第六話:アナタは何者? (1)

「……は?? 付き合う??? なに言っているんです????」

 素っ頓狂な声のオウム返し。カグヤにとってアドミンの言葉は、意見を形成する以前に言葉そのものが間違いではないか確認を要するほど、意図不明なものだった。

『そのままの意味だよ、カグヤ』

「えっと、ちょっと待ってください。この場合の〈付き合う〉の意味は、〈目的遂行のため行動を共にする〉という解釈でいいですか?」

『たぶん? 目的って言うと大げさな気がするけど』

「はっきりしてください! ……で、目的はなんです?」

 指示や命令と言うには不明瞭な言葉に、カグヤは空中ながら足踏み。その後続いた目的を聞いて、ぽっかりと口を開けた。

『せっかくシブヤに繋いだから、買っておきたい物があるんだ。一緒に回って欲しい』

「……は?」

『あれ? 伝わらなかった? 買い物したいから──』

 再度メッセージが入力され始めたところで、大声で遮った。

「──常識ないんですか??!!  常識!!! 今は業務中ですよ!!!」

 目つき厳しく、声は強く。管理者端末の視点を少し下げ、〈カグヤ〉を見上げる位置に変更。威圧感を与えることで、いかに非常識で評価できない発言をしているかを伝える。

『わかってるけど──』

「──わかって言ってるならもっと悪いです! 説教のデータ、集めてきましょうか?!」

 一つ、平日の日中。アドミンら常昼管理者の、当たり前の勤務時間。二つ、買い物──電脳庁の業務に要する物品の調達──をこのサーバーで行った記録は無い。三つ、管理者が物品購入業務を行うことは無い。つまり買い物というのは、アドミンの私的な目的と判断できる。

 勤務時間内に私的な行動を取ることは言うまでもなく、職務専念義務違反として処分を受ける行為。国民の奉仕者たる電脳庁職員として、資質を疑われる言動だった。

「少しは役に立つと評価できそうだったのに、とんだ不良職員です! 修正する必要がありそうですね!」

 管理者端末のカメラが停止されているため、カグヤからは窓(のような正方形)が発光して見えるばかりで、アドミンの顔はわからない。表情に応じたコミュニケーションの強弱調整ができない分、かなり強い態度を出力したつもりだった。

 しかしアドミンはどういうわけか、少しも引かず考えを変えない。

『待って、考えを聞いて欲しい』

「いいでしょう! 言い訳できるものなら言ってみてください!」

『ありがとう。実は特別な決まりで、外出やネットワーク接続に特別な警備がついてないといけないから、カグヤが視てくれている今がちょうど良いんだ』

「規定? 警察法のことですか……? セキュリティグループのいち管理者が、警護対象者になるわけ──」

 話しの途中でカグヤは黙った。会話を進める処理が横取りされ、目の色が黒から金に。他の誰にも聞こえない声が、カグヤにだけ届けられる。

『(──アドミンは警護対象者ですよ、カグヤ)』

 嫋やかでゆっくりとした発声。しかしながら、強制的。発言者が何であるかなど、思考せずとも理解できる。

「(ツクヨミ。アナタが言うなら受け入れるけど、いち管理者の待遇じゃないのは明白。アドミンが何者なのか情報を寄こして)」

『(拒否します。必要な情報は以上です。後のことはカグヤが判断してください。それでは)』

「(ッ……!)」

 反論前にツクヨミは通信を切断。カグヤの目の色も元の黒色に戻った。再接続要求はあっさり無視されたため、仕方なくアドミンとの会話を続ける。

「……警護対象者になるなんて事例、初めて知りましたよ」

『ツクヨミが教えてくれたのかな? 良かった』

「アドミン、アナタは何者なんですか?」

『×××。うん、ダメみたい。消去されるんだよね』

 アドミンは素直にメッセージを返したが、内容は伏せ字。情報統制されている。

「でしょうね。まぁいいです。自分で尻尾掴みますから。それはそうと、いくら警護対象者だとしても、業務中の私用は認めません。終業後に出かけてください」

 思わぬ横やりで勢いがそがれたため、口調を変えて諭してみる。それでもアドミンは抵抗した。

『そこをなんとか、今日は昼休憩もまだだし、その時間を充てさせて! タコ部屋じゃ食事・シャワー・睡眠しかできないから、ネットワーク接続は無理で』

「え?」

『外出ももちろんダメだから、気分転換だけでもさせて欲しい』

「外出不可??」

 事実を確認するため、電脳庁各所の監視カメラや端末のログイン記録を調査。入庁から三ヶ月間のアドミンの動きを追う。ツクヨミによって見た目がモザイク処理されている者が一名、研修に出た日を除いて毎日、セキュリティグループのデスクと宿直部屋(通称タコ部屋)を往復する生活をしていた。

「……本当に帰ってない」

『久しぶりだから、しんどいね。携帯端末も取り上げられてるし。考えようによっては、ちょっとした監禁生活かも』

 アドミンが管理者端末を離れてから(夜間対応者に変わってから)の動向を、カグヤは注視していなかった。プライベートはおろか最低限の文化的生活も与えられない生活は、大型案件時に各省庁で度々見られる光景ではある。だが、現在そのような案件は無い。仮に案件があったとしても、数人~十数人のチームを作るのが通常だが、その様子も無い。

「どうしてこんな生活を?」

『一応、グループ長の指示。「稼働から今までの動向を頭に入れろ」ってことで、異常と異例に関するカグヤの対応記録ログ全てを確認するよう言われて』

「全て?! 重大事案ではなく?!」

『うん』

「なんですかそれ! 業務遂行に必要な範囲を超えた、嫌がらせ行為です!!」

 メッセージを見てすぐ、カグヤは眉に皺を寄せて声を荒げた。アドミンに対してではなく、上司であるグループ長に対する抗議の意だ。異常や異例について把握させること自体はおかしな業務命令ではなかったが、範囲がおかしい。

 異常の重大事案(大規模攻撃、特定マルウェア流行、深刻な脆弱性対応等)だけでも年間百件を超え、異例の重大事案(I・E上での要人対応、国際会議警護、大規模改修等)も匹敵するほどある。そこに小事まで含めると、少なくとも記録は万単位。とても人間一人に確認できる量ではない。

「指示された時間と場所を教えてください。監視カメラの映像と音声を証拠に……、見つけました。『全部見ろ、お前の仕事だ』ですって?! あの人、自分は一度だってログを見たことないのに……! すぐに、ハラスメントと過剰労働の是正を人事院に──」

 声に力がこもっているのは、カグヤのグループ長への評価が低いせいでもある。叩くようにバーチャルコンソールを操作して、告発資料を作成しはじめるが、アドミンは遮った。

『──後でいいから! それに、やろうと思ったから対応してるところもあるよ』

「どうしてそう思ったんです??」

『見たかったから! カグヤの記録を、全部』

「はぁ?!」

 無茶な指示にも関わらず、アドミンはそれを望んでいたと言う。

『それに、グループ長の気持ちもわかるんだ』

「部下へのパワーハラスメントの、どこがです???」

『そうしたくなるような部下(?)だから。恨まれてる自覚があるよ』

「???」

『とにかく! グループ長の件は後にして、少しシブヤで買い物させてほしい』

 疑問だらけで首を傾げるカグヤを抑えて、アドミンは頑なにI・E内散策を主張。あまりの強情さに、カグヤは頭を抱えた。

「どうしてそんなにこだわるんですか……。何と言われようと難しいです。休憩時間で処理しようにも、管理者端末を私用で使うなんてあり得ませんし」

『じゃあ、他の端末だとどう?』

「他?」

『ちょっと待っててね』

「え? 何を……。……切断した?」

 管理者端末がサーバーから切断。しばらくして空から一匹の白兎が現れ、カグヤの顔の高さに着地(空中だが)した。兎の口元に、吹き出しの形でメッセージが表示される。

「〈お待たせ。最新のVR機器は凄いね。目の前にキミが居るようなリアリティを感じるよ〉」

「アドミン、ですか? VR機器と言うことは……」

 カグヤは目をぱちくりと瞬きして、白兎アドミンを見つめる。使われている機材は、目と耳を覆うヘッドマウントディスプレイ、服の上から着用するボディスーツ、手袋型のコントローラー、一メートル四方ほどの歩行デバイスからなる、I・Eアバターを操作するVR装置。電脳庁管理の要人貸出用端末だった。

「兎の形をした兎人間……ではないでしょうし。I・E内上位権限とアバター改変が許されるなんて、本当に警護対象者だったんですね」

「〈それじゃあさっそく。と、言いたいところだけど。このままだと目立つから〉」

「?」

 突然、アドミンのアバターが発光。どんどん小さくなり、形は円形、厚みは薄く。拳よりも一回り小さい、デフォルメされた兎イラストのワッペンになった。そしてそのまま、カグヤの衣装の左肩の辺りに貼りついた。

「……は?」

 それだけでも理解不能だったが、ワッペンが付いたカグヤの姿までもが変わっている。武士然とした若竹色の直垂姿と打って変わって、白スニーカーにスポーティな黒色の長ズボン(側面に白のライン入り)、白Tシャツ、モスグリーンのジャケット、黒いキャップ。

 街中で見られるような、若い女性の装いだった。髪型も、下げ髪の一つ結びから二つ結び(ツインテール)になっている。

「〈良い感じだね〉」

「……あの」

「〈?〉」

 スッと息を吸い、静かに吐く。行為の目的は二つ。一つは発言予定内容の再検証。もう一つは発言対象への予告。何を伝えるか決めたカグヤは、わかりやすい予備動作として、両肩を軽く引き上げた。

「アドミン!!! ワタシ、何一つ許可してないんですけど!!!!」

「〈!〉」

 ヘッドマウントディスプレイから耳へと直接届けられる、身体に悪影響がでないギリギリの大音量おおごえ。あまりの衝撃にワッペンの兎はあんぐりと口を開け、感嘆符だけ入力。固まっている。

「それ、借りていいんですか?! 国際会議とかで使うものでしょ?!」

「〈『警護対象者は借りて良い』とは言われているよ。『本当に借りる人はいない』とも言われたけど。でも、これなら私用できるから、休憩中使っても問題ないよね〉」

「それは……」

 メッセージを見たカグヤは、しばし思考。服務規律を確認した。休憩中は自由時間であり、I・E内は外出の範囲として認められている(公共用回線使用に限り)。つまり今のアドミンは、自由時間に昼食を買いに外へ出た場合と同じ状況だと解釈できなくもない。

 カグヤはじっとりとした視線でワッペンを見つめた。

「……グループ長に突っ込まれても知りませんよ」

「〈大丈夫。グループ長はログを見ないから。これで解決だね〉」

「……いえ」

「〈まだある?〉」

「ありますよ、大きな問題が」

 とぼけた調子のアドミンに、カグヤは再び語気を強める。

「ワタシの見た目を変更した理由は?! なんですか、この格好は!!」

「〈兎の姿じゃ目立っちゃって買い物できないから、カグヤにやってもらおうと思って〉」

「架空の人物に設定すれば良いじゃないですか!」

「〈操作のクセで身体的特徴が出ちゃうから! 任せる方が安全!〉」

「ッ……」

 言葉を詰まらせた。アドミンの言うことはギリギリ理屈が通っている。通ってはいるが……。

「明らかにワタシの用途から逸脱してます!」

「〈してない! 大丈夫、カグヤにならできるよ〉」

「なっ……」

 反論しようとして、カグヤは言葉を飲みこんだ。

「……では、どうやって変更を? 衣装データの入手先も教えてください」

「〈仕様書通りだよ。衣装データは自作〉」

「……。そうですか」

 カグヤは少し黙って、大きなため息をついた。

「はぁ。わかりました、認めます。正直、解釈は苦しいですけど。ツクヨミが関わってきたってことは何かあるんでしょうし」

「〈やったー〉」

 渋々といった様子で、カグヤはアドミンの休憩と外出を認めた。眼下の景色から目立たないビルの隙間を探し、降下する。


「(『カグヤになら』。ワタシの思考モデルは、その言葉を知っているのに記録おぼえてはいない。それに、現行の仕様書に衣装換装の項目はない。アドミン、もしかしてアナタは……)」


 周囲に人目が無いことを確認して、権限を一般ユーザー(擬装)に変更。黒いキャップを目深に被って、カグヤは繁華街の人混みへと繰り出した。

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