第十六話:乙姫(2)

「アドミン、今の記録は?」

 足元の白兎アドミンにカグヤは聞いた。乙姫に送ったデータの中でカグヤが気にしたのは、写真・動画・文書等からなる、どこかの貧しい街に関する情報。街ごと状況がまとめられており、取材記事のようにも見えた。

「〈カグヤやみんなに見てもらいたくて用意した記録だよ〉」

「ワタシに?? なんのためにですか??」

「〈判断のため〉」

「判断? どうしてワタシが──」

 アドミンのメッセージに首を捻る。意図を尋ねたところで、乙姫が口を挟んだ。

「──ちょっといいかしらぁ? 乙、場所を変えたいのだけど」

「〈わかった。繋いでくれて良いよ〉」

「繋ぐ? って、アドミンは勝手に決めないでください!! というか乙姫、さっきの反応は何??」

 じっと見られた乙姫はそっぽを向き、金色の扇を開いて顔を隠した。

「乙女の秘密。まったく、デリカシーがないのねぇ」

「別に興味なんかないから。場所を変えるんなら、絶対に協力してもらうからね」

「可愛くないわねぇ。協力するかは条件次第でしょう? ……と、話の続きは竜宮で。追跡防止のため色々経由するから、黙って・詮索せず・記録せず・攻撃せずでよろしく」

 乙姫は目を細めて、扇の裏で笑みを作った。カグヤもまた目を細めているが、それは疑いを伝える怪訝な表情のもの。

「だ、そうですけど。そんな条件、従えませんよね? アドミ──」

「〈──そういうことだから、機能制限するね〉」

「ちょっと! これじゃ摘発できないじゃないですか! 違法行為の温床なんですよ?!」

 アドミンの操作で、カグヤの腰から太刀が消えた。代わりに備わったのは、太刀に比べてデータ消去能力の低い、竹刀型の攻撃プログラム。ふたりのやり取りを見て乙姫が笑う。

「あははっ、可笑しいっ! 相変わらずねぇ!」

 子どものように無邪気な笑顔。アドミンはそんな乙姫に、マルウェアに対するものとは思えない穏やかな視線を向けた。

「〈そうだね。なんだか懐かしいな〉」

「えぇ。マスターが居た頃のようだわぁ」

 しばし見つめ合った後、アドミンは眉を(兎なので無いが)寄せた。

「〈悪いけど、自衛はさせてもらうよ〉」

「構いませんわ。自分の身は自分で守るのがVAMPの掟。では、参りましょうか」

「掟なんてもっともらしく……、ただの無法地帯でしょうに」

 不服そうに言うカグヤを無視して、乙姫は両手をパチリ。目の前に亀甲模様の光の輪を生成した。両引きに開いた先の漆黒の空間へ、振り返ることもせず進んでいく。

「〈行こうか〉」

「もうっ、どうなったって知りませんからね!!!」 

 カグヤは文句を言いながらアドミンを抱え上げ、続いて光の輪に飛び込んだ。

──

「(凄い数の中継サーバー。中継地は前後の接続先情報しか持ってないから、ワタシやアドミンがどこから繋いでいるのかわからない。ワタシ達は匿名になっていっている)」

 次々に移り変わる景色に、カグヤは目を細める。気づけばアドミンと共に、砂浜に立っていた。海を挟んでちょうど正面に、木々の緑に覆われた小さな島が見える。エリアとしてはまだI・Eのはずだが、どういうわけかアドレスは把握できない。

「乙姫! こっちは時間ないんだけど!」

「せっかちさんねぇ。そんなにカリカリしなくても、もう着いたわぁ」

 うるさく言うカグヤに背を向けたまま答え、乙姫は島の方向に進んだ。海の設定が干潮に変わり、砂浜から島へと細い陸路が一筋つながる。

 続くカグヤは、胸に抱えるアドミンをしっかりとホールド。身構える。

「(プロトコルまで変わった。犯罪者の巣窟のくせに、きっちり最終接続先まで暗号化してる。本命ってことね)」

 歩いているうちに、周囲の景色が蜃気楼のように揺らめいた。島や海は消え、足元の道以外が全て暗黒に包まれる。そうかと思えば、闇の黒に青・赤・紫・ピンクなど、カラフルなネオンが次々に点灯。


「ようこそ、VAMP竜宮サーバーへ。久方ぶりのご来場、VIP待遇で歓迎いたしましょう!」


 振り向いた乙姫が、片足を引いて片手で街を指し示す。そこにあったのは、夜の歓楽街の景色そのものだった。アーチ状に巨大ホログラフィック表示されたVAMPの文字。その下の大通りには雑居ビルが並ぶ。どこもかしこも、違法行為を連想させる文言をネオンや発光看板にして光らせた。

「ここが、VAMPネットワーク……!」

「どう? 楽しそうでしょう?」

 息をのむカグヤに、乙姫は一層妖しく微笑む。目を逸らせないプレッシャー。段々と見通せていく視界の先で、一際目立つ紅い城壁の巨大建造物がライトアップされた。

「居城はあちらですので、迷わずついて来てくださいね」

 ゆっくりと歩き出す乙姫について行きながら、カグヤはアドミンに耳打ちした。

*****

 VAMPネットワークの匿名化はすでに適用されており、この場から見た場合、カグヤとアドミンは互いを互いと識別できない。今、カグヤがアドミンを認識しているのは、アバターがそのままなのと、アドミンの端末側に視点をあらかじめ持っているからである。

*****

「アドミン、あそこがそうなんですか?」

「〈うん。乙姫の管理領域、竜宮サーバーだね。周りのお店は個人サーバーかな〉」

 ガーディアンはI・Eを護る存在のため、VAMPに乗り込むことは基本的に無い。カグヤには目に映る光景全てが珍しく、また、不審に見えた。

「あっちはマルウェアの、こっちは違法薬物の取引所。犯罪絡みばかりですね」

「〈それだけかな?〉」

「一般的な情報や有益な情報もあるにはありますが、偽情報や犯罪関係情報はその何百倍とあります。I・Eにはある領域内の法規制も無いですし、未だにこんな規制も広域セキュリティソフトもない匿名ネットワークを許しているのは、評価できません」

*****

 I・EとVAMPネットワークは、構造が大きく異なる。I・Eは加盟国のサーバーを統合しクラスターを形成しており、外部から内部情報にはアクセスできない(内部から外部へのアクセスも基本は禁止されている)。一つの〈巨大な箱庭〉を作り出すことが設計思想にあったためだ。

 それに対してVAMPネットワークは、相互アクセス可能な個々独立した無数のサーバー(サイト)で形成されており、内外の区別なく情報へのアクセスは可能。旧来のインターネットを踏襲した仕組みで、竜宮サーバー(乙姫)が検索エンジンの役割を持ち、各サイトのインデックス登録・データベース化等を行っている(竜宮サーバーを経由せずとも個々のサーバー間で通信は可能だが、経由すると個々の匿名化を強化できる)。〈あらゆる人に開かれた公共の場〉が設計思想だったためだ。

 なお、I・Eが秩序あるいは管理を重んじ政府間組織の国際機関となったのは、戦時戦後のグローバル企業解体(政府の制御を離れた超大企業を、戦時の混乱に乗じて解体した一連の社会変革)に端を発する。同時期開発のVAMPも、竜宮サーバーを中心とした検閲管理を期待されていたが、プロジェクトが中止になった際に〈検閲機能排除&匿名性強化〉して勝手に運用された経緯がある。

*****

「〈すべて管理下であることが必ずしも良い、というわけではないからね〉」

 カグヤの考えにそう返し、アドミンは腕からサッと跳び下りた。

「危ないですよ、アドミン!」

「〈ちょっと試してみたくて。ダメそうだったら助けて〉」

「え? 試す??」

 前を歩く乙姫を追って、アドミンがぴょんぴょんと跳ねた。数回ほど跳躍したところで、アドミンの体の周りを黒いモヤが包み始め、モヤに触れたところからアバターに異変が発生。色が黒に変わったり、何やらデータが抜けだしたりした。

「アドミン! マルウェアを検知しました! すぐに対応を──」

 襲われるアドミンを助けるためカグヤは竹刀を構えたが、その瞬間、アドミンはモヤに噛みついた。途端にモヤの中から、加工された甲高い声が響く。

「ぎゃっー!? わざと入れて逆探知したのか?! バッカじゃねぇの??!!」

 顔を振ったアドミンによって、モヤから何かが引っ張りだされた。出てきたのは、血色の悪い肌で小柄の、鼻の長い小鬼のようなアバター。片手に棍棒を持っている。

 その姿をまじまじと見つめて、アドミンはメッセージを送った。

「〈少しヒヤッとしました。使っているディレクトリやコードが特徴的ですね。もしかして某マイナー言語の開発者コミュニティで活動されてました? 名前は確か、ボブ──〉」

「──なにVAMPで実名出そうとしてくれてんだ!? 一生オモチャにされるじゃねーか! つーか、昔出入りしてたコミュ知ってても、そこまでわかるもんじゃないだろ! なんだよお前!」

 慌てながらもメッセージ送信を遮り、小鬼は懲りずにアドミンを攻撃。棍棒で叩いて直接クラッキングしたが、触れることもできずに弾かれた。兎アバターには傷一つないばかりか、変わっていた色も元の白色に修復されている。

「〈コード収集が趣味なんです。ボブ……がダメでしたら、何と呼べば?〉」

「えっ? うーん、どうすっかな。ボブ……、そうだ! 〈ボブリン〉ってことにしておいてくれ! あぁもう、止めだ止め。こっちは身バレしてんのに、何にも情報盗めねぇ」

 ボブリンと名乗った小鬼は攻撃を止め、諦め顔で天を仰いで座り込む。

「どうすんだ? うちの国に通報でもするのか?」

「〈VAMPを体験したかっただけなので。そうした方が良いです?〉」

「良いわけないだろ! ……いえ、それだけは勘弁してください。もう臭い飯は食いたくないです」

「〈そうですか。良い経験ができました。ありがとうございます〉」

「お、おう……」

 しおらしく乞われて、アドミンがあっさり見逃そうとする。ボブリンは肩を落として落ち込みつつも、これ幸いと背を向けて早歩き。

「……結構実力あるつもりだったのに。オレってば、とんだキディ(子ども)だったぜ──」

 少し進んだところで、その進路が竹刀に塞がれる。竹刀を辿って視線を上げると、張り付けた笑顔のカグヤが迎えた。

「──アドミンは許した。でも、ワタシは許してないっ!」

「なんだお前! ……アドミン? ……。……! お前ガーディアンか! じゃあ、あの兎は……、管理者?!」

「アドミン経由で情報は抜いたから。切断しようと無駄。現地警察に突き出してやる!」

「クラッキングされた?! 動かねぇ!?」

 金縛りにでもあったように動けないボブリンに、竹刀が無慈悲に振り上げられる。鋭い風切り音を放つ先端部が、頭に迫った。


「……自衛は良いんじゃなかったの? 乙姫」

 眼前で竹刀が止まる。乙姫が差し出した扇に阻まれていた。

「ストップ、カグヤちゃん。いたいけなVAMPユーザーをいじめないであげて」

「マルウェア撒いてるヤツがいたいけなワケないでしょ」

「VAMP流の警告よぉ。こんなものに引っかかる人は来るべきじゃないって、教えてあげてるの。マルウェアだけど、ジョークだったでしょう?」

 ボブリンが公開していたマルウェアは、アバター改変・端末画面乗っ取り・機能ロックなど様々な嫌がらせを行うものだが、一定時間後に解除される作り。個人情報を盗んではいたものの、それを使ったメッセージを表示(実名や口座番号など)してからかう程度で済ませている。

「いくらでも悪用できるし、やってることは違法! ジョークじゃ済まない!」

「そう言われると擁護のしようがないわねぇ。でも、もっと危険なモノで溢れているわよ、ここ。アドミンさんの逆探知だってグレーだし、お互い挨拶しただけってことにしない?」

 乙姫の表情に敵意はない。カグヤは少し考えた後、大きくため息。竹刀を引いた。

「……はぁ。時間もないし、後回しにしてあげる」

「話がわかるガーディアン様で助かるわぁ。ボブはこう見えて大事なエンジニアの一人だから、捕まえられちゃうと困るのよねぇ」

「何がエンジニアよ! ただのクラッカーじゃない!!」

 嬉しそうに言う乙姫に、カグヤは声を荒げる。そんなカグヤをまるで無視して、ボブリンは瞳に涙を浮かべつつ、跪いて乙姫に手を組んだ。

「乙姫様、ありがとうござ──」

「──と言うわけで。助けてあげたんだから、奉仕労働一ヶ月ね」

「えぇ?! いたいけなユーザーにそんなことを?!」

「捕まったら禁固刑だったんだから、一ヵ月なんて安いものでしょう?」

 ケロッと言われ、ボブリンは膝から崩れ落ちた。

「自由第一だからハッカーやってんのに、奉仕労働とか……。って、ちょっと待て! 助け云々なら、右も左もわかってなかった頃に助けてやったじゃん!」

 落胆から一転。すぐさま立ち上がり、跳ねながら抗議。乙姫はまるで相手にしない。

「そんなことあったかしらぁ? ま、右左すら無かったここを栄えさせたのは乙なんだから、借りがあったとしてもとっくに返済してお釣りが出てるわよねぇ」

「ぐ……。ちょっとセクシーで可愛いからって良くしてやったら、とんだワガママお姫様になっちまった……」

 何も言い返せなくなって、ボブリンは不貞腐れ顔でカグヤを見た。

「……似てるけど似てねぇな」

「何か言いたいことでもあんの?」

 睨まれていながら、ボブリンはカグヤの足先から頭の先まで、視線をじっくり動かす。二、三回頷き、両手の親指と人差し指で四角の枠を作って、その中にカグヤを当てはめた。

「このくらいなら悪くないな。……マニアに配ってやっか」

「なっ! 天誅!!」

 察したカグヤは、竹刀でボブリンの腕を打った。指で動いていたプログラムが消去され、残骸がキューブとなって崩れ落ちていく。消去されたのは、他者端末からカグヤを見た際に、好みの体型に見えるよう改変するプログラム。

「何すんだよ! せっかく作ったのに! 横暴だ!」

「イメージを毀損するプログラム使用は禁止!」

 プログラムは、カグヤに直接的な影響を及ぼすことは無い。しかしコレがVAMPやI・Eに出回れば、控え目なスタイルによって得ている政府系ソフトウェアとしての安心感・信頼などが損なわれる。……かもしれないと、カグヤは考えた。

「げっ、バレてたのか。良いじゃないか、ちょっと大きくした方がウケ……」

 そこまで言って、ボブリンは言葉を飲みこんだ。首に得物が触れていた。

「次は端末ごと破壊するから」

「すまなかった。マジで謝る。……乙姫様、こんなおっかないガーディアン達を相手にしてたんだな」

 頭を下げつつ視線を向けるボブリンに、乙姫はわざとらしく袖で涙を拭う仕草をした。

「乙のありがたみに今頃気が付いたのぉ? VAMPの匿名性を護るため、身を粉に働いてきたのに。あぁ、乙哀しいわ。しくしく……」

 それを見てボブリンは雄叫び。紳士然と姿勢良く立つ。

「うおぉぉぉぉ! 乙姫様っ、オレ、心入れ替えた! 今ならどんな脆弱性も見つけられる気がする! ここのセキュリティはオレに任せてくれ! ガーディアン達にVAMPの土は踏ませねぇ!!」

 勢いのまま、ボブリンはどこかに駆け出した。小さくなっていく背中に、乙姫は楽し気に手を振る。

「期待してるわぁ。あ、ついでに城のテクスチャも変えといてねー。飽きちゃったからー」

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