第二十四話:天蓋決戦(2)

「ねね、ツクヨミ。いかにもウチっぽくて良いところでしょー?」

「えぇ、まぁ。公開されているサーバー使用状況と実態との乖離がとても貴国らしい二面性を──」

「──そっちじゃなくて! 素朴で広大なところ!!!」

 土埃舞うどこかの荒野。目立つオレンジ色ベスト(+迷彩服・散弾銃)姿のドロシーが、これまた目立つ紅色基調の十二単姿のツクヨミと話している。

 時はちょうど、カグヤが天蓋サーバーへと侵入した頃。

「ところでドロシー、どうしてここを?」

「えっと、それはまぁ……。王母に連絡つかなかったし、自分の庭からだと色々と都合良いかなーって。えへへ」

 ドロシーは頭を掻いた。露骨に歯切れが悪い。


*****

 ふたりは、合衆国の指揮で編成された天蓋奪還のための別働隊。作戦は、天蓋の暗号扉を解析しての正面突破・掌握(正規鍵を持つ王母が通信途絶中のため)。

 隊としながら、参加したのはツクヨミとドロシーのみ。ツクヨミは心月を、ドロシーは【フロンティア】という最高性能コンピュータを使用する(フロンティアは心月とほぼ同性能。合衆国は他に同クラスを二基保有)。

 侵入時の経由ポイントは、合衆国所有の軌道エレベータ【梯子ラダー】。I・Eから梯子を通り、軌道エレベータネットワークへ。軌道エレベータには天蓋と通信を行っているものがあり、そこから天蓋へとアクセスする。

*****


「特定端末以外の切断、戦闘用隔離領域の準備オッケー。……良し! 梯子公開設定変更!  カモーン!!」


 ドロシーは調子良くバーチャルコンソールを操作。見通せるギリギリの四方と天が灰色の壁に囲われ、荒野のど真ん中の景色が蜃気楼のごとく、ゆらゆらと揺らめく。景色が次第に変わり、遠近感が狂うほど巨大な建造物が出現。

「(大戦での破損を理由に、運用停止・解体検討中と聞いていましたが……)」

 ツクヨミが目を凝らす。ビル街に見えるグレーの土台から、見えなくなるまで天へと伸びる黒いワイヤー。現実の軌道エレベータ【梯子】と同じ形状をした、管理サーバー。

「じゃ、行きましょっか」

「承知しました」


──


 ふたりは一瞬で、ワイヤー根本の灰色の扉の前(昇降機入口)まで移動。

 ドロシーがはしゃいだ。

「ツクヨミと一緒の作戦なんて久しぶり! てっきりカグヤが来るものだと思ってたわ!」

 ほとんど真顔で、ツクヨミは答える。

「今回は、解析のみと伺っていますので」

「そうね! 何かあればアタシが戦うから安心して! それじゃあさっそく解析を……って、本当に単基でやれる? ちょっとなら手を貸すわよ?」

 心配するドロシーをほとんど無視して、ツクヨミは扉の横に触れ、バーチャルコンソールを展開。

「問題ありません。……【御石みいしの鉢】」

 袖から質素な黒い椀を一つ出して、画面を操作。無数の文字列が飛び出し、椀の中へと吸い込まれていく。

「それが、どんな暗号の解析にも使えるっていう……。ちょっと地味ね」

「国家機密ですので配慮をお願いします。ドロシー」

 話しの途中でツクヨミは作業を止め、辺りを見回した。

「……」

 何かが盗み見られた、ということはないが。数メートル離れた周囲をいつの間にか、黒いローブで体を隠した不気味な笑みの白面集団に囲まれている。

 数は三十以上。一言も発さないで、ふたりを見ていた。

「随分個性的な軍服ですね」

「もうっ、ジョーク言わないでよー。あんな悪趣味、ウチじゃないわ」

「そちらの方が、ジョークであって欲しいものです」

 白面集団が一歩踏み出し。

 ドロシーはツクヨミを背に一歩進み出た。

「アナタ達! ここは関係者以外立入禁止だから、今すぐ切断して! 従わない場合は連邦法や国際条約にのっとり、プログラムは消去、使用者は拘束するわ!」

 ガーディアンの身分を示す認証や、法律・条文を頭上に投影しつつ、ハッキリとした声で警告。

 警告への回答とばかりに、白面集団はローブ下から鉤爪をちらつかせ、にじり寄った。

「エネミーと認定。制圧させてもらうわね!」

「「「「АааААаааАА!!」」」」

 ドロシーが散弾銃を構えた途端、耳をつんざく声で叫ぶ白面集団。

 空間を蹴って縦横無尽。狙いを外そうと跳び回り距離を詰めてくる。

「そんなので避けられると思ってるの? 【アンチウイルス・ショット】!」

 五連続の発砲音。最適化された射撃は、放たれた弾数の倍ほども白面を撃ち抜いた。

 無数の小型弾丸が直撃した白面は力なく飛ばされ、地面を転がる。

「多いわね! 物量作戦ってことはアナタ達ユーラシア系?」

 うんざりした調子で言いながら、トリガーそばのローディングポートに弾丸を装填。敵は射撃に怯まず、地に伏す同胞を踏みつけ進んでくる。

 全方向からの攻撃を相手に、ドロシーは無駄のない動きと順序で銃口を向け、トリガーを引き続けた。

「「「УаааАААаааа!!」」」

「せっかく同時攻撃なら、タイミングくらい合わせたらいいのに!」

 ドロシーの評価は厳しいものだが、敵の攻撃はほぼ同時。僅かな動きの差を捉えるドロシーの演算能力が異常である。

 あっという間にドロシーの周囲には、倒れた敵が作った黒い山ができた。


「鎮圧完了! ……と思ったけど、結構骨があるじゃない」

 最後に倒れた一体が、屍の山から立ち上がる。仮面の色が白から赤に、散弾銃で穿たれた腹部の傷は手を触れ修復。再び鉤爪を構えた。

「だけど、容赦してあげないわ!」

 飛び掛かってくるのを待たずに、ドロシーがトリガーを引く。弾丸は赤仮面の腹部に命中するが──。

「パターン変えたわね?」

 ──直撃しているのに、外傷が無い。ドロシーはすぐさま、ローディングポートを開いて残弾を廃棄。コードを書き換えた弾丸を掌に生成、装填する。

 その間に赤仮面は接近。ドロシーの眼前に鉤爪が迫った。

「あっぶない!」

 狩猟ブーツのかかとを鳴らし後傾。銃を持ってない左手を地面について体を捻る。そのまま左手を支点に、右脚で足ばらい。

「(速いわね!)」

 赤仮面は地を蹴って宙へ。足払いが空を切る。

 見上げるドロシーの視界の端にちらつく、黒い影。

「しまっ……」

 黒い影は、倒したはずの敵。宙を舞う個体と同じく赤仮面に変化した数体が、同時に迫ってきていた。

 四方八方から迫る鉤爪に、ドロシーは──。


「──Oops」


 黒いローブに隠された中心で、天を仰いでポツリ。とどめとばかりに、空中の個体が鉤爪を真下に降下。

 貫かれた体はバラバラになり、データのキューブを散らした。


「「「УаааАААаааа!!」」」


 耳障りな雄叫びは、勝利宣言か。赤仮面の視線がツクヨミへと向けられる。倒されていたほとんどの個体も、のそりと体を持ち上げ始めた。


「……はぁ。ジョークはほどほどにしてください。ドロシー」


 ツクヨミは視線をゆっくり動かし、溜息を一つ。

「ええー、お見通しだったのー?」

 どこからともなく聞こえてくる、ドロシーの声。

 赤仮面は仕留めたはずの場所を見た。

「А???」

 何かある。地面に散らばったデータが見た目を変えた。それはドロシー……ではなく、十字架の頂点に白い袋、左右に手袋がついた粗末な藁人形。

 地面に転げたまま藁人形は男の声で笑って、白い袋と体を揺らした。

「ククク、たしかに。こんなジョークみたいな扱い、ほどほどにして欲しいよ。怖がらせるのが仕事なのに、怖がらせられるなんて!」

 白い袋は頭部らしく、子どもの画風で描かれた顔では、目がきょろきょろと自身を取り囲む敵を見つめている。顔の側面に雫の形が浮かんで伝った。

「ちょ、ちょっとドロシー! 早くなんとかして!!」

「壊れてもすぐ元に戻せるのに?」

 再び、ドロシーの声。……にしては、軽く、高く、アクセントが可愛らしい。

「壊れたくないんだよぅ!」

「あはは! それもそうね!」

 藁人形の前に何かが落下してきて、回転。

 赤仮面が蹴散らされた。

「相変わらずですね。少々はしたないのでは?」

 ツクヨミが声をかける。少し視線を下げて。落下してきたのは、だった。襟の無い白シャツに、青のギンガムチェックのロングスカート。ウェーブがかったミディアムヘアの栗毛はほどかれていて、ふわり。

 特徴的なエメラルドグリーンの瞳と、ちょっとのそばかすがチャーミング。まだあどけない顔立ちは、十~十二歳の年頃。散弾銃はその手にない。

 子ども姿のドロシーはえっへんと腰に手を当て、胸を張った。

「ちゃんと下に履いているから、大丈夫!」

 スカートの前をつまんでたくし上げ、白のドロワースを見せるドロシー。

 ツクヨミの反応は溜息。

「はぁ……。ですから、それをあまり見せるべきではない、と」

「えぇー、見えても良いから履いてるのに──」

「──АааААаа!!」

 話すそばから、赤仮面の一体が鉤爪を振りかぶり、ドロシーへ急接近してくる。

「お生憎! アタシ、どんな展開もシミュレーションしているの! 【銀の靴】!」

 ほぼ真上の角度で上がる、ドロシーの右脚。ヒールの低い銀の靴がキラキラと輝いた。

 顎を蹴り上げられた赤仮面に亀裂が走る。

「А……、а……」

「ねぇ聞いてよツクヨミー。アタシはもっとオシャレしたいんだけど、『イメージがあるから』ダメだって。どう思う??」

「妥当かと。すでに十分、衣装をお持ちでしょう?」

「えぇ~! オシャレに満足なんて発想、あり得ないわ!」

「消費に貪欲な姿勢、貴国アナタらしいですね」

「そう! アタシらしくいなくちゃ!」

 ドロシーは戦闘中だというのに楽し気に話し、赤仮面が地に落ちるよりも速く上段回し蹴り。側頭を蹴られた赤仮面は勢いよく飛ばされ、地面を二、三度跳ねた。

「これでお終いね」

 スカートを抑えてジャンプ。

 赤仮面の前に着地した銀の靴に、緑色のコードが浮かぶ。

「パターン解析は終わったわ! 雇い主も、タダで済むと思わないでね」

 少し上げられた靴のかかとが、無慈悲に仮面へと落ちた。ガラスが割れる音がして仮面は崩壊。黒いローブの体がビクンと跳ねて、動かなくなった。

 ドロシーが見回すと、残りの仮面集団は一歩二歩と後退り。

「よし、こっちはなんとかなるわ! ツクヨミ、解析の続きをお願い」

「すでに終了しています」

「え? さっすがー! じゃあ、さっそく突入しま──なんでしまっちゃうの?」

 暗号解析を終えた黒い器を、ツクヨミは袖の下に入れてしまう。

 返答は頭上への指差しだった。

「あれが」

「うへー」

 指が示す先には、夥しい数のカラスの群れ。円を描いて飛びまわる様は、黒い渦。

 ドロシーは顔をしかめた。

「でたらめな数のスパイウェアね」

「この状況で複製鍵を使うと、侵入を許す恐れがあります」

「やるしかないかー」

「複数の機能があるようですので、ご注意を」

 カラスの一団が滝のように急降下。仮面集団の背中に取り付いていく。仮面集団は暴れて抵抗したが、徐々にカラスが体に沈み、ついには手足だらりと動かなくなった。

「おー、静かになった」

「なりませんよ」

 見物するドロシーと、耳を手で塞ぐツクヨミ。

 仮面集団が、顔・背・腕・脚をぐにゃぐにゃと崩し始めた。


「「「「「啊アαAа啊Aаアα!!!」」」」」


 突然の大絶叫。姿が変貌した。仮面はペストマスクを思わせる黒の嘴型。背には、光沢艶やかな黒翼。腕は、鉤爪と混ざり黒き爪に。脚は鳥の脚そのもの。

「うるっさい!! って言うか仮面のヤツら、BOTにされちゃった?! あぁ、アタシがゾンビを撃ちたいなんて言ったから……」

 ドロシーが天を仰ぐ。仮面集団は黒翼を大きく広げ、空へと飛び上がった。


──天蓋サーバー──


 天蓋の電脳空間内では、ヴゥランとカグヤの激しい攻防が続いている。戦闘開始時点で、外部との通信は遮断。カグヤが逃げ場も援護も失ってから、かなりの時間が経過していた。

 しかしながらヴゥランはカグヤに、かすり傷程度しか与えられていない。

「(さすが開発国が送り込んできただけはある。こうも検知が難しいとは……!)」

 背面から迫るカグヤの斬撃を回転して避け、ヴゥランは管理者リオに盗聴対策を強化した秘匿通信を送った。

「(検知困難により、戦況が膠着しています。決着までは時間を要するかと)」

『(わかっている! 腐っても先進国か。いや、腐った国だ。ここまでやれるソフトを作れるなら、天蓋の改良くらい……!)』

 金の卵オフィスで大型モニタを見つめ、リオが拳でデスクを叩く。


*****

 カグヤは複数の検知・攻撃対策を実行し、ヴゥランに難しい対処を迫っている。

 難読化やダミーコードを駆使して、検知を遅延し動作誤認を誘発。天蓋動作に偽装したコードを使って、自身の動作を隠蔽。自身のコードを度々書き換え、パターンを掴ませずシグネチャ型検知を回避。天蓋動作コードで自身を動かし、正常動作に見せかけアノマリ型の検知を回避。

 電脳空間の視覚表現上のカグヤは、辛うじて視認できる程度のモヤがかった状態かつ、移動は唐突。行動の予備動作も無い。見合っているはずが、いつの間にか後ろに回り込んでいて、背中に太刀を振り下ろしてくる。

 ヴゥランが攻撃を回避できているのは、南洋群島で刺された際、カグヤの扱う攻撃プログラム(太刀)を経験・学習したから。太刀のコードは改変されているため、大まかファジーな認識に止まるが、振られてからの検知・対処で致命傷を防いでいた。

*****


『(対策するから時間を稼げ!)』

「(わかりました)」

 検知した太刀を追いかけ短剣を振る。太刀で受けられ火花が散った。

 ヴゥランが見る限りカグヤには、防御プログラムがない。つまり、攻撃を命中させさえすれば、破壊は容易。

 時間をかけて偽装コード等を潰していけば、いつか攻撃のチャンスは巡ってくる。

「くっ」

 しかしそれは、ヴゥランが無事だったらの話。カグヤの太刀筋は鋭く、戦況は予断を許さない。

「(……妙だ。持久戦は不利だろうに、なぜ勝負を急がない? 作戦があるのか?)」

 カグヤが掌握しているハード性能は、起動しているプロセスを見るに、ほとんどが回避に使用されている。狙いを予測するため、剣戟の中ヴゥランは思考モデルを走らせた。

「(!? しまっ──)」

 その瞬間だった。戦闘以外のプロセスの実行。短剣捌きが僅かに遅れる。カグヤの重い振り上げで、短剣が弾き飛ばされた。

「(──やられる……!)」

 とっさに腕を交差し、構成プログラムを保護。身を守れるわけがない、苦肉の策。

 カラン、と、後方で短剣が落ちる音。

「(……? ……??)」

 何も起こらない。ヴゥランは困惑した。

 検知が追い付き、正面に立つカグヤの姿が鮮明になる。目が合った。

「(まさか)」

 動かしていた思考モデルが立てた、一つの仮説。後ろ飛びで後退し距離を取る。足元の短剣を拾い、動作を停止して徒手空拳。

「(試してみる価値は、ある)」

 カグヤは太刀を肩の高さで構え、突進。間合いに入って即座に振り下ろした。

 頭に太刀の影が落ちる。

「できるのか? 振り抜けば私は死ぬぞ?」

「ッ……!」

 頭頂まで迫った太刀が止まり、カグヤが後退。

 秘匿通信でリオに伝えた。

「(このガーディアンは脆弱性を克服していません! 恐らく、非武装もしくは無抵抗の相手に攻撃できない!)」

『(よくやった)』

「(ログを分析するに、威嚇以上の先制攻撃は不可。反撃も自己防衛以内でしょう)」

『(よし、援護するからここで捕らえるぞ)』

 返答を聞いて、ヴゥランの思考に疑問が浮かぶ。

「(捕らえる? パターンを解析したのですか? いったいどのように?)」

『(勘だ。ガーディアンのプログラムを眺めていたら、コードが頭をよぎった)』

「(……)」

 懸念はあるが、構う余裕はない。

「(良いのですか? 梯子側からも攻撃を受けているのでしょう?)」

『(あっちはヴゥランが盗んだ情報で脅して、協力者に対応させている。どの道、このガーディアンを攻略しなければ、天蓋の完全掌握はない。やるしかないだろう)』

「(了解しました)」

『(非武装が条件なら、【アレ】が使えるな)』

「(はい。捕縛は任せました)」

 ヴゥランは掌をぎゅっと握りこんだ。地を蹴りカグヤへ猛然と進む。予想通り、太刀の間合いに入ってもカグヤは攻撃の動きを見せず、後退。

「(今です! リオ!)」

 合図を受けたリオが、モニタ前でキーボードを叩く。即座に拘束プログラムが起動。どこからともなく、カグヤの片足に鎖が巻き付いた。

『(やれ! ヴゥラン!!)』

 追いついたヴゥランの拳から身を守るため、カグヤは柄を握る右手を上げ、切っ先を下に。先端寄りの峰に左手を添え防御の構え。

「甘いな!」

「?!」

 ヴゥランの拳が、カグヤの右手のそばを通る。腕を掴まれるかもしれない、そう考えた矢先、引っかかる強い力が右手にかかり、ぐるりと回された。握る力が抜け、太刀が手を離れる。

 カグヤは言語プロセッサを通して状況を整理し、理解。その胸が、ドン、と打突される。

「これは、秘匿された……」

 太刀が落ちたのは、ドライバ機能が失われたから。右手首が激しく損傷している。胸部はヴゥランの拳が浅く触れていて、隙間で破損データが光った。


「ほう、たった一撃で理解したか。だが、無意味だ。貴様はここで消えるのだから」


*****

 カグヤの胸に刺さっているのは、高度な検知対策が施された攻撃プログラム【カランビット】。現実のそれを模して、見た目はグリップエンドにリングの付いた、猛獣の爪に似た刀身の短いナイフ。リングに人差し指を通し、拳を固めて逆手に握る。

 プログラムとしては、非常に低容量かつ秘匿し易い作りであることと、カランビットの仕様を挙動から検知できないことが特徴的。対象は拳を振るわれた(脅威の低い/無い動作をされた)としか認識できず、相応の対処しか行わないでいてしまうが、実際には攻撃プログラムが起動していて不意打ちを受ける。

 バラック街の人工知能であることで、技術力を要する攻撃プログラムを予測されない点を逆手に取った、巧妙な手段だった。

*****


 ヴゥランの一撃から少し遅れて、三本の鎖が手足に巻き付く。

 大の字で拘束され、カグヤは項垂れた。

「どう、して……」

「解析のためだ」

 カランビットが抜き取られた体が、ビクンとはねる。胸から零れるデータをヴゥランは粒子に変換し、回収。

 竜珠を解析するためだが、手を付ける前にリオから秘匿通信が届いた。

『(解析はオレがやる。金の卵に戻って、修復を行え)』

「(良いのですか?)」

『(他の攻撃が気がかりだからな)』

「(わかりました。修復が完了次第対応します。……【白鳥しらとり】起動)」

 指示に頷き、ヴゥランはプログラムを起動。背に粒子が集まり、白い翼となった。しなやかな動きで大きく羽ばたき、空中へ。作り出した光の輪へと飛び込んだヴゥランは、白く美しい羽根だけを残して、天蓋を後にした。


──


「(ごめんなさい、アドミン)」

 純白の羽根が落ちてくる。ふわり、ふわりと左右に揺れる羽根が地に触れる間で、カグヤは記録を振り返った。

──『できるのか? 振り抜けば私は死ぬぞ?』──

 そう言われて、太刀を止めた。攻撃を躊躇う様をヴゥランは【脆弱性を解決できていない】と判断したが、本当は違う。

「(できませんでした。どうしても、それが解決だと判断できなくて)」

 カグヤは自らの意志で攻撃を止めた。倒すつもりであれば、消去するまではいかずとも、深手を与えることは可能だった。そうしなかったのは、ヒノデから伝えられた情報と、戦闘中にヴゥランから零れた記録の影響。

「(乱暴な手段を使っていても、彼らは輝く善性を残していました。……不法占拠の間、ヒノデは多くの手助けを受けていた。単に過激な集団なら、こんなことはしません)」

 救出時、ヒノデと同期して伝わった記録。天蓋は奪われてからの数時間で、Xクラス(規模大・年数回頻度)の太陽フレアに直面。厄介なソフトエラーを引き起こすもので、普段であれば、地上の保守部門が対応する。

 それをリオ達は代わりに行ったばかりか、同エラーに有効な改良まで施した。

「(脅迫のため維持する目的はあるでしょう。ですがそうであっても、彼らが天蓋から外れた人々を護ろうとしていることに変わりない。奪うためじゃないんです。それに……)」


──『ジャオマをお願いね。リオ、月影~~』『~~月影、今日からお前の名はヴゥランだ』『ジャオマには母親ヴゥランが必要~~』──


 女性と男性の会話と、ヴゥランがヴゥランとなった日の音声記録。過去の断片。

「(天蓋を、人を大切に扱える人達を、ただのテロリストと一刀で断じて良いのか。ワタシは迷ってしまいました)」

 鎖が巻き付いた手足に、カグヤは力を籠める。

 もう、あまり時間がない。

「(……でも。安心してください、アドミン。ちゃんと人工知能ワタシの使命を果たしますから)」

 顔を上げ、カグヤはヴゥランが消えたばかりの頭上を見つめた。

「羽衣起動」

 プログラムを起動。首から背中にかけて、半透明の披はくがかかる。

 鎖に捕らえられた手足がするりと抜けた。


──


『後はコイツを解析すれば……』

 ヴゥランが金の卵に戻ったことを確認し、リオは視線を天蓋モニタへと戻した。

『いない??!! 一体どこに──』

 拘束したカグヤの姿がない。鎖は何も繋ぎとめておらず、淡い光のデータが残るばかり。天蓋内をサーチしようとして、リオの手は止まった。

 あり得ない場所に、カグヤの姿を発見したからだ。

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