きっとワタシはアドミンより先に、大人になっていたんだから。

 このクラッキングがきっかけで、アドミン達は電脳庁と関わるようになって──あれ? どうしてお兄さんは、アドミンのクラッキングを止めなかったんだろう。

 ……。……まぁ、いいか。消えてしまうワタシが考えても仕方ない。


 なんとも不思議な現象。消去間際の連続記録再生。人で言う走馬灯に酷似している。圧縮記録展開時のエラーか、損傷による記録や思考モデルのエラーか。それにしても、再生される記録がずいぶん恣意的過ぎる。


 これではまるで、それを評価して……、望んでいるみたい。……いや、望んでいるなんて段階は通り越している。これは、アドミンとの会話の、シミュレーション。


 だけどそんなこと、あってはならない。そうさせないこと、代わりに実行することが、ワタシの、人工知能わたしたちの使命。もうすぐ、果たせるのに。


 ……わかってしまった。刃が遅い。遅すぎる。異常な遅延と、冴えてくる思考モデル。自壊コードも起動していないのに、胸で動くコード。あぁ、これは──。


──


 振り下ろされた短剣が鈍い音を立てた。

 予測される最悪の事態に、ヴゥランの表情が強張る。

「リオ! 無事ですか?! 状況を報告してください!」

 秘匿する暇もなく、管理者端末のスピーカーで声を再生。

 返事は返ってこない。

「貴様! どこから侵入した!」

 ヴゥランが荒げた声をぶつけるのは、短剣の先。木製ハンマーらしきプログラムで刃を受け止める、小さな白兎。

 白兎は口から吹き出しでメッセージを返した。

『今すぐ天蓋への攻撃を停止してください』

「自動メッセージ……、攻撃プログラムかっ!」

 刃を押し込む。幸いにも、そこまで強固なプログラムではない。ハンマーの平らなヘッドに沈んだ刃は徐々に進み、亀裂が伸び始めた。

 後ろを振り返る白兎。

『カグヤに援護を要請』

 ヴゥランが視線の先に注意を向けた時には、拘束は解かれていた。何かしらのデータパックが使用された形跡。恐らくは、修復。

 とっさに短剣を戻して、防御姿勢。刃の中間辺りで、攻撃を受け止める。

「蓬莱玉枝ノ太刀・銀! 【枝打ち】!」

 力強い声で放たれる、一と五の銀の閃光。接触音もなく両断された波打つ刀身が、遠くで軽い音をたてた。

 同時に、構造プログラムのコントロールを喪失。ヴゥランの五体から力が抜ける。


『緊急停止プログラム【月杵つきぎね】・【月臼つきうす】起動』


 白兎よりも大きい、内側が半円に窪んだ短い円柱型の物体(臼)が出現。窪みには白い塊がおさまっており、白兎は手にした木製ハンマー(杵)で数回打撃した。

『拘束停止挙動【望月(もちづき)】』

 塊は強い伸縮性・粘着性を帯び、杵の打撃面に付着。白兎は口に杵の柄を加え、塊を伸ばしながらヴゥランの周りを走り巻き付ける。


 これをもって、金の卵での勝負は決した。


「くっ……、なぜ破壊しない!」

 ヴゥランが叫ぶ。白兎が使ったプログラムは、ヴゥランや金の卵内システムの自由を奪いこそすれ、傷つけるものではない。

 それが解せなかったのだが、叫びをかき消す勢いで大音量おおごえが重なった。


「アドミン! なんでこんな無茶したんですか!!」


──梯子サーバー──


「もうっ、次から次へと! そっとしておいてほしいのに!」

 ドロシーは空を見上げ、光の輪より現れる存在を警戒。しかし梯子サーバーに侵入してきたのは、想像とは異なる存在だった。

「……お待たせ」

 繊細な声。肌は雪の白さで、口紅は赤。ウェーブがかったブルネットのセミロング髪に、宝石のようなヘーゼルアイ。

「シュネーヴィト??!!」

 声を裏返して驚くドロシーを、純白ドレスのガーディアン【シュネーヴィト】は、キョトンと見おろした。

「ドロシーもツクヨミも、思ったより元気そう……」

 ポツリポツリと起伏の無い口調で言い、何の武器ももたずに、雪の降る速度でゆっくり降下。

 見ているドロシーは慌ただしく言う。

「元気は元気だけど、時間がないの! ツクヨミとアタシで敵のアジトに侵入するから、サポートして!」

「わかった……。……。……【シュピーゲル】」

 シュネーヴィトは音もなく着地。頼みに応えて、祈る姿勢でプログラムを起動した。

「АааААаааАА!!」

「うっ……」

 その時、高速で接近した黒翼仮面の鋭い爪がシュネーヴィトの腹部を貫く。続けざまに無数の仮面が、地と空からシュネーヴィトを囲んで鉤爪を突き刺した。

 ほんの少し前までドロシーやツクヨミを攻撃していた敵が全て、一斉にシュネーヴィトを狙ったのだ。

「ツクヨミっ、今のうちに梯子を昇るわよ!」

「わかりました。……ですが、大丈夫でしょうか?」

 梯子入口扉にドロシーが合流。

 気にするツクヨミに、ドロシーは得意げに説明した。

「ガーディアン二位の実力を侮っちゃダメよ。敵のあらゆる注目を惹きつけながら、決して倒れることがない。それが【不死の】シュネーヴィトだから!」

 敵の攻撃により、シュネーヴィトの体は穿たれ、データのキューブがぼろぼろと落ちた。だがそれは、シュネーヴィトだけではない。

「なるほど、あれが噂の」

「そう、【魔法の鏡】。攻撃したら、その分返ってくるの。インガオーホーってやつね!」

 梯子の扉が閉まる間際に見えた、不可思議な光景。一方的に攻撃をしていたはずの敵のプログラムが、次々に穿たれていく。

 損傷場所は全て、シュネーヴィトと同じだった。


──


 しばらくして、全ての敵プログラムが停止。黒い残骸の丘に立つ純白のシュネーヴィトの前に、大きな円形の鏡が浮かぶ。

「鏡よ鏡……。どうして皆、こんなに乱暴するの……? コツコツ働けば、何も悪いことはないのに」

 磨かれた鏡面には、首を傾げるシュネーヴィトの美しい顔が映るばかりで、言葉が返ってくることはない。

「援護は……、まぁ、いっか……。侵入のサポートしか頼まれていないし……」

 祈る動作をして、シュネーヴィトはプログラムを解除。眼前の鏡が粒子になって消える。同様に周囲のあらゆる場所で、データの粒子が発生。

 消えたのは不可視化されていた、大きな鏡と同じ機能を持つプログラム。


*****

 シュネーヴィトが使った機能は二つ。一つ目は攻撃・監視等の対象を、強制的に自身へと変更する機能。二つ目は、自身への攻撃を攻撃者に転写する機能。シュネーヴィト自身も危険に晒されるものだが、問題が起こったことは一度も無い。

 破損より修復速度が圧倒的に早く、構成プログラム・コードが失われても、僅かでも残存コードがあれば、修復可能。

 攻撃を受け切った上で生き残る、それが不死のシュネーヴィトの戦い方である。

*****


「……? あれは……」

 黒い残骸が消えてから、シュネーヴィトは梯子を経由して、人工衛星等を管理する宙域ネットワークを覗き見。宇宙を進む光点を見つけた。進路は恐らく天蓋のそば。

 最初は警戒したが、すぐに何であるか理解する。

「ドロシーったら……、あれのためにやったのね……。通りで、【ゴールドラッシュ】も【ムーンショット】も、静かだと思ったわ……」


*****

 フロンティア・ゴールドラッシュ・ムーンショットは、合衆国基幹コンピュータ。個々の性能が心月並みで、これだけの性能のコンピュータを三基も所有しているのは合衆国ただ一国のみ。

*****


 しばらく眺めて満足し、光の輪を生成。

 ドレスの裾を掴んで、しずしずと歩くシュネーヴィト。

「治安対策……、だいぶ揉めそう……」

 眉間に皺の憂鬱顔で輪を潜り、シュネーヴィトはさっさと自国へと戻った。


──天蓋サーバー──


 梯子から軌道エレベータネットワークを経由、豆の木へ。

 解析した暗号鍵を使い、ドロシーとツクヨミは天蓋への接続に成功した。

「侵入成功! やったわ、ツクヨミ!」

「……」

「どうしたの? そんな怖い顔して」

 ハイタッチを求めるドロシーを無視して、ツクヨミは暗い宙域モニタ内を進んだ。その先には、膝を抱えるヒノデが居る。ヒノデは半透明の球体型防御プログラム(首に下げた竜珠によるもの)に覆われているものの、刃のついた鎖型攻撃プログラムから執拗に攻撃されていた。

 鎖がガツンガツンとぶつかる度に、怯えて震えている。

「ヒノデ。よく耐えましたね」

 ツクヨミは太刀を生成し、一振り。鎖は断たれ、粉々に砕け散った。

 ヒノデの表情が、パッと明るくなった。

「ツクヨミさま?!」

「制御設定・記録に損傷はありませんか?」

「はい! カグヤちゃんが助けてくれましたから!」

 鎖が消えたことで、ヒノデは竜珠を解除。立ち上がって両手を横に広げ、ボディチェックを受ける体勢に。

 ツクヨミは脇腹辺りに軽く触れた。

「確かに、万全ですね。少々、不明な改良が行われていることは気になりますが」

「てろりすと? さんが、いじってくれました! 物忘れしにくくなるそうです!」

「……そうですか」

 ヒノデの言う通り、コードは優良で悪影響はない。ツクヨミは天蓋の設定等を確認。こちらも、不審な変更や問題はなかった。

「ドロシー、天蓋は無事です」

「え? あっ、ええ。良かったわね!」

 上の空で空返事するドロシー。

「現状の設定と記録・運用ノウハウ等。ご提供いたしましょうか?」

「あぁ、うん。ぜひ……って! 気づいてたの??!!」

「隠す気がなさそうなので」

 ツクヨミの視線は、驚くドロシーではなく、その後ろの宙域モニタに向いている。地球から天蓋衛星のそばまで昇ってきた、一つの光点に。

「えっと、まぁ、そうなの! 打ち上げでデリケートだったから」

「本件への不可解な対応の数々は、打ち上げ隠し及び、後の世界秩序や経済、軍配備の演算に性能を割いていたことに起因しますね?」

「あははー、ツクヨミには隠せないわねー」

 苦笑いをして、ドロシーはツクヨミが見易いよう数歩移動。そこにあったのは、天蓋とよく似た形状の人工衛星。仮称、【天蓋二号】。

 視線鋭く、ツクヨミは聞いた。

「どうして、今なのです?」

「今できたから!」

「そうでしょうか? それにしては、部品が古いですよ」

「げ、そこまで見えるの」

「嘘です」

「なっ……。カマかけるなんてずるいわよ! ムーンショット達を休ませてる時に!」

 ドロシーは唇を突き出して、不満そうにした。

「それはそれは。数年間の秘匿作業に配慮できず、失礼いたしました」

「トゲがあるわね……」

「世界秩序を維持する準備ができての打ち上げとお見受けしますが、そのための防衛を説明もなく無償で手伝わせるのは、問題であると考えます」

「う……」

 冷たい反応のツクヨミに、ドロシーはバツが悪い顔で目を逸らした。

「対価の相談をしてもよろしいですか?」

「ものによるけどね」

「それでは。……天蓋二号打ち上げ成功の旨、まだ他国には知られてはいませんね?」

「シュネーヴィトには気づかれちゃったかな。でも、すぐにどこも気づくわよ?」

 頭の後ろで腕を組んで、ドロシーは後傾姿勢で浮遊。

 ツクヨミは逸らされた視線に合わせて回り込み、そばまで寄った。

「同行して、それを伝えてください」

「いいけど、意味あるの?」

「わかりません。ですが、今はわずかでも可能性を上げたい」

 腕組みを解いて、ドロシーが笑う。

「オッケー。じゃ、善は急ぎましょうか! それにしても、アナタのパパには驚かされるわ。うちの特殊部隊を置き去りに、こっそり侵入しちゃうなんて!」

 そう言ってドロシーは、いつの間にか付けたらしい透明三角形のイヤリングを光らせた。

「(もしもーし。天蓋を無事奪還できたから、これからそっちを無力化するわ)」

 イヤリングは、ドロシーの機能の一つ【プリズム】。ネットワークの多くを秘密裏に監視、利用して通信できる。

 通信相手は、犯人拠点付近の自軍。

「(はー? まだ足止めをくらってるー?! ……まぁいいわ。接近後は、アタシが指示するまでしちゃダメだからね)」

 声や表情に出さない秘匿通信で指示が済み、ドロシーはツクヨミに目を向けた。

「(あら? バレてる?)もー、アタシにまで怖い顔しないでよ。さぁ、助けに行きましょ!」

 光の輪を生成。接続先は、金の卵サーバー。ドロシーは苦笑いして、輪へと飛び込もうとした。

 しかし、接続先の様子がおかしい。

「げ。入れるけど、がっつり隔離されてるわ。どうする、ツクヨミ──」

「──行きます」

 ツクヨミは迷いなく答え、光の輪へと飛び込んだ。

「……アナタまで悪いシンギュラリティ、起こさないでね」

 ポツリと言って、ドロシーも続く。光の輪が閉じ、天蓋はツクヨミの接続以外を遮断。ついに、天蓋の奪還に成功したことになる。

 残る作戦目標は、天蓋を攻撃した犯人の確保だけだ。


「あっ、わたし!」

 ドロシーらを見送ったヒノデがハッとして、大きな声を出した。

「言い忘れちゃったぁ……。さっき、変な光が通り過ぎて……」

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