番外:存在しないはずの街(2)

 バラック街を訪ねるようになって十日と少し。兄がここでした仕事がどういうものだったのか、ある程度は把握できた。人々の暮らしを良くする手伝い、というのはこれまで巡ってきた土地と同じだが、手段はこの街に合わせられていた。

 立地の関係上、街は周辺から電子部品のジャンクを入手可能だった。かつての大戦の戦場や軌道エレベータが近く、戦場には損傷し破棄された自律兵器の残骸が、軌道エレベータ周囲には廃棄資材が捨て置かれていた。不法投棄だが物は使いようで、兄と街の有志はそれらをかき集めて修理。データセンター〈金の卵〉を作った。

『タロウサンのこと、最初は信用していなかったよ。何せ安全圏から来た人間だ。正直に言えば金目の物だけ奪って、憂さ晴らしに殺してやるつもりだった』

 リオは、当時の心境をそう語っている。どこの土地でも現地の反応は大体同じ。それでも兄が生き残ってきたのは、使える存在だったからだ。

『「コンピュータをやろう。頭だけでできる」。そう言われた時は耳を疑った。コンピュータどころか電気すら無かったからな。オレも仲間も全く信じてなくて、馬鹿にするつもりで殺さず放っておいたんだ。そしたら~~』

 宣言してから二、三日くらいで、兄はリオ達がたまり場にしていた小屋に、電子部品やバッテリーの類を次々と持ってきたらしい。痛んだ部品ばかりだったそれらを修理・調整・加工、簡易コンピュータとモニタにして起動。電灯も無い小屋に、OSの起動画面が光った。

『不思議に思って聞いたんだ。どこで手に入れたのかって。そしたら、街外れの戦場跡に行ったんだと。馬鹿にもほどがあるよな。跡って言っても、自律兵器のハグレ同士がたまにドンパチやってるし、対人地雷だって埋まってる。……でも。だからこそ、タロウサンが本気だってわかったんだ』

 兄は元より、危険地域に飛び込むつもりで準備をしていた。自律兵器の電波を拾うセンサ、遠隔クラッキング装置、地雷探知機、地形測量ドローンなど使って身を守りつつ、ジャンクを集めた。

『危険なマネせず、買って渡せば良い。そう思うだろ? まぁ、「それじゃあ貴方達が誇れない」と返されたんだが。変なことを言うもんだと思った。こっちは食うや食わずで生きてるのに、誇りがどうとか。誇りじゃメシ食えないよ、ってあの時は笑ったが、今は少しわかる。メシだけで生きてるわけじゃなかったんだな、オレ達は』

 いつかの夜、ベランダで煙草をくゆらせ聞かせてくれたリオの横顔は、苦しい時分を乗り切った充足感を伝えていた。リオ達は、兄と一緒にジャンク採りをして金の卵を構築。その傍らでソフト・ハード面の知識を、兄やネットワークから学んだ。

『大変だった。わからないことだらけなのもあるが、生活は課題ばかりで。機械いじりだけじゃなくて、井戸掘ったり、水路作ったり、ゴミの捨て方や利用方法を決めたり……。本当に大変だったんだ。でも、前に進んでる感覚がして気分は良かった。段々と、街の皆も協力してくれるようになったしな』

 金の卵が稼働し始めてから少しずつ、街に変化が見られはじめた。暗号通貨のマイニングや、サーバー機能の提供で得られた僅かな資金を集め、ジャンク品では賄えない機械類を購入。マイクロ波受電装置や配電装置、スコール対策の排水ポンプなどを作り上げていった。生活が良くなる予感が伝播したのか、次第に街の住人もリオ達を手伝うようになった。

 そうして街は、一軒のデータセンターと電気や水のインフラを手に入れた。しかしリオ曰く、まだまだ道半ばであるらしい。

『今は、街の皆に銀行口座を用意してやりたいと思ってる。盗まれない資産は発展に必要不可欠だ。I・Eには見放されてるが、VAMPネットの暗号通貨でならやれる。皆が未来や子どものために蓄える感覚を掴めれば、この街はもっと大きくなる。……そうならなくても、皆の脱出の元手くらいにはなってくれるはずだ』

 I・Eに加盟している地域、リオ達風に言うと安全圏の人々にとって、この街は存在すらしていない。当然、I・Eに接続する権利もない。そんな彼らに唯一開かれている世界そとへの道が、VAMPネットワークだった。

『VAMPが危ないってのはわかる。だが、オレ達からすれば珍しいことじゃない。自分の身は自分で守るもんだし、そのための方法や道具の使い方は教えてもらった』

 兄の関わり方は、基本的に手伝いの範囲に止まる。教えることはあっても与えることは極力避けた。この街でも電子部品(及び内蔵OSやソフト)は現地調達。データセンターも実働として作ったのはリオ達になる。

 しかしそんな兄が、例外的に提供しているものがあった。

『名前をつけないのかって? 月影つきかげって名前なんだろ? ~~それは型式名で名前じゃない? 変なことを言うんだな。人工知能に名前だなんて』

 自律型人工知能、タイプ〈月影〉。兄は、このソフトウェアだけは無償提供していた。ネットワークを通して様々な機能を自律学習する人工知能で、未学習のプリセット状態でも生活や教育を助ける程度は可能。普通であれば月額使用料ですら、それなり以上にかかる完成度の代物。

 兄が月影を提供した理由は二つ。一つは、学びを提供する教師とするため。伝え聞くところによれば兄は、「人類の成果をオープンソースにする」と言っていたそうだ。誰しもに公開された利用・改変自由なソースコードと同じように、人類が重ねてきた知識を共有できるものにしたいと考えたらしい。

 もう一つは、悪意ある攻撃から護るため。兄が訪ねる土地は、もれなくI・Eに加盟していない。存在が認知されていない事情は様々(国体を成していない、独立主張が認められていない、国から認識されていない等)であるが、I・Eに接続する権利を持たない。

 民間のネットワークは大戦後ほぼ絶滅状態のため、利用できるネットワークはVAMPネットワークだけ。VAMPは来るものを拒まないが、ガーディアンのような広域セキュリティソフトはなく、悪意ある攻撃に遭遇する機会が多い。兄が提供した人工知能は、コンピュータを攻撃から保護する機能も備えていた。

 どちらの理由も、独り立ちまで一ヵ所に止まれないことに、兄なりに向き合った結果と思えた。また、今では〈V/A/M/Pヴァンプ(〈継ぎ接ぎ〉の、あるいは〈妖婦〉の)ネットワーク〉などと呼ばれるようになってしまった自身の成果物〈多機能の/進歩的な/大量/公共/ネットワーク〉のユーザーフレンドリーさに対して、開発者なりに責任を感じた結果とも。

『タロウサンが居なければ今のオレ達はない。~~え? そうじゃないって?』

 最初に兄の足跡を掴んだ時、一通のレターが届いた。差出人は不明だったが、兄が送ったものと見て間違いない。その内容の前半をリオに伝える。

──『存在しないとされた街の民へ。貴方達に無かったのは、チカラを育む〈機会〉だけ。〈チカラそのもの〉は最初から持っていました。育んだチカラは、ずっと貴方達の中にある。それは誰にも奪えない強いものです』──

 兄のメッセージを伝えると、リオは一言、「そうか」とだけ零して掌を見つめた。そんなリオを見て、レターの後半が心にこだまする。

──『彼らから目を逸らした世界へ。機会を得た彼らの「ここに居る」という声は、遠からず届く。その時はどうか、間違ってくれるな』──


 その時が、いつ訪れるのかはわからない。だからこうして、巡った街で目にした人の営みを記録しておく。いつか届いた声を、世界が間違って受け止めないように。世界が彼らに、公正に向き合うように。


──


 金の卵オフィスにて。メモを書き終えラップトップPCの電源を落としたところで、リオが不思議そうな顔で聞いてきた。

「大したことは聞かれてない気がするが、調べはもう済んだのか? アドミンは、いや、アドミン達は、タロウサンの足取りを追ってるんだろ?」

 兄の話を聞きたい、とだけ伝えていたが、こちらの目的を察していたらしい。巡った土地で出会った人の中でも、リオは取り分け、兄の考えを理解している。携帯端末を取り出して画面を投影。メッセージで答えた。

『調べてわかることなんて、兄は残しませんから』

「ははは、それもそうだな」

『わかっていて、どうして招き入れたんですか?』

「どうしてって、そりゃあ。良くしてやってくれ、と言われてたのもあるが──」

 聞かれたリオは目を合わせて言った。

「──会ってみたかった。言うなればアドミンは、タロウサンの一番弟子みたいなものだろ? 同じ弟子として気になるじゃないか、色々」

『会ってみてどうでしたか?』

「似てるって思ったよ。あぁ、姿ガワじゃない。良い言い方は浮かばないが、あえて言うなら目が似てる。何か企んでそうな、強かな目だ」

 企んでいる、と言えるほど考えがハッキリしているわけではなかったが。それもリオには見抜かれていた。それなら、と。ダメ元で聞いてみる。

『兄が何を企んでいるか、聞いていませんか?』

「聞いちゃいない、が……」

 メッセージを見て、リオは顎に手を当てて少し考えた。

「一つ、感じたことはある」

『感じたこと?』

「タロウサンが、アドミンと会うのを避けている理由。アドミンが来たら、二度とその土地にタロウサンは現れないんだろう?」

『はい』

 兄に避けられているのは事実だ。こうして各地を巡っているのは兄を逮捕するためなのだから、当然のこと。国家プロジェクトを漏洩させた逃亡犯を、政府の命令で追っている。

 しかしリオとしては、兄の考えは逮捕どうこうを気にしたものではないらしい。

「思うに、タロウサンがアドミンを避けている理由はな。揺らぐからだと思う」

『揺らぐ?』

「決意がな。そういう雰囲気だった。企てが何かまでは知らない。……なぁ、アドミン」

 リオは立ち居を正して、こちらに手を差し出した。

「息苦しいなら、うちに来ても良いぞ? 何もないところだが、無理強いして大事な人を捕まえさせるようなことはしない」

 身を案じての提案。兄のように生きるのも悪くはないと思いつつ、首を横に振って答える。

『すみません。残してきたものがあるので』

「人質でも取られてるのか?」

『人、というと少し違うかもしれませんが、家族です』

 返答を見て、リオが苦笑する。

「もしかして人工知能のことか? 本当に変わってるな。でもまぁ、血や婚姻の繋がりなんかなくても、家族みたいに大切な存在になることはある。人じゃなくてもそうなんだろう」

 変わっている、と言いながら。リオがオフィスで働く仲間に向けた柔らかな眼差しは、正確に気持ちを理解してくれていることを伝えていた。そんなリオに誤解させたままだと悪いので、無理をしているわけではないと付け加える。

『捕まえるのはともかく、追いかけるのは嫌ではないんです』

「へぇ、どうしてだ?」

『捜査なら、無料タダで色々なところに行けるでしょう?』

「なるほど確かに。それは悪くないな。マッチポンプみたいだが」

 リオは納得した顔で、明るく笑った。誘いを断ったことを、気にしなくて済むくらいに。彼と仲間が居れば、この街はきっと良くなっていく。疑いなくそう思えるほどの、人の力強さがここにはあった。

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