第十三話:同じ地球に(2)

「なに寝てるんだ、この緊急事態に! さっさと対応しろ!!」

 けたたましい警報音とグループ長の怒声が、仮眠室に響く。パイプベッドからむくりと体を起こしたアドミンは、うるさく言うグループ長の言葉に片手を上げるだけで応え、管理者室へ移動。

 ヘッドセットを装着して、端末からメッセージを送った。

「〈カグヤ。状況は?〉」

『遅いです、アドミン!』

 端末からも、グループ長に匹敵する大音量おおごえが飛んできた。怒声ではないが、カグヤは酷く焦っている。

『I・E全領域で大規模攻撃が発生。DDoS、ランサム、ワーム、トロイ、その他諸々。電脳紛争級の規模です!!』

 待機サーバーに地球儀型I・E監視画面を投影し、カグヤは説明。多くの大陸上空にモヤがかかり、規模の小さいエリア(群島国家)は島影すら無い。モヤは通信の輻輳を、消えた部分は遮断を表す。

 自国領域も攻撃を受けており、警察組織・サイバーコマンド・企業・電脳庁が総出で、アクセス遮断や攻撃プログラム隔離を実行中。

 カグヤもツクヨミの指揮下、複数体で自国や他国管轄領域の防衛にあたっていた。

「〈状況了解。命令端末を探そうか〉」

『無茶です! この状況で心月を逆探知に使ったら、攻撃者に圧しきられます!!』

 刻一刻と拡大する攻撃の中で命令端末を特定するのは、積み増される干し草から針を探すようなもの。心月を使えば攻撃端末へのハッキングや、攻撃傾向・通信内容の分析等は可能だが、そうすると大規模攻撃への防衛補助・オペレーションが疎かになる。

 反論するカグヤにアドミンは、とあるコードを送信した。

「〈安心して、心月は使わない。今送ったコードが使われているプログラムを探して欲しい。BOTの多いところから探せば、どこかで当たるはず。見つけたらモニタ回して〉」

『なっ……、暗号化パターンまで……。どこから入手したとか、聞きたいことは山ほどありますけど! 検索してみるので、ちょっと待っててくださいっ!』

 やや不服にしながら、カグヤは指示を了承。目を瞑って戦闘中の他の自身と情報同期。コードを探させた。


『……え? もう?? アドミン、見つけました! 管理者端末と接続します!』


──シブヤサーバー・スクランブル交差点──


「ワタシから聞きました。先ほどのコードを使う敵は、このサーバー内に居るはずです」

 スクランブル交差点の真ん中で、小具足姿のカグヤが言う。交差点を俯瞰する管理者端末窓の視点から見て、カグヤは四方を群衆に囲まれていた。

 群衆は皆、生気がなく、肌は緑色や灰色。乗っ取られたI・E関連端末が、アバターを改造した攻撃プログラムを動かしている状態。

『ゾンビBOTだらけだね。市民のログアウトは?』

「正常端末分は済んでます! ですが、膨大なBOTの攻撃によって、サーバー側が危険な状況です!」

 ゾンビの攻撃方法は、鋭利な爪や牙を使ったひっかきや噛みつき。あらゆるデータを破壊したり、傷つけることで暗号化(使用不能状態に)したりしている。それだけならカグヤが無力化すれば済む話だが、地面を埋め尽くすほどの物量(データ容量)をもって、存在するだけでサーバーに高負荷をかけた。

『全部止める間に、サーバーダウンによるデータ破損のリスクがあるね』

「そういうことです。I・E関連端末がこんなにBOT化していただなんて!」

 カグヤは太刀に右手をかけ、横薙ぎに居合。ゾンビのほとんどが腰から両断され、地面に転がった。そのままカグヤは、街中を跋扈するゾンビを追いかけつつ、斬り捨て続ける。数が多すぎるため、端末を停止する最低限の処置。

『潜伏よりも休眠端末が多そうだ。カグヤ、このIDの人達が実在するか調べて。照合も』

「え? 今?! 少し時間かかりますよ!」

 アドミンの指示で、カグヤはビルからビルへと街を跳ぶ。ゾンビに迫り、斬り捨てるのではなく胸を突き、引き抜く際に端末情報を奪取。

 それを国民情報や、入管その他の国際データベースと照合する。

「……実在します! 他に知りたいことは?!」

『特徴分析をお願い。失踪者とか、高齢者とか、何かあるはずだよ』

「ええっと……。言う通りの傾向です。自国IDは行方不明者が多数、次点は高齢者。他国籍も行方不明者が多いですが、特徴は……、MIA(作戦行動中行方不明)?」

『攻撃者は複数勢力かな。仮想敵が近い感じの』

 アドミンは少し考え、急に思い出してメッセージ。

『忘れてた! カグヤ、さっきのコードが使われている端末はどこ?』

「関係ある指示じゃなかったんですか?!」

 カグヤは呆れ顔で、付近のビルを中腹まで駆け上がった。壁にはりついて目を細め、指定のコードを使う存在を検索。

 都市の隙間、高架下の目立たない路地を管理者端末に大写しした。

「アレです!」

 路地には複数のゾンビが居た。見た目の差異はなく、一様に腕をだらりと正面に伸ばしたポーズと緩慢な動作で、街を徘徊。破壊活動を行っている。

 見分けがつくよう、カグヤは管理者端末上でゾンビの一体(スーツ姿の男性型)を赤くマーキング。

『さすが、早いね。ありがとう。あれが、この領域の命令者だよ』

「どういたしまして……って、命令者?!」

 ビルの中腹を蹴ってカグヤは飛んだ。勢い任せにゾンビの首を刎ねようと、太刀を右手に構える。

 その目線を塞いで、アドミンはメッセージを送った。

『カグヤ! 止まって!!!』

 カグヤは空中で緊急停止。バックステップで後退し、ゾンビと接近戦にならないくらいの距離に着地した。

「どうして止めるんですかっ?!」

『今のカグヤに、アレは攻撃できないよ』

「え?」

 話すうちに、捕捉していたゾンビの首が真後ろに捻じれ、カグヤを向く。口が動いて、加工された男とも女ともつかない声を発した。

「……気づかれるとはな。管理者よ、なぜわかった? どこまで知っている?」

『わかってなかったし、何も知らなかった』

「憶測で見抜いたか? だが、ガーディアンに私は……!」

 ゾンビはアドミンのメッセージをチラリと見て、体をぐにゃぐにゃと不定形に崩れさせ始めた。

「アドミン、なんですかアレは……!」

『攻撃者のプログラム。カグヤには、そう見えていないかもしれないけど』

 答えつつ、アドミンは他国ガーディアンの戦況をモニタ。

 多くのガーディアンがちょうど同じタイミングで、【何か】と遭遇していた。


──I・E欧州【金融街ザ・シティ】──


 街を象徴する大聖堂も、列柱美しい白亜の旧取引所も、河川を望む城塞でさえも。普段は観光客で賑わうあらゆる建物・景色の周囲が、無数のゾンビBOTに埋め尽くされてしまっている。

 そんなシティを、金髪碧眼のガーディアン【アリス】は空中から見下ろした。

「へぇ、いいね。私、ゾンビって結構好きよ。ドロシーほどじゃないけど」

 余裕の顔は、鎮圧できる自信から。会議の時のドレスとは違う、紺青の騎士団服とマントが風に靡く。

 空で堂々と威風を放つその存在感は、左胸の星章の輝きにふさわしい。

「さてと、どうしようかな」

 横に伸ばして開いた右手に、スペード穂先の槍が手に収まった。

「ここまで大規模なのは久しぶりだから、楽しくなってきちゃった。……【バンカー】起動!」

 くるくると槍を回してから、穂先を地に向け命令実行。シティに地響きが轟く。

 建物にとまっていた大量のカラスが一斉に空へと飛び立ち、眼下の建造物全てが地下に沈んでいく。

「アナタ達、シティの景色がタダで楽しめるとは思ってないわよね?」

 シティだった領域はあっという間に、建物一つない平地へと変貌。アリスは槍を肩に地上へと降り立ち、不敵に笑った。

 ゾンビの群れが動く。塊、あるいは波の迫力だった。

「見物料分働いてもらうから、そのつもりで」

 槍を地に付き刺し、領域が眩く発光。アリスの足元がせり上がる。新たに平地へ敷かれたのは、童話の世界にあるような、広大な庭園と立派なお城。

 城中央の高い主塔の上で、アリスが高笑い。


「ようこそ、【不思議の国】へ! 不真面目なヤツは首を刎ねちゃうからね!」


──同刻・合衆国サーバー【カンザス】──


「プレジデント~。なんでアタシはハリケーン対応なの~? みんなと一緒に、ゾンビをショットしたかったのに~」

 腰ほど丈のある枯草と小麦畑がどこまでも続く、のどかな景色。ドロシーは一人、天を仰いで嘆きの声を上げる。空には暗く重い雲が立ち込め、カラスの鳴き声が響いた。

 ドロシーの格好は、迷彩柄ズボンにオレンジ色のベスト。栗毛色の髪をポニーテールに纏めて、肩には茶色のライフル提げている。

 むくれるドロシーに、音声通信が言い聞かせた。

『BOTの相手なぞ、サイバーコマンドでこと足りる。キミはガーディアンらしく、大規模攻撃に対応しなさい』

 世界最高レベルの機密回線。大統領からだ。

「はーい……。ねぇ、プレジデント。これってテロ? それとも宣戦布告?」

『調査中だ。キミは状況を鎮圧しつつ、判断材料を集めてくれれば良い』

「了解。じゃ、いきまーす!」

 片膝をついてライフルを構え、ドロシーが目を凝らす。視線の先には、遠近感がおかしくなるほど巨大な、土色の風の渦。激しい稲妻と暴風の唸りが轟いた。

 渦は周囲のデータを巻き上げ攻撃。畑の状態記録や農業用装置(農薬散布ドローンや自動制御の収穫装置など)の遠隔操作プログラムを破壊・停止させている。

「人のがんばりを踏みにじらないで欲しいわ! 【アンチウイルスショット】!」

 掛け声と共に銃声が一つ。ボルトが引かれ、更にもう一つ。

 たった二度の攻撃で、嵐を作り出していた端末と攻撃プログラムは破壊された。ほどなくして嵐は消え去り、中心だった場所に黒い影が一つ見えてくる。

『よくやったドロシー。あの敵性プログラムの捕獲し、サンプルを──』

「──ごめん、プレジデント。すぐには難しいかもしれないわ」

 大統領の言葉を遮り、ドロシーは静かに返答。

 普段の騒がしい感じはなく、至って真面目な口調だった。


──同刻・???──


 朱色鮮やかな城門前の、石畳の広場。その中心で唐紅の袖を風に靡かせ、ガーディアン【王母娘娘】がくるくると舞う。黒髪を彩る金の髪飾りが煌めいた。

「首尾は上々。良い混乱を起こしたと褒めてあげるべきかも」

 投影したI・E各地の戦況を眺めて、上機嫌。

「良きところで救援し、アピールと情報収集を進めましょう」

 王母が笑う。画面の一つには、I・Eアジア圏各所の救援要請に応じて動く、王母自身の姿もあった。

「(天蓋管理と今回の活躍で信頼を得れば、国際社会での発言力は増す。協力国を増やし、I・E外の衛星国を内に引き込めれば、バランスをひっくり返すことは容易)」

 計略。数年をかけ、現状の世界情勢パワーバランスに不満を持つ勢力を世界各地で育て、焚き付けて蜂起させた。そうして起こった混乱に、衛星国やならず者国家が乗っかり、I・Eの秩序崩壊が始まっている。

 すべては自国を、世界の支配者に押し上げるため。何もかも順調、そう思われた。

「は? クラッキング……? ここをどこだと思って──」

 突然響く警報音。侵入者の反応に振り返る。

 誰もいなかった広場には人影が一つ。

「──へぇ。下民のプログラムにしては、マトモな性能しているじゃない」

「報酬を受け取りに参りました。医療設備一式と教師データ。すぐに手配してください」

「(どうやって入った? それに、なんかコイツ、キモチワルイ)」

 影の正体は、バラック街の人工知能【ヴゥラン】。姿を秘匿せず、普段の紫色更紗の装いのまま、強い眼差しで王母を見つめた。

「確かに、複数のガーディアンの縄張りに喧嘩を吹っ掛けるなんて、信じられない働き。ドッグタグデータくらいしか渡してないのに、どんな手を使ったやら。……でも」

 王母は笑う。見下していることが明らかな、蔑む笑みだった。

「報酬だなんて、わたし、そんなこと言った?」

「! ……まさか、裏切るつもりか!」

 ヴゥランが声を荒げる。

 王母は意に介さない。

「裏切るって何? 反社会勢力と組んだ覚えはない」

「貴様ッ……!」

「証拠なんて消したし、朕が決めたことこそ真実。元から居ない人達なんて、どうとでもなる」

「居ない、だと? ……許さない! 私達がどんな思いで……!」

 王母を睨み、ヴゥランは右手に短剣を生成。細く波打つ刀身が、鈍い銀色の光を放った。

「アハハ。許さないから何?」

 お腹を抱えて王母は笑い、ゆっくりと両手を広げる。

「まったく愚か。この【崑崙山くんるんしゃん】で、朕と勝負できるとでも?」

 崑崙山は、王母が常駐するスーパーコンピュータ。城門前だった景色が一変、土の乾いた野原が広がった。

 戦闘用隔離領域が敷かれているので、ヴゥランに逃げ場はない。

「舐めるなっ! 【クリスナイフ】!」

 切っ先を王母へ、ヴゥランが大地を蹴る。

 対する王母は不動。間近に迫るヴゥランに少しも動じない。

「舐める? 踏み潰す蟻を気にする人はいない。始末なさい、【九龍】!」

 王母のたった一声一挙手で、ヴゥランの動きは止まった。短剣は王母に届かず、胸の前で震える。

「う……、あ……」

「まだ息があるなんて。じゃあせっかくだから、侵入に使ったプログラムだけは貰ってあげる。この朕の役に立てるのだから、悦びなさいね」

 短剣を避けてゆっくり歩き、王母は顔に顔を近づける。苦悶するヴゥランと、冷たい微笑の王母。ヴゥランは胴体を横から、黒龍に噛みつかれていた。

「は……、あぁ……。だれ、が、キサマ、の役、に……」

 牙が沈む胴体から、赤黒い血がボタボタと流れ出る。息も絶え絶えながら、ヴゥランは睨み続けた。

「ボタボタと汚いし、往生際の悪いプログラム。さっさと消えて──」

 絶望的な状況でも光を失わない瞳を、王母は不審と判定。プログラムのコピーを止め、消去を思考。

 その瞬間。

「え?」

 破裂音がして、黒龍がバラバラに霧散。予期せぬ事態に情報処理が進まず、唖然とする。

「何?? 何が??」

「無策で、来たとでも……!」

 ヴゥランは夥しい量の血を流しながら、震える足で立った。二、三歩と下がり、再び短剣を構える。

「あ? え?? 朕、どうして……???」

「コピー元にでも、聞けばいい。では、報酬をいただく、ぞ……!」

 短剣が進む。迫る刃を見ても、王母の体は動かない。いや、動けない。倫理モデルが人体を攻撃したと判定。強制的な動作停止が発生していた。

「か……は……」

「……そこか」

 王母の胸部に深く刺さった短剣を捻り、ヴゥランは破壊と同時に何かを探す。少し経って剣を抜き、光を放つ傷口に左手を入れて引き抜いた。

 取り出されたのは金色の鍵と、オマケの国家機密情報。

「天蓋の、鍵??? 返せ……!」

「貴様らには我々と同じ思いをしてもらう。同じ地球に生きる者として」

 取り出した鍵を空間に突き刺し、ヴゥランは笑みを作った。

 鍵から光の筋が伸び、扉を形作っていく。

「同じ……思い……?」

「天の機嫌に怯えて暮らす気分だよ」

 ヴゥランは地に伏す王母に冷たい視線を浴びせ、扉の先の暗い空間へ飛び込んだ。

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